まず第一に、この世界はゲームの世界ではない。
オレはあんまりファンタジー小説やRPGには積極的に触れては来なかったけれど、とりあえずこういう設定のあるゲームには出会わなかった。
こういう設定、つまりは魔女弾圧という設定の事だ。
現実の中世には魔女狩りというものがそもそも存在していたけれど、アレは現実の話で魔術だのなんだのは魔女狩りをする側の創作した話であるリアルにあった事ではない、というのが歴史で学ぶ話。
あの聖女ジャンヌ・ダルクも最終的には魔女として火炙りになったと聞くし、現実の魔女狩りもまたオレの見たあの日の夢と同じくらいにはえげつないものだったのだろうと思っている。
現実の魔女狩りでは、魔女が穢れた存在でなければいけなかった。
だから、乙女を魔女にするわけにはいかずにその乙女の証明を……まぁ一言で言えば処女をその場でレイプしたとかいう話も、ハッキリと授業で聞いたわけではないけれどそういう話はゴロゴロ出てくる。
もしエリスやリリも、あのダミアンに捕まってしまっていたら【魔女】にするためにそういうメに遭っていたんだろうかと今更に想像をすると酷く陰鬱な気分になる。
現実として、エリスの日記では「エドーラ」と書かれていたこの世界ではどのくらいの人が魔女狩りの犠牲になったのだろうか。
リリのように、家族を奪われた人は存在しているんだろうか。
そして、【魔女】とは絶対的に女性なのだろうか。
そんな事を考えながら、オレたちは盗賊たちの根城に向けて馬を進めていた。
馬車は、助けた商隊の馬車が壊れていたのを見てレンタルをする事にしたので今ここにはない。
きちんと約束をとって、金を請求しない代わりに彼らが無事に街についたら「紹介する」と言っていた宿屋の倉庫においておいてもらう事になっている。
証文は、流石は商人と言うべきか商隊の販売物の中にあったものを使わせてもらった。
簡単なレンタル契約の契約書だったが、アレンシールと商隊のリーダーがお互いに証文を交換しあい、商隊からは馬具を借りた。
なんでそんな事をしたかと言うと、彼らの荷物を運ぶ手段がなかったというのもあるが、オレたちの方も盗賊を退治しに行くのに呑気に馬車で行くわけにもいかないからだ。
オレは馬に乗った経験はないが、魔術で馬を落ち着かせるとちゃんと言う事を聞いてくれたので余程がなければ大丈夫だろう。
リリは、最初は拒んでいたものの今はアレンシールと一緒に馬に乗っている。
アレンシールによって馬の背に上げられたリリは、オレがニヤニヤとしてしまうくらいには真っ赤になっていた。
わかる、わかるよリリ。
あの顔が近くにあると思ったら男のオレでも絶対に落ち着かないと思う。
それが年頃の女の子なんつったらそりゃあもう照れるのも当たり前だろう。
可愛いな。
最初は「エリス様のお兄様のお手を煩わせるわけには!」なんて言っていたけれど、その顔が耳まで真っ赤だったのをオレは見逃していない。
ごめんなリリ。
オレは自分ひとりが馬で移動するのが精一杯なんだ。
それだけで他意はない。これはほんとに。
「エリス。日が暮れる前に野営出来る所を探そう」
「はい、お兄様」
この世界は現実だが「現代」ではない。
オレの世界は「現代」で、「現代」はオレの「現実」ではあったけれどそれはこの世界の「現実」ではないのだ。
エリスはどうか分からないけれどオレは馬には乗れないし、馬具をつけてくれたのも商隊の護衛の一人だった。
乗馬なんて習える環境じゃなかったからしょうがないのだけど、そんな些細な事でも「今の現実はこっちなんだ」って思ってしまう。
日が暮れる前に野営地を探す事も最初はキャンプ感覚だったけど、馬車もなくただ馬だけになると一気にキャンプ感は薄れて「野営」って感じになる。
上手く言えないけど、バイクだけでキャンプに行く人にはこの感覚は合うのかもしれない、とかは、思うけども。
こうしてどうしても「エドーラ」と「日本」のにている所を探してしまうのは悪いクセになっているなとは自分でも思う。
思うけど、やっぱりどうにも、切り替えが上手くいってない。
「リリさん、ゆっくりゆっくり、小さく、ですわよ」
「はい! ち、小さく、小さく……」
だからまず、切り替えのためにリリに魔術を教えた。
現実逃避ではない。
断じて。
いや、オレの中の「現実」を切り替えるための作業だったから色んな意味では「現実」逃避だったのだろうか。
なんつって余計なことを考えながら、オレも片手にエリスの日記を手にしてリリの魔術の加減を見る。
エリスの日記には【魔力の測定法】なんかも書かれていた。
測定法とは? と思って首を傾げたけれど、多分リリで言えば彼女の【魔女】としての素質の数値なんだろうなと思う。
勿論明確に数値化する事は出来ないだろうけれど、現状で言えばオレよりもリリの方が攻撃魔術は上手そうだな、と、思ったりはしている。
じゃないとただの【火】をあんな爆弾に変える事なんか出来ないだろう。
オレが最初に焚き火に火をつけようとした時には、あんなバカでかい【火】にはならなかったし。【火球】だ、アレはもう。
「リリさんは、最小を知らないから最初から最大になってしまうのだろうね」
「最小を、知らない……?」
「エリスならその火種の最小がマッチくらいだと分かるけれど、リリさんはそこを知らないから大きくなるんだろうなと思うんだよ」
「なるほどですっ! 確かにわたしの家では釜戸の火加減を見るのが大変で……」
「あ! リ、リリさん落ち着いて! 火が!」
「火が!」
オレとリリの火付け修行を見守っていたアレンシールの言葉に、オレはものすごく納得していたがその納得はリリの【火】の巨大化に驚いて吹っ飛んでしまった。
実家での釜戸の火の大きさを思い出したのだろうリリの手の中の【火】が急に巨大になって、エリスとアレンシールが大慌てで立ち上がってリリを落ち着かせる。
この段階で【火】を小さく出来るようになったのは、リリにとっては小さいが確かな成長だろう。
危うくこの森全部を消し炭にする所だった……
魔術って怖い……
「で、ではお兄様。リリさんに魔術を教える際には、最小からお教えした方がよろしいのでしょうか」
「う、うーんそうだね……ここで盗賊に見つけられると困ってしまうからね……」
「す、すみません~!」
最大を教える事は案外むずかしい事ではない、はずだ。
いざって時に湧き出てくる力を魔力に変換する方法はオレにはまだわかっていないけれど、リリならば案外すぐに覚えられてしまうような気もする。
それに、オレもこの世界での常識がまだ分かっていない所があるから「最小」から入るのは案外いいのかもしれない。
三本の矢は中々折れないけれど、一本の矢ならばすぐに折れるものなのだ。
真逆の言葉だけど、今回ばかりはそれに当てはまるような、気もする。
しかし、今回は無事に焚き火に【火】をつけて、煙に関してはエリスの魔術で人の目につかないように誤魔化しの魔術を空間に漂わせたけれど、オレにとってはエリスのこの才能が普通すぎてこれから覚えていくリリの感覚が分からない、というのは案外問題な気もしてきた。
エリスは天才だ。
そうでなきゃ【魔女の首魁】なんて呼ばれないだろうし、実際18歳でそんな地位をもらっているのだから間違いはないだろう。
じゃあリリは、どの程度なんだろうか。
盗賊には本当に可哀想だが、フルパワーのリリの【火】を見たくて仕方がない。
今のところエリスは魔力切れなんかは起こしていないけれど、もしフルパワーを出していたらリリでも倒れてしまったりするのだろうか。
「では、リリさん。指先に小さな【火】を出してしばらく維持する練習をしてみましょう」
「は、はい! 頑張ります!」
【火】程度であれば、自分の周囲に沢山ゆらゆら放置して明かり代わりにするのは簡単なことだ。
でもこれはきっとエリスの才能で、オレは本来であればリリと同じように魔術の練習をしなければいけない方なのかも。
それならそれでリリと一緒に覚えて行けばいいか。
あんまり沢山考え込んでも仕方がないと必死で自分の中で繰り返して、オレもリリと同じように指先の上に小さな【火】を出して維持をし続けてみる事にした。
結果。アレンシールの用意してくれていたスープの匂いに集中力が切れたリリの腹の音と共に、オレの【火】もリリの【火】も、線香花火のように小さな火花と一緒にパチンという音と三人揃っての笑い声のせいでどっちが長く保ったのかは分からないで終わった。