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第7話 魔女、魔女を探す

 リリ・バーラント。

 平民でありながら総合考査で1位を獲得した女の子で、年齢はひとつ下の17歳。

 情報によると学年試験でも常に1位をとっていて、アカデミーにもその頭の良さをかわれて日本で言う奨学生として入学してきたらしい。

 ダミアンの方も総合考査・学年考査どちらも1位。

 侯爵家第一位のノクト家の次の第二位の侯爵家の次男として恥ずかしくない成績だったのだとか。

 だがきっとそれも、エリスの配慮あってのことだろう。

 エリスが本気を出せばダミアンが1位で居続けることは出来なかっただろうが、ダミアンはこれまではエリスの婚約者だったのだ。

 中世とかでは「妻は夫の後ろに控えるもの」とかいう認識があったと見たことがあるし、エリスも一応彼のために成績をおさえていたのだろう。

 だってそうじゃないとおかしい。

 少なくともエリスは普通の人間の知能で計ることが出来るような存在ではないだろうに。

 とにかく、そんな風に周囲が持ち上げてくれていたダミアンだからこそリリに追い上げられたのが許せなくて恥ずかしくって怒り狂ったんだろう。

 そして「平民の女がそんな知能を持っているなんておかしい。

 あいつはきっと魔女だ」と断罪した、と……

 あー想像出来る。想像出来てしまう。

 そういう類の悪役は絶対どこかに居るし、オレが死ぬ直前にブームになっていたアニメ作品とかにも結構そういうのがあったような気がする。

 なんとも小さい男だ。

 男なら、実際の成績で勝てばいい。

 自分が女より優秀だと思うのなら、地位だとか力とかじゃなくて成績でやり返せばいいだけじゃないか。

 ダミアンはエリスと同い年だったと思うから最後の総合考査で負けたということで悔しいと思うのは間違いないけれど、だからって魔女に仕立て上げるだなんて、馬鹿らしい。

 もしかしたらあの日他に殺された人々も、何らかの理由でダミアンの怒りにふれた者たちなのだろうか。

 そうなのだとしたら、もしかしたらエリスを【魔女】として断罪したのもただの偶然で、ただ自分の浮気による婚約破棄という醜聞をなかったことにするために……という可能性もある。

 ちいせぇ……

 くっそちぃせぇ男だ、ダミアン・レンバス。

 絶対地位にだけしがみついたクソ男。

 典型的な小悪役ポジションだろう。

 アレンシールとは比べ物にならないくらいの小ささに違いないぞこれは。

 これは決して実兄への贔屓目だとかそういうわけではなく、確定の大きさの違いだ。

 ともかく、そんなケツの穴のちぃせぇ男のために今後有望な女の子が殺されてしまうなんて、あっていいわけがない。

 それにしても、ダミアンはなんだってそんなことが出来たんだろうか。

 いくら侯爵家第二位のレンバス家の人間と言えど、魔女の処刑なんかあんな大規模に出来るものだろうか。

 しかも、侯爵家第一位のノクト家の娘を断罪なんて。

 なぁんか裏があるなぁ、こりゃあ……

 令嬢たちと別れて一人になってから、しみじみと実感する。

 卒業までの残り時間は、卒業生はほとんど自習みたいなものだ。

 だが在校生は卒業式や舞踏会の準備だとかで登校しているはずだし、そういうのは成績の良い生徒の役目のはず。

 そこに平民が配置されるかは分からないが、リリが居る可能性は高い。

 話を聞いた限りだと、リリは薄い金色にも見えるショートヘアをしているのだとか。

 条件にも当てはまるし、ある程度容姿がわかれば探しやすい。

 エリスがウロウロするだけで寄ってくる令嬢たちは面倒ではあるものの、探すのに苦労はしなさそうだ。

 このまま見つかってくれれば一番いいのだが。

 こういう時にすべきこと、向いていることは…………とにかく手当たり次第! だ!

 淑女だの紳士だのの世界で生きていなかったオレにとっては、遠慮という言葉は縁遠いもの。

 あいにくとコミュ強と呼べるほどコミュニケーション能力が高いわけでもないが、人見知りというわけでもないのは幸いだ。

 もしここで人見知りだったらもっと早くに親から見捨てられていたかもしれないから、そこだけはラッキーだったかもしれない。

「もし。ちょっとよろしいかしら。人を探しているのだけれど」

「は、はい! ノクト侯爵令嬢っ!」

 面倒なのは、男子生徒に話しかけるといちいち背筋を真っ直ぐに伸ばして固まられてしまうことだ。

 もしかしてこっちの世界では令嬢から男子に話しかけるのはタブーだったりした? って一瞬思ったけれど、もう今さらだ。

 女の子のことは男子に聞くのが一番、という経験則からの発想だったが、この世界ではちょっとアレだったかもしれない。難しい。

「リリ・バーラントという女生徒を探しているのだけれど、ご存知ないかしら」

「バーラント、ですか。バーラントなら、生徒会室の方に呼ばれたはずですが……」

「ありがとうございます。助かりましたわ」

「い、いえ! とんでもございません!」

 でもまぁ、にっこり微笑んで礼をするだけで顔を真っ赤にするのは、男のオレから見てもちょっと楽しいし、初心じゃねぇかと可愛く見える。

 エリスの美しさはオレも鏡を見てびっくりしたくらいだし、兄があの美しさなのだからノクト家の顔面偏差値はこの世界でも抜群と見ていいだろう。

 そんな美女から微笑まれたらオレでもこうなる。

 むしろ、オレじゃなくてよかった、なんて思うくらいだ。

 さてさて生徒会室か。

 いい情報を持っていてくれたものだ。

 腕に実行委員会っぽい腕章をつけてたから声をかけてみたのだが正解だったみたいで己のラッキーさに小さくガッツポーズだ。

 これはエリスの運なのか自分の運なのかは分からないが、どっちも運がなさそうなだけにスムーズにことが進むのは大歓迎だ。

 何しろ残り日数は少ない。

 リリとは早めに接触していても損はないのだ。


「まったく、卒業舞踏会にドレスが用意出来ないなんて前代未聞ですわ! アカデミーの伝統をなんだとお思いですの?」


 しかし、生徒会室へ向かう途中の廊下で、唐突にやってきたあまりにもお約束な展開にオレは思わず足を止めた。

 生徒会室の廊下に面している中庭には、今の時間あまり生徒の出入りはないはずだが、そっと窓辺によってみれば複数人の女生徒の影がある。

 円陣……ではないが、半円陣くらいの感じで一人の生徒を囲んでいて、中央に何人かの女子が立って腕を組んでいる。

 これあかんやつやー 

 女子の怖い一面やー

 心のトラウマを刺激されるような心地でググッと変な息の止め方をしながら、オレはササッと壁の方に隠れた。

 この廊下が中庭の上階とはいえ、巻き込まれたら面倒だ。

 下手に地位のあるエリスが介入すれば、この後卒業とはいえ本当に本当に面倒なことになるのは目に見えている。

 目に見えている、のに……

「も、申し訳ありません……でも」

「でも、じゃありませんわ。舞踏会に恥じないレベルのドレスで参加出来ないのなら、いっそ参加を辞退されてはいかが?」

「それか、給仕の仕事なら臨時で使ってくれるかもしれませんわよ?」

 クスクスクスクス。

 いやらしい女子の半円陣に囲まれているのは、金髪ショートの女の子だった。

 遠目だったから顔は分からないが、周囲の令嬢たちの話からするに彼女は「舞踏会に恥じないレベルのドレス」を準備出来ない子――つまりは、平民である可能性が高い。

 リリ・バーラントじゃん!!

 こういう場面ではよくある事とはいえあんまりにもお約束の状況に、オレは思わず天を仰ぐ。

 ラッキーと思えばいいのか、面倒だと思えばいいのか。

 オレは天を仰ぎながらノロノロ廊下を歩いている間も、中庭からのキンキン声は止まらない。

 オレが本物のヒーローだとかなら今すぐにでも飛び込んでいって助けてあげたいが、あぁいうキンキンタイプの女子はオレも苦手だ。

 ていうか嫌いだし、怖い。

 でもここで介入しなければリリは言われっぱなしだ。あぁまったく、まったく……卒業を前にしてなんでこう面倒くさい事をしているのか……

「おやめなさい、恥ずかしい」

「! エ、エリアスティール様っ!」

「あなた達、人数揃えて一人を囲んで……恥ずかしくないのかしら。あまりにも見苦しいわ」

 階段を降り中庭に出れば、見えるのはリリの背中だ。

 ビクッと背中を丸めて驚いたリリと、驚愕にザワつく貴族の令嬢たち。

 あーやっちまった。

 やっちまったよー……

 世界で一番介入したくなかった喧嘩に介入しちまったよぉー……

「で、ですがエリアスティール様……この平民が……っ!」

「ヘイミン?」


 ここにヘイミンなんて名前の方はいらっしゃらなくてよ?


 心の中では一人で大騒ぎをしつつもにっこりと、昨日のアレンシールの笑顔を思い出しながら、決して敵意は向けずに微笑む。

 その間にも足は真っ直ぐに前へ向けて、リリと令嬢たちの間に立って笑顔を向ける。

 多分死ぬ前の「北条直ほくじょうなお」だったなら介入する前にビビって逃げていたかもしれないこの状況も、エリスならきっと大丈夫。

 自分でもよく分からない自信で胸を張ったオレは、きょとんとしている金髪の女の子を背に産まれて初めて女子の集団と対峙した。

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