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第14話 前哨戦

「こちらの和室を見学されたいのですか?」

 どう考えても見学希望とは思えない、野次馬の一例として使えそうな姿勢を取っている澪央達に、女性は声の大きさを気にせずに質問してくる。

 和室から聞こえていた会話が止まり、澪央は焦りを募らせた。天使以外の皆が、姿勢を正す。

かおるさん」

 天使が名を呼ぶと、女性――馨は口元を笑みの形に変える。

「ここは商談に使用しておりますので、現在は入れません。ご見学をご希望ですか?」

「うん、そうだよ」

 即答した天使に、三人の視線が集まる。澪央も驚き、平然としている彼に一瞬だけ目を遣った。「そうだ」という答えを補強する為、慌てて言葉を足す。

「ここは一見する価値のある部屋だと伺っていましたので、拝見したいと思っていました」

「……左様ですか。ですが、残念ながら……」

「私は構いませんよ」

 室内から聞き慣れた声がする。数秒後、障子戸が開いた。出入口を塞ぐ形で、アレクシスが立っている。

「おや、可愛らしいお嬢様方が揃っていますね」

 澪央から見ると胡散臭さしかない、態とらしい笑顔を浮かべる。雫と明日香が焦りを忘れた、呆れと不快が込められた表情になった。アレクシスは口端を上げて勝ち誇ったように笑う。ほら入れただろうと言いたいのか、面白がっているのか。きっとその両方だ。

「さあ、遠慮しないでどうぞ」

「ありがとうございます」

 とびきりの笑顔を作り、軽く会釈をして中に入る。こちらは当然ながら歓迎していないのか、渋い面持ちの聖夜と目が合った。

「ご迷惑ですよね。申し訳ございません。お仕事に使われているとは知らなくて……。皆とは後にしようと話していたんです」

 心からお詫びするつもりで頭を下げると、聖夜の顔が綻んだ。

「構わないよ。見学していきなさい」

「はい。見学が終わったら直ぐにお暇しますね」

 目的とは異なるが、やはりこう言わざるを得ない。雫と明日香、直斗は感嘆の声を上げて室内を見回し、床の間の写真を撮ったりしている。少し大げさな気もするが、この気まずい空気を誤魔化す為と考えれば許容範囲だろうと思いたい。

 はらはらした気分を拭えないまま、澪央も部屋を見学する振りを始める。馨が聖夜の傍まで行き、何かを耳打ちしている。

「いや……」

 座布団に座り直していたアレクシスが、友人達の方を向いた。

「君達は学生か。私は今度、学校を作ろうと考えているんだが。折角だし、参考に話を聞かせてくれないか?」

 その途端、室内が静まり返った。無関係な学生達がこの場に残る為の方便だと気付いた澪央は、来た、と思って動きを止め、立っていた三人の友人もどきりとした様子で硬直している。それにしても、唐突だった。『どうにでもなる』としか聞いていなかったが、こういう流れにするなら教えておいて欲しかった。

「えっと、そうですね。分かり……」

 方便に対応しようとした雫が、びくりとして口を噤む。アレクシスの発言に眉を上げていた聖夜が、彼女に強い眼差しを向けている。

「あ……えと……」

 流石の雫も動揺を見せる程の視線だった。彼女が焦って言葉を継げなくなっているところに、真莉愛が目を細めて微笑んだ。

「ここはビジネスの場よ。そういう話は、後からゆっくりして貰えるとありがたいわ」

「は、はい……」

 雫が一歩後退る。直斗と明日香が、意気消沈した様子で一緒に寄り添う。澪央は複雑な気分だった。同席を提案したのはアレクシスなのに、何故こちらが責められないといけないのか。

「おや、椎名さんは何か不満そうだが……」

「い、いえ……」

 聖夜に見詰められて、少し俯いてしまう。僅かに笑みを浮かべ、彼は言った。

「断るべきところで、提案に流されて断れなかった。それが問題だった。どんな場面でも自ら考え、正しい判断をしなければならない」

「はい。そうですね……」

 色々と異論はあったが、この場に残る為の策でなければ、迷わず断る場面だったのは間違いない。軽く両手を広げ、アレクシスが苦笑する。

「……では、皆さんとは後ほど交流しましょう。残念ですが、天塚さんの話は一理あります。その上で提案なのですが、ご子息のみの同席は如何ですか?」

「ほう、天使ですか」

「ノエル君とおっしゃるんですか。良い名前だ」

 全く心の込もっていない言い方だったが、不快に思わなかったのか、聖夜は顔を顰めない。アレクシスは、体の向きを変えて天使を見据える――先程から一貫して、動揺していない少年を。

「彼ですよね。若者達の中で唯一マイペースを保っている。社長の教育の賜物ではないかと。それに、契約が成立すれば長い付き合いになるかもしれません。大学卒業後は、彼も入社されるんですよね?」

 台詞自体は聖夜に宛てたものだったが、彼には後頭部を向けたままだ。言葉の半分は見合ったままの息子宛にも聞こえたが、天使はきょとんとしたままだった。

「…………?」

 アドリブを求められても、対応出来ないのかもしれない。

「ええ。天使は入社して私の仕事の補助をします。次の社長は彼ですからね」

 聖夜は答え、数秒黙ってから軽く頷いた。

「そうですね。挨拶がてら天使は同席させましょうか」

 澪央は内心で安堵の息を吐いた。今回の目的は、家族三人でしっかりと進路の話をすることだ。学校を作る予定だという出任せからどうやって家族間の話し合いにするかは知らないが、この場に天使が居なければ意味は無い。

 皆も同じことを考えたのか、張り詰めていた室内の空気が弛緩した気がした。

「天使、空いている場所に座りなさい」

「はい。お母さん」

 真莉愛からの指示を受け、天使が数歩移動したところだった。紗希が「すみません」と手を上げる。

「緊張のせいか、ちょっとお腹が……それと、足が……戻った後は、足を崩しても良いでしょうか」


     ****


 足が痺れていたのは本当だった。ピークが過ぎてから、痺れが残る足で紗希は和室を出た。

(もう、胡坐がかける男はいいわよね)

 自分も胡坐をかいてやろうかと、出来ないことを考える。真莉愛は涼しい顔をしていたが、足に血管が無いのだろうかと思ってしまう。

 和室から離れ、二階への階段を中途半端に上る。そこで立ち止まり、スマートフォンを出した。先に退室した四人と話し合おうとしても、どこに居るのかが分からない。

 メッセージアプリを立ち上げ、グループ画面を開く。文字を打とうとしたところで、階下から声が掛かった。

「先生」

「え?」

 驚いて下を見ると、エプロンの女性が紗希を見上げていた。

「……松浦先生ですよね?」

 ――彼女の顔に見覚えはない。だが、確かに自分を知っているような目をしていた。

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