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第4話 青年、考察する

 まとめてみよう。

 この本に……エリアスティール・ノクトことエリスの記すところによると、この世界で魔術を使える人間のことを【魔女】と言う。

 なんで【魔女】――つまり女だけなのかは不明だが、とにかくその魔女たちはこのエドーラ大陸を守っていたにも関わらず迫害を受けて激減。

 5歳で魔女として覚醒したエリスは現在その残りの勢力をまとめる魔女の首魁だが、オレが夢で見たあの一件で命を落とし……彼女の力では、あの事件を回避することは出来なかった。

 そしてオレは、北条直というただの一人の人間の男に転生し、けれどオレもあんな無様な死に方をしてしまうから魔力が残っているうちに自分とオレの魂を入れ替えて打開策をとろう、という、こと。

 まとめてみても、正直意味が分からない。

 オレはどっちかって言うと書いて覚えるタイプなのでまとめるならノートとペンが欲しいけど近くにそういった文房具の類はないみたいだし、そうなると頭の中でまとめるしかないのも難しい。

 まずは、【魔女】について……なんで魔女は迫害なんか受けたのか。

 エリスの日記によると、魔力を持つ人間が極端に減った結果強力な魔術を使うことの出来る人間を弾圧するために神殿が行った施策だとあったけれど、なんでそんな事をしたんだろう。

 強力な力がある人間なら王国かなんかで抱え込んで、可能なら数を増やせばいいのに。なんて思うのは、オレが現代で生きていたからだろうか。

 強力な力は守るべきだと、オレは思う。

 力は財産だ。

 頭脳は才能だ。

 オレはどっちも持っていなかったけれど、魔術師ってことはどっちも持っててもおかしくはないはず。

 それなのになんで、弾圧なんてされたんだろうか。

「魔女狩り……ってことか?」

 神殿。

 エリスの日記に何度も出てくる【神殿】という言葉に、中世ヨーロッパだかであったという魔女狩りという言葉を思い出す。

 自然災害や疫病、人間にとって不利になる何かが起きた時に元凶を【魔女】と呼んで彼女たちを殺すことで民衆の心を鎮めようとしたという、アレ。

 アレもたしか、神殿だとか宗教だとかが関わっていたはずだが、このエドーラでも同じ感じだったんだろうかと思うと、吐き気がする。

 夢の中で見た光景を思い出すと、その殺し方もまた同じようなものだと分かってしまうから余計だ。

 火刑。

 人間が一番苦しむという、一言で言えば嬲り殺し……

 エリスは、いっそ首を一瞬で落とされたアレンシールの方がずっとマシだと思われる殺され方をして、多分あの場に居た何人かの女の子も同じように殺されたんだろう。

 でもなんで、アレンシールも殺されたんだろう?

 共謀罪っていうのは、彼女と一緒に何かをやろうとしていたということだろうか?

 彼は男だし、魔女じゃないだろう。

 もしかして、魔女の兄だから? 

 でも、魔女の兄だからという理由なら、もう一人の兄も殺されていてもおかしくはないはず。

 エリスの日記を見てみても「アレン兄様は味方だ」という記述はあったが、それ以上は詳しく書かれていない。

 赤い月の7日。

 その日を境に記憶がないため、アレンシール以外の家族が自分の味方になってくれたのかどうかもわからない、と。

 愛されているはずの貴族の令嬢でも味方は兄ひとりしか居なかったのかと思うと、胸が苦しい。

 幸い頭の中には最低限のエリスの記憶と知識が残っていて、それによって家族についてとかは大体わかってはいる。

 例えば次男のジークレインは剣術に秀でていて22歳ですでに騎士団に所属していること。

 父フィリップは先代国王の従兄弟で、家族思いの子煩悩だが家名を何よりも重視するタイプで、母エリザベートは伯爵家の出だがその美しさに父が惚れ込んで熱烈に求婚し、貴族では珍しい恋愛婚。

 エリス本人は今住んでいる王都の学術アカデミーに通っていて、7日後の赤い月の7日に卒業式を控えている状態。

 ……つまりエリスは、卒業式の日に殺されたってことになる。

 卒業式の日に殺されたエリスと、誕生日に死んだんだろうオレ。

 前世も今生も、オレが何をしたんだってくらいに悲惨な死に方だ。

 エリスは未来を見ることが出来るから、オレの存在を知っていたのはわかった。

 でも、じゃあなんで、自分が死ぬこととオレが死ぬことまで分かったんだろう。

 エリスは魔女の首魁ってことだからきっと、オレが想像もつかない魔術を持っていてもおかしくはない。

 けど、死ぬ事を知っている……予知出来る? けどエリスは、この日記では「何度試しても駄目だった」みたいな書き方をしていた。

 つまりエリスは、時間を巻き戻すことが出来るのか?

 そして、巻き戻し続けて何度も失敗して、その結果同じ魂を持っていて未来の知識のあるオレに自分を託そうとした、ってことなのか。

 もしそうなんだとしたら、エリスはもしかしたら自分が死んだ後のエドーラを憂いていた可能性もある。

 エドーラを守っていた【魔女】を、その首魁を失った後の世界……

 そんなもの想像するのも簡単なことだが、でも、それは自業自得なんじゃないか?

 あんな殺され方をして、そもそも迫害されて……

 なのに、エリスはこの世界を心配してたっていうのか?


『どうかアレンシールお兄様とこのエドーラを、どうか貴方の知識で助けて頂戴』


 エリスの日記に書かれていた言葉に、また胸が詰まる気持ちになる。

 オレは例えエリスがオレの身体に入っていたとしても、オレの家族を見返して欲しいとかそういう気持ちにはなれない。

 むしろ、オレの家族なんかと関わらずに幸せになって欲しいという気持ちの方が強いくらいだ。

 オレが死んだ後の家族のことなんか知ったこっちゃない。

 守りたいとか助けたいとか、そんな気持ちになることだってあるわけがない。

 なのに、エリスはこういう選択をした。

 つまり彼女は家族を愛していて、とても関係が良かったんじゃないだろうか。

 だからこそエリスは、家族を、家族の居る世界を、守ってほしいと願った。

 それなのに、そんな彼女をこの世界の神殿とやらは殺そうとしているわけ、で。

 オレは、ひとつ「はぁ」と深くため息を吐いてから枕元のチェストに置いてあったベルを手にとって数回鳴らした。

 カラコロと音のしたそれは思ったよりも甲高く、しかし不快な音ではない音を奏でて、ベルが鳴った瞬間からどこからかパタパタと足音がこちらに向かってくるのが分かる。

 少し悩んでから日記を枕の下に戻したオレは、ベッドの台に足をおろして誰かがドアを開くのを待った。

 エリスの記憶では、メイドを呼ぶ時はこうやって待つのが一番なのだそうだ。

 オレは自分の準備くらい一人で出来るけれど、侯爵家の娘が一人で自分の準備をするのは常識外れなんだとか。

 まさに、映画やドラマの世界だ。

「エリアスティールお嬢様、お目覚めですか」

「えぇ、フラウ。お兄様にお会いしたいので、準備をしたいのだけど」

「お身体は、よろしいのですか?」

「大丈夫よ」

「では、ご準備のお手伝いをさせて頂きますね」

 やがてやってきたフラウは、数人のメイドを連れていた。

 オレが部屋の外に出る準備をしたがるのを見越していたんだろうか、優秀だ。

 だが、そのくらいでもなければ侯爵家の一人娘の専属侍女なんかは出来ないのかもしれない。

 侍女とメイドは立場が違って、メイドは家全部の雑用をするが、侍女や執事はどちらかというと家人の世話をする人なんだそうだ。

 つまりは、侍女はメイドの上級職ということになる。

 フラウの見た目はエリスとそう代わりはないはずなのに、相当優秀なんだろうな。

 ハッキリ言わないでも主の言いたいことを理解してくれる侍従というのはどこでも必要とされるものだろうけど、彼女もエリスが死んだ後に殺されてしまうのだろうか。

 それは少し……嫌だな。

「簡単で構わないわ。お兄様に会いに行くだけだから」

「かしこまりました」

 口調は、自分でも思っていたよりもスラスラとお嬢様風のものが出てくることにちょっと驚いてしまう。

 だが、この身体はエリスとして18年間過ごしてきたものなのだから当然といえば当然なんだろうな。

 自分としては違和感しかないわけだが、いざって時にモゴモゴしてしまうよりはずっとマシだ。

 髪を梳いて、肌を拭いで、服を整えて……フラウは最初風呂を用意しようとしていたみたいだけれど、それはオレが止めた。

 兄に会いに行くだけだ。

 そして、今後を相談するだけ。

 貴族が実兄に会いに行くだけでも準備をらしいけれど、そこまで仰々しい用意をすれば仮病がバレてしまうから、最低限のものでもいい。

 ……はずだ。

 正直、加減がわからない。

 オレの目から見れば、「簡単」と言ったはずのこのドレスさえ華美でちょっと派手で、高級だ。

 でも、ボリュームのある黒髪でちょっとキツめ美人のエリスにはとても似合う色合い。

 現代人ではちょっと躊躇してしまうような服でも、こういう世界の人だと似合ってしまうモンなんだと感心してしまう。

「……ジークレイン兄様と、父様と母様は?」

「今はお留守にしております……」

「そう」

 ならば今この屋敷に居るのはアレンシールのみ。

 話がしやすくて、助かるじゃないか。

「フラウ。アレン兄様の所には一人で行くわ。他の侍従たちも近付けないで」

「……かしこまりました」

 用意が出来たのを確認してから「内緒話よ」と指を立てれば、フラウはそれだけで何かを察したのかメイドたちと共に頭を下げて部屋を出るエリスを見送った。

 さて、アレンシールは一体どこまでエリスの事を知っているのか。

 味方であって欲しい。

 あんなにも悲痛に妹の名を呼ぶのだから、妹を守ってくれる人であってほしい……

 そんな事を思いながら、オレはエリスの記憶を頼りにアレンシールの部屋を目指した。

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