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第19話 目撃者は語る・2

 エリアスティールの転移によって移動した先にあった村を出てから、馬車の中はただただ沈黙の帳が落ちていた。

 エリアスティールが村で調達したという馬車は色々な人が大事に使ってきたのだろう面影のある古さで、幌は今までどれだけの陽光を受けてきたのかほのかに黄ばんでカサついている。

 古くはあるがあの村の規模であればまだまだ現役だろう馬車を譲り受けられたのは、エリアスティールの【力】だろう。

 アレンシールは魔術についてはあまり詳しくは知らないが、彼女が様々な事に配慮しながら【力】を使っていたのは知っている。

 決して人間の世界を壊さないように。

 干渉しすぎないように。

 アレンシールの命を救ったことはある意味ではアレンシールの人生に干渉する大きな出来事だったかもしれないが、あれは彼女が幼すぎたから仕方のない事だろう。

 アレンシール本人としても、あれを「してはいけない事」であったとされてしまっては少々胸が苦しい。

 だが今のエリアスティールは、少しばかり何か思い悩むような、苦しんでいるような、そんな雰囲気があった。

 自分がリリと共に教会に行っている間の事を、アレンシールは知らない。

 だが、あんな木立の中でぼんやりと立っていた彼女の周囲に漂っていた匂いが、何があったのかを物語っていた。

 リリの家の中でも嗅いだような、血液と汚物が混ざった悪臭。

 一体何をどうしたのかは知らないが、エリアスティールはきっと誰かを殺したのだろうと思う。

 それも、彼女が「そうしなければいけない」と思うような状況で。

 なんとも情けない事だと、思う。

 アレンシールいまこの馬車に居る中では唯一の男で、一番年上だ。

 だというのに2人の少女の心を救ってやることも出来なかっただなんて。

 エリアスティールが殺した者については、何となく察しはついている。

 神殿だ。

 魔女狩りを推進し、少しでも怪しいと思われている人間を「矯正」という名目で教会に連れていく連中。

 その末は、洗脳か死か、だ。

 魔女狩りの一環で連れて行かれた人間は男も女も関係ない。

 勿論年齢も、だ。

 この一神教のエグリッド王国において他の宗教を信じている者は他国の出身者かその縁者くらいだろう。

 そもそも一神教といえど他宗教を禁じているわけでもなく、その間口は広かったはず。

 だが、こと【赤い月の女神信仰】となると神殿は目尻を上げて弾劾に動くのだ。

 王家はその弾劾に何か物申す事もなく、大司教と国王は懇意であるという話もよく聞く。

 国王陛下は他宗教を拒絶しているわけではないが、【蒼い月の男神】を信仰する神殿と懇意にしている以上はどうしても他の宗教は肩身が狭くなるものだ。

 国王がそこまで考えているのかどうかは知らないが、これでは他の宗教は表立って活動なんか出来やしない。

 その結果、エグリッド王国の主要都市だけでなく小さな村や海外との交流の多い港町であっても【蒼い月の男神】を信仰する神殿が当たり前のように幅を利かせていた。

 その結果、神殿が他の宗教を鬱陶しがるのも、無い話ではないだろう。

 今のような魔女狩りの背景にも、【蒼い月の男神】と対を成す【赤い月の女神】の存在があるはずだ。

 そうでなくとも【魔女】という存在は過去には神殿よりも大きく、そして直接的な守護の力を発揮していたという。

 【魔女】たちは最早伝承上の存在となってしまっているが、彼女たちの遺したという【魔女の指先】と呼ばれる魔力を秘めたアイテムは確かに存在しているし、今や医学の基礎となっている知識も魔女たちが女神から賜り人間に広めたものと言われている。

 神殿はそれらの功績を全て【蒼い月の男神】のものにしたいようだが、その思惑は思うように進んでいないように思う。


『王都よりラムス1。学園ではお嬢様とバーラント嬢が不在と知れて騒ぎになっておりますが、騒ぎの元凶のレンバス侯爵令息は理由を黙秘しております』

『王都よりラムス2。バーラント邸の埋葬を完了。同時に、バーラント邸周辺に潜んでいた者の追跡を開始』

『王都よりラムス3。神殿の者と思われる馬車と馬が複数王都より出発。行先は全て違う方向。早馬かと思われます』

「王都を出た馬に目を離さないように。父上と母上は?」

『こちらラムス3。了解』

『こちらラムス4。旦那様と奥様はレンバス卿と口論をされていましたが、王太子殿下が介入されて現在は王宮へ出向かれております』

「……王太子殿下が?」


 実際、【蒼い月の男神】を信仰する連中はこういった便利なアイテムが秘密裏に出回っている事を知らないだろう。

 アレンシールは、何となく耳に触れているような素振りをしながら、立て続けに入ってくる部下たちからの連絡に耳を傾け続けていた。

 貧弱で病弱な侯爵家の長男というレッテルは幼い頃のものだという事を知る者は、王都では家族も含めてそうは居ない。

 実弟のジークレインこそ兄の事を怪しんでいたけれど、このアイテムのおかげで外に出なくても部下たちと連絡を取り合えるアレンシールの本性はまだ知らないはずだ。

 エリアスティールの王都脱出のためにアレンシールが用意した『資金源情報ギルド』。

 それは今まで密かに王都の下に張り巡らせてきた情報と、それらを収集する者たちに他ならなかった。

 ノクト家の騎士の中から動きが身軽で忠誠心の強い者を何名か選抜し、テストを行った上で騎士団を退団させて改めてアレンシール個人で雇い入れる。

 そうして出来た目や耳は、エグリッド王国だけでなく隣国や海の向こうの国にまで浸透していた。

 一朝一夕で出来た事ではない。

 この部隊の構築には10年以上の月日を必要としたし、実際に動かす事が出来たのは父が偶然手に入れたこの遠隔通信が出来る【魔女の指先】を手に入れてからだ。

 それまでは王都で神殿を監視しエリアスティールの魔力が外に漏れないようにと監視するだけに留まっていたが、今はもうその程度では満足などできやしない。

 情報は力だ。

 耳の後ろにつけている小型の通信機に軽く触れながら、部下たちからの報告に耳を傾ける。

 一見すれば髪飾りにしか見えないだろうそれは、その実複数の人間からの情報をリアルタイムで受け取り、また言葉を送る事の出来る優れたアイテムだった。

 だがこれも、エリアスティールが居なければきっとこうして実用化は出来なかっただろう。

 彼女ももう覚えているかは分からないが、父であるノクト侯爵が偶然手に入れた【遠隔地の音を聞くことの出来る】というアイテムを入手した時、エリアスティールが「遠くの人とお話が出来ればいいのに」と言ったのが事の発端だ。

 遠くの人と話をする方法なんて、勿論この世界にはない。

 一部の王侯貴族がそういった【魔女の指先】を所持し軍事利用をしているという噂は聞いたことがあるが、それは国家機密レベルの話。

 一般庶民が手に入れるなんて夢のまた夢のアイテムだ。

 だが一度好奇心に火のついたエリアスティールは、なんと3日後には遠くの人と話せるアイテムを開発してしまっていた。

 アレンシールが、彼女の魔女の才能を誰にも悟らせないように、彼女に危ないことはしてはいけないと説得をしようとしていた矢先の事だった。

 エリアスティールの【魔女の指先】は大成功で、一見すると宝石にしか見えないそのアイテムを持っていると別の部屋に居るアレンシールと見事に会話ができたのでアレンシールは腰を抜かすかと思ったものだ。

 面白がったエリアスティールが「もっと色んな人とお話したい」と次々とアイテムを増やそうとしたものだから、慌てて止めたもののすでに10個ほどの通信用宝石が出来てしまっていた時には流石に頭を抱えた。

 だがそれもまだ彼女が10歳になるかならないかの頃の話で、アレンシールが「大事に保管しておこうね」と預かっていれば彼女はそのうち童話の中のお姫様や乗馬に興味を示した事でケロッと忘れてしまった。

 その結果アレンシールがこうして有効活用させてもらっているので当時の彼女には感謝しかないが、本当にこのアイテムが外部に流出していたらと思うと背筋が寒くなるどころではない。

「何故王太子殿下が介入を?」

【こちらラムス1。王太子殿下が介入なさったのは、レンバス侯爵令息があまりにも取り乱しておられたからかと推察されます】

「相当な暴れっぷりだったという事かな?」

【こちらラムス4。御本人の言葉を復唱いたしますか?】

「……いや、いいよ。大体想像は出来る」

 アレンシールが通信アイテムを預けたのは、エリアスティールが通信アイテムを作ってからの8年間でアレンシールが「信用できる」と判断した者だけだ。

 アレンシールの私設部隊とも言える情報ギルドに配属されている者は皆事前に身分の確認や忠誠心を試された者だが、それだって絶対ではない。

 その中からアイテムの秘密を守れる者を見出すのもまた、中々労力のかかる仕事だった。

 だがその苦労があったからこそ、こうして離れていても情報を寄越してくれる部下が居る。

 苦労はの種は、そのうち結実するものなのだ。

「……アルヴォル。聞いているかい」

【はっ】

「お前たちは神殿を調べて。レンバスの坊やをバックアップしてる奴が、絶対に居るはずなんだ」

【神殿でしたら、ひとつ】

「なんだい?」

【未だ不確か故報告は控えておりましたが……】

 魔女狩り専門部隊が秘密裏に結成されていたとの情報が御座います。

 女の子たちが起きる前に枝葉ラムスを統率するアルヴォルにひとつ大きな仕事を投げておこうと身構えていたアレンシールは、聞きたくなかった情報に思わず大きな溜息を零しそうになってしまった。

 もし彼の言う通りに魔女狩り専門部隊が存在するのだとしたら、神殿はそれほどまでに【魔女】という存在を忌避し、絶滅させるのに躍起になっているということ。

 そして、「そうしたい理由」が何かあるという事。

 アレンシールはカポカポと大人しく進む馬の背中を眺めつつ、先ほどリリが涙ながらに祈り続けていた神殿を思い出して苦々しい気持ちになっていた。


「……いいだろう。神殿だ。徹底的に神殿を調べろ。王都の中央神殿だけでなく、主要都市にある大神殿も全てだ」


 金なんか気にする事ではない。

 金で買えるものは何でも買って良いし、使えるものは何でも使え。

 そのための蓄えはしてきたのだ。

 今こそが、それらを使う時。

 アレンシールの言葉を受けた【ラムス】たちは、応を唱えた後に静かに通信を切断した。

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