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第21話 少女、開花す

 正直な話オレは、まだ自分が異世界にいるという事を受け止めきれていなかったのだ。

 これから死にゆくエリスの身体に転生し、エリスは死んだオレの身体に多分転生して、そうして生活した時間はまだ10日に満たないのだからそれもまぁしょうがないっちゃしょうがない、のかもしれない。

 でも、そのままの認識でいてはいけないのだなぁ、なんて、アレンシールが切り捨てた魔物を眺めつつぼんやりと思う。

 当たり前のように魔物が出て、当たり前のように剣があって、おまけに当たり前のようにナイフを取り出したリリが「綺麗に捌いちゃいますね!」なんて言って血抜きをしていく様子を眺めるオレは勿論何も出来ないワケで。

 いやいや逞しいなリリ!!

  魔物を解体出来るなんてオレ知らなかったよリリ!!

 リリが言うには「ウサギやイノシシを解体するのとそう変わらないです!」と言うことだが、魔物の肉を普通に食おうとするのもびっくりだしそれで捌けて生肉をゲット出来ちゃうのもびっくりだ。

 他の部分は、自然の摂理って事で少し森の奥に転移をさせておいた。

 残っているものといえば内臓と骨と皮くらいだろうが、野生の動物は上手く処理してくれるだろう。知らんけど。

 リリの逞しさを感じたのは魔物の解体をしている時だけじゃない。

 オレがリリにも別名:大きな袋こと魔術空間に繋がっているマジックボックス的なバッグをあげた時に、リリは真っ先に「一番最初に取り出すと有利になるものはなんだろう」と言い出して解体に使ったナイフをしまったり出したりと練習をしていたのだ。

 バッグの中は繋がってはいない別の空間にはなっているので、中の整理とかは個々人に任されている、と思っていいと思う。

 オレはエリスの日記に書いてある事をただ復習するようにバッグに呪文をかけて、その副産物のようにいくつか別空間に繋がっているものが出来てしまっただけなので、その用途はバッグをあげた2人に任せている。

 本当は同じ空間に繋がってるものが欲しかったんだけど、それは中々難しくってオレのバッグに繋がっているのはアレンシールが持ってきた大きめの背負い袋だけだ。

 まぁそこに食料とかを入れておけばいいんだけど、別空間に繋がっているのだからと一応金も全員で別個に持つ事になった。

 勿論これにはリリも物凄く恐縮していたが、今はいつ何があるか分からない時だ。

 個人で使える金をそれなりに持っておくのはとても大事な事だろう。

 それにしても、このマジックバッグは必要なものをイメージしながら手を突っ込むと大体それが取り出せるので深く考えていなかったが中身はどうなってるんだろうか。

 もしこの中に人間が入ってしまったら……? 

 と思うと、そこそこの大きさの背負い袋に空間を繋げてしまったのは失敗だったかな、と思わないでもない。

 いざとなったらどうとでもなるだろうオレならともかく、リリとアレンシールが袋に入り込んでしまわないように本当に気をつけなければ……

「エリス様! 出来ました!」

「素晴らしいわ、リリさん。本当に物覚えがいいのね」

「エリス様の教え方が上手なんですっ」

 意識がちょっと遠くに行きかけたオレは、元気なリリの声にハッとして笑顔を取り戻した。

 今彼女の手の中には、昨日から練習している【火】の呪文がメラメラと滾っていた。

 ……ちょっとそれ、【火】っていうより【火球】とかなんじゃねーかなっていうツッコミは、しない。

 昨日から思っていたけれど、リリはちょっと、いや、ちょっと以上に魔女としての才能が有りすぎるのではないかと、オレは思っている。

 ダミアンがエリスの事を魔女だと分かっていたのであれば、同じ素質を持つリリの事も何となく察していたのではと思えるくらいに、リリの手の中にある【火】はデカい。

 つか、ちょっと、怖い。

「じゃあ次は、火を消す魔術を覚えましょうか」

「火を……消すんですか?」

「えぇ。ここは森の中だから、今みたいに火を出し続けていたら燃え移ってしまうかもしれないでしょう?」

「あ! 流石エリス様!」

 にっこりと嬉しそうに笑いながらも、リリの手の中の【火】はまだ輝いている。

 多分これ、どっかにぶっつけないと消えないんだろうな……ていうか、リリもまだ消し方わかんないんだろうな……と、にっこり笑顔のリリにオレも笑顔を返す。

 この可憐な笑顔に彼女の顔よりデケェ火の玉は、なんともアンバランスだ。


「ひ、ひぃいいぃ!!」


 さてこの火の玉はどうすっかな、なんて思っていた時。

 突然響いた悲鳴に馬たちがいなないた。

 アレンシールの制御のおかげで暴れはしなかったが、何度も続く悲鳴に明らかに馬が動揺している。

 ヤトウだ、と、アレンシールが言って剣を片手に御者台から飛び降りる。

 ヤトウ……やとー……野盗……ってことは盗賊?

 アレンシールの言葉の意味を即座に理解できなくって何度も頭の中で反芻させたオレは、ヤトウというのが何かを理解した瞬間に床に置きっぱなしだった扇子を手に取った。

 野盗。

 盗賊。

 王都から離れさらに人里からも遠くなると、行商の馬車だとかそういうのを狙う盗賊が出るのだという話はアレンシールから事前に聞いていた。

 けど、まさかマジで出るとは! と馬車の縁に手をかけて乗り出して前を見る。

 視線の先には真っ直ぐ走るアレンシールと、その前方から逃げてくる平民なのだろうちょっと煤けた服装の男の人。

 それも一人じゃなく、よく聞けば向こうの方からカーンとかキーンとか、まるで金属の棒で鉄柵を殴った時みたいな音も聞こえてきている。

 御者を失った馬はウロウロと何度も足踏みをしていて不安そうで、オレは御者台に上がると咄嗟に馬たちに【平静】の魔術をかけておいた。

 もし暴れればこちらにも人間が居るのがバレてしまうかもしれない。

 しかもこっちは女が2人。

 盗賊ってのは女を狙うものだと思っているオレは、それは多分駄目なんじゃないかって思ってぎゅっと扇子を握り締めた。

「おいおい! 向こうにはいい女が居るじゃねぇか!」

「男は置いとけ! 女をトりにいくぞ!」

 だが現実は非情だ。

 アレンシールが剣を抜いて助力に入った事でこちらの馬車にも気付いたのか、盗賊たちの注意がこちらに向いてしまう。

 しかも、何人かが逃げ惑う男たちを突き飛ばしながらこちらに来るのだから、ゾッとする。

 顔を出さなければよかったのか? 

 でもそうすると、馬を落ち着かせられなかった。

 逃げるべきか? 

 でも逃げればアレンシールを置き去りにする事になってしまう。

 何より、何の罪もない民がこんな風に襲われている所に出くわして何もしないでいるのも、貴族としては駄目なんじゃないだろうか。

 どうしよう。どうすればいい?

 こういう時の正解はなんだ?


「えいっ」


 昔から「考えすぎるのがお前の悪いところだ」と学校の先生には何度も言われていた、気がする。

 一度考え始めると思考の沼から抜け出せないのはオレの悪い所で、オレも考え込むと人の話を聞かなくなるのは悪いところだなと、自分でも思っていた。

 だって、ほら、解決策はこんな所にある、とばかりに、オレの横からひょいっと顔を出したリリが、これもひょいっと手の中の火球をソフトボールのボールでも投げる時みたいなポーズで遠くへ投げる。

 その距離は絶妙で、逃げ惑う人々よりも遠く、凄い勢いで走ってくる盗賊たちよりもちょっとだけオレたちに近いところに、落ちた。

 落ちた。

 地面に。

 つまり、爆発。

 ドォンッ! と凄い音をさせて爆発した火球にオレは馬車の中でひっくり返り、【平静】をかけていた馬たちも流石に驚いて足踏みをして、なんの魔術もかけていなかった野盗たち側の馬は多分今、逃げている。

 そんな音が、悲鳴が、聞こえる。

 リリの火球の威力は凄まじく、オレたちの馬車のようなそこそこ大きめの馬車が横に二台並んでも大丈夫そうな道いっぱいに巨大な穴があき、その向こうでは白目を剥いた盗賊たちがさっきのオレみたいにひっくり返っていた。

 死んだか? と思ったが手足がピクピクしているので何とか生きてはいるんだろう。

 顔面とか、煤で黒焦げみたいに見えるけど大丈夫、な、はず。

 アレンシールに剣を向けていたなんか偉そうな奴もポカーンとしているようで、唯一動いているアレンシールに次々パンチを食らって捕縛されていく。

 オレは、なんか、多分捕縛くらいは手伝ったほうがいいんだろうなと思いながらも、「褒めて褒めて」と言いたげに大きなグリーンの瞳をキラキラさせながらオレを見ているリリを無言で優しく、撫でた。

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