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第22話 魔女、秘密の想い

「ありがとうございました! 本当に、ありがとうございます!」

「いえいえそんな……何もしておりませんし……」

「とんでもございません! 火薬玉なんていう貴重な物を使っていただいて……!」

「あ、あはははは……」


 おいおいと泣きながら礼を言うおじさんたちに、オレはなんとも言えない表情で引きつった笑みを浮かべた。

 リリの【火】一発で勝負のついた「追いかけられていたおじさんたちVS野盗」は、おじさんたちの連れていた護衛たちに縛り上げられた野盗を背にオレたちがひたすら頭を下げられるという、本日二度目のシュールな光景を描いていた。

 リリの魔術は、偶然持っていた火薬玉というアイテムのおかげ! という事にしておいた。

 と言っても、言い出しっぺはアレンシールだ。

 オレがどうフォローすべきかあわあわとしていると、野盗たちの返り血を頬にくっつけたアレンシールがキラキラと美しく輝きながら、


「あれは火薬玉といいます。王都で最近開発された、掘削等に使われる火の点く魔法薬を詰めた特別なアイテムなのです。まだ未発売のものですので、どうぞご内密に……」


 と言えば、どうやら商人らしかった彼らは目を輝かせて何度も何度も頷いた。

 どうやら「最近開発された」「特別なアイテム」「未発売」あたりが彼らに引っかかったらしい。

 うっかり火の玉をぶっ放してしまったリリも笑顔でアレンシールのフォローに乗っかって、「皆さんが危なそうだったので……」とちょっと照れたような表情を見せた。

 そうなれば美少女は強い。

 ちょっと野盗が怖かったフリをして、慌てて使ってしまったのだと言えばそれでOKだ。

 よかった、魔術だってバレなくて。

 2人による魔術のフォローをヒヤヒヤしながら見守っていたオレは、元々いた護衛たちが怪我をしている事やまだ暴れる野盗たちを拘束するのに四苦八苦しているのを見て微妙な気持ちになってしまう。

 こういう時魔術を使う事が出来れば、さっきのリリみたいにあっという間に制圧出来るだろうになぁ、とか、つい、思ってしまっちゃうのだ。

 それに、さっき颯爽と救援に向かったアレンシールは正直格好良かった。

 エリスの実の兄じゃなければキャーキャー言っちゃうくらいには格好良かったんじゃないだろうか。

 そしてリリの咄嗟の判断にも称賛を送りたい気持ちもある。

 あんな絶妙なポイントを最初から狙ったのかはわからないが、手の中でどうすべきか悩んでいた火の玉をあんな風に使うとは思わなかった。

 威力も、なんかすごかったし……

 もしもこの世界で魔術が認められていたら、きっとリリは稀代の大魔術師になったに違いない。

 それこそ、エリスだって。

 一方のオレはただ馬を落ち着けただけでなんにも出来てやしない。これはちょっと、情けなさ過ぎるのじゃないだろうか。

 せめてあの野盗たちの股間を踏み潰すくらいはしてやるべきか……?

「そういえば、あの野盗たちは徒党を組んでいるのでしょうか」

「あぁ……えぇ、そうらしいんですよ。最近この辺を通る商人の馬車を狙っている悪質な連中でして、被害額も相当なものなんです」

「お兄様、この先には警備隊があるような街はありませんの?」

「もう少し行くとあるんだけどね。ここまでは手が回っていないんじゃないかな」

 まじまじと野盗たちを見ているとふと、彼らに共通するものが見えてきて顔を上げる。

 バンダナだ。

 全員同じ所につけているわけじゃないが、頭に巻いている奴、首に巻いている奴、そして手首や剣の飾りみたいに使っている奴と、全員同じ色で同じマークのついているバンダナを身に着けているのだ。

 こんなわかりやすいマークなんかある? とか思うものの、商人が言うにはそこそこ規模の大きな野盗のようなので多分、自己主張的なものでもあるんだろう。

 ある程度力に自信のある奴はなんでか自分の力を誇示したがる。

 昔少し触れたゲームの中でも、そこそこ有名なギルドの構成員たちが同じマークのついたアイテムを持っていたりなんかしたから、ファンタジー世界の「徒党」はきっとそういう精神性なんだろう。

 と、なると、ここで手を貸しても問題は完全には解決しないし、同じような襲撃は繰り返されるわけだ。

「一先ず、コイツらを連行しようと思っておりますのでよろしければ一緒に街まで行かれますか?」

「……この先の街ですよね?」

「えぇ、そうです! よろしければ馴染みの宿屋なんかもご紹介いたしますよ!」

「それは、助かります」

 目をキラキラさせている商人のおじさんたちはもうすっかりアレンシールとリリに夢中、って感じだが、アレンシールは何かを考えている様子があって微妙に言葉を濁していた。

 それはまぁそうだ。警備隊のある大きめの街ともなると神殿だって当然あるだろうし、そうなればオレたちについての連絡がいっている確率だって上がってしまう。

 昨日の村だって、王都から2日は行っているらしいのにあのシスターが現れたんだ。

 王都から少し離れているからといって油断は出来ない。

 むしろ、情報はすでに行っているものと思いながら進んだほうがいいかもしれない。

 それでも、休憩は必要だ。

 昨日は野宿で、馬車で寝たオレとリリも硬い床で身体が痛いし、外で警備をしていたアレンシールにはちゃんと休んでももらいたいし。

 となると、商人御用達の宿屋というのは、いいお話……な、気も、するんだけど……

 オレは、商人たちがひっくり返っていた自分たちの馬車を戻して調子を確認しているのを遠目に見ながら、そそそっと扇子を仰いでアレンシールとリリを呼んだ。

「……潰しましょうか、本拠地」

「! リリも同じことを考えていました!」

「……言うとは思っていたけどね」

 ボソッとつぶやいた言葉に、即座にリリが同調する。

 流石だ、とちょっと思いつつも、ここで同調していいのか君? という気持ちにもなる。

 アレンシールは笑顔のまま固まっているし、言い出しっぺのオレも「言っちゃった……」って感じがしないでもない。

 でも、知ってしまった以上はなんかしてあげたいっていう気持ちもあるし、なんというか、完全に言い訳かもしれないけど「拠点を潰してそこで一日休めばいいのでは?」っていう気持ちもなきにしもあらずだ。

 さらに言えば、周囲の目を気にしない場所で魔術の練習をしてみたいっていう気持ちも……ある。

 盗賊が根城にしているような場所なら人気もないだろうから、盗賊たちをボコボコにした後にちょっと記憶がぼんやりする魔術をかければ魔術自体の事も隠せるだろう。

 それなら、気兼ねしないでいい相手にちょっとここで一度しっかり練習しておきたいと、思ってしまうのだ。

 リリだってそうだ。オレとの練習だけでは、折角の才能は伸びないかもしれない。

 練習は実践あってこそだと、オレは思っている。

 だからこそまぁ、彼女の能力を伸ばすためにもここはひとつ……これは善行だし、善行。

 ……正直にアレンシールに言えるのは、魔術の練習がしたいっていう所だけ、だけども。

「まぁ……そうだねぇ。次にまた同じような事があった時に、誤魔化しながら使える魔術なんかもあるといいよね」

「! そうでしょう!? お兄様っ」

「でも、私一人だと君たちを守りきれるか心配だな」

「無理はしませんわ!」

「わたしもしません!」

「まったく……しょうがない子たちだね」

 やれやれと苦み混じりの笑顔で、アレンシールは結局頷いてくれた。

 善行善行、これは善行。

 オレたちが野盗退治をする事で商人たちも助かるし、警備隊も余計な仕事をしないで済むし、何より世界の悪も減る!

  完全にWin-Winな話ではないか、うん。

 別に、盗賊退治をする事で盗賊たちが隠し持っているアイテムだとかお金をちょっと頂いちゃおうなんてことは決して思っていないんだからね! とは、流石に言い切る事は出来そうにはなかったけども。


 何よりオレは、まだ現代日本の感覚から抜け出せないでいる。

 でもこういう時に、実際に「敵対している者」と相対すればあの時のように、あのシスターと戦った時のような感覚が蘇るのではないか、と。

 この世界においてはアレが正しかったんじゃないかと思うから、もう一度きちんと己に叩き込んでおきたいと、思うのだ。

 ここは日本じゃない。

 オレの生きていた世界ではない。

 油断をすれば殺されてしまう、命のやり取りが普通の世界。

 その世界観を身体に叩き込むには多少の荒療治が必要なんだろうという話は、流石にリリにもアレンシールにも絶対に言えない事だった。

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