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第12話 反対の理由と父の提案 

 一人から四人という少人数のアイドルユニットが多かった時代に、大人数のグループがブレイクした。そのヒットぶりは凄まじく、後発で大人数のアイドルグループが幾つも誕生した。これ以降、男女問わずに十人以上の音楽グループは真新しくなくなり、当たり前になっていった。

 その起点となる頃に、桃花は沢山のオーディションに応募した。アイドルに魅了されていたのもあったが、「桃花ならいけるよ!」と学校の友人達におだてられてその気にもなっていたし、我ながら容姿には自信があった。

 ――実際にアイドルになってる子達がいるんだから、アイドルは夢じゃない。現実だ。

 更に、こんな青臭いことを考え、自分がステージに立つ日を疑わなかった。


(夢は叶うもので、一度叶った先には輝きしかないんだと思っていた……今の明日香と同じように)

 下を向いて昔話を聞く娘は、思考の流れや傾向が自分に似ている。桃花は学生時代、両親が煩わしくて同居が嫌で仕方が無かった。一人暮らしをしたい。自由になりたいと思っていた。オーディションに受かって上京が決まった時は家を離れられることも嬉しく――だから、隆志の転勤の際には明日香に一人暮らしをさせてあげようと考えた。

「十代前半のアイドルが多い中で、もう十代後半だった私は焦っていた。片端から応募して、やっと合格して、反対する親を無視して上京したの」


 ――件の大人数グループのオーディションにも応募したが最終選考前で落ちてしまい、受かったのはアイドル事業の実績がない事務所だった。ブームに乗って収益を得ようとしていたのは明白だったが、毎日が新鮮で楽しくて、芸能界に足を踏み入れた実感があった。

 無名から始まるグループでも、私が有名にしてやると情熱を燃やしていた。

 ――今でも、メンバーの中ではモモカが一番輝いていて、可愛かったと思っている。だから、私がセンターに選ばれたのは必然だった。

 デビューシングルがリリースされ、音楽番組にも出られたが、CDの売り上げは事務所の想定を下回っていた。二枚目のCDは出ないままに時だけが過ぎ、一人、また一人とメンバーが辞めていき、グループは自然消滅した。

 夢から醒めたような気分だった。芸能界への情熱も興味も霧散し、モモカは桃花とうかに戻った。その時点で、二十歳を超えていた。

「やりたいことなんてなかったけど、若いから仕事はすぐに決まると思ってた。でも、全然見つからなくてね……」

 正社員の求人は、大学卒業を前提にしたものが多かった。高卒で応募できる会社は限られていて、桃花が元アイドルだと分かると面接官は渋面を作り、不採用になった。多少は顔が知られているとかそういうことは関係無く、芸能界を目指すような地に足のついていない人材は求められていなかったのだ。

 仕方なく、その頃流行りの『フリーター』を続けたが、生活に余裕は出来ず、社員登用される気配も無かった。

 桃花はそこで、学費を貯めて大学へ行こうと決めた。

「大学在学中に就職先はあっさりと決まったわ。大学という肩書がこの世界でどれだけ重要なのかを思い知ったの」

 隆志とは職場恋愛で結婚した。元アイドルであることを告白したのは籍を入れる前だった。

「だから私は、明日香が進学校に入ってくれて安心してたし、それを無駄にはしてほしくない。大学以外の進学を認める気はないわ。大体、高校を辞めるなんて……社会を甘く見過ぎているわ。どこも雇ってくれないわよ」


 慧は話を聞く中で、桃花の経験を考えると彼女の主張は無理もない――むしろ正当性の高いものだと感じた。明日香が話していた『母の決めつけ』の理由も親の立場から来る押しつけめいたものではなく、これなら話し合いの余地があるのではという気がする。

 明日香の母は、ただ娘の将来を心配しているだけなのだ。

「……分かった」

 明日香は桃花の顔を見ないままに言った。素直な了承の意味ではないことは、声音で判る。

「高校を卒業してからバイトして学費を貯める。それなら文句ないでしょ?」

「明日香……!」

 桃花が立ち上がる。雫も立ち上がった。

「そうだよ! それで問題無いじゃん!」

「……雫さん、それなら自力で何とか出来るかもしれないけど、お母さんとはケンカしたままになっちゃうよ……」

 困り顔の直斗が雫の袖を引っ張って座らせる。一方で、桃花は隆志が「ママ」と呼んで座らせた。若干呼吸を荒げている彼女に、娘は続ける。

「ママもバイトして学費を貯めて行きたい大学に行ったんだよね。私も同じことをするだけだよ」

「そこには大学が入ってないじゃないの。私は、大学に行ってほしいって……」

「……ママ」

 そこで、隆志が桃花に声を掛ける。

「ママは、明日香の美容師になりたいという夢自体を否定してるんじゃないんだろう? ただ、大学には入学してほしいだけで」

「……いいえ。美容師にならなくていいから大学に行ってほしいと思ってるわ」

 桃花は、手元にハンカチがあったら口噛みしそうな顔で俯いた。

「あの……それは嘘ですよね」

 心にも無いことを言う時、桃花は『負』を発する。痛みを感知した慧は、口を出さずにいられなかった。

「本当は、好きな道に進んでほしいと、挑戦してほしいと思っていますよね」

「そ、そんなことないわ。私は……」

 また痛みを感じる。彼女が『負』に落ちるのは、「大学進学以外は認めない」という類の話をする時だ。本音を誤魔化すあまりに、「大学進学してほしい」という親の思いまでが嘘になりかけている。

「でも、大学へと言う度に、明日香さんの希望を否定する度に、俺にはすごく辛そうに見えたんです」

『負』を感じたとはさすがに言えない。

「そんな、そんなのあなたが感じただけで、私がどう思ってるかなんて……」

「……明日香」

 手元を僅かに震わせる桃花の隣で、隆志が静かに口を開いた。静かだが、穏やかな声で彼は言う。

「僕は、明日香からずっと相談を受けていた。桃花をどうやって説得すればいいのかと」

「え……」

 驚きで、桃花の手の震えが止まる。雫と直斗も「えっ」と声を上げ、澪央は何か納得したようだった。

「そう。それで、お母さんの本だけを……」

「本?」

「え、あ、いえ、こっちの話で……」

 隆志の疑問の声に、澪央は慌ててそう答えて口を噤んだ。まだ不思議そうにしながらも、気を取り直したのか彼は話を続ける。

「明日香のメッセージからは、専門学校に行きたいというより、美容師になりたいだけで大学が嫌いとか、行きたくないとか、そういう気持ちは読み取れなかったんだけど、どうかな?」

「そうだけど、それは行きたくないってことで……」

 素直に認めようとしないところが、母と娘で確かに似ているようにも見える。

「でも、行けるなら行ってもいいとは思うんじゃないか? 行けても行きたくない、とまでは考えていないだろう」

「それは……うん。そう」

 明日香が認めると、隆志は次に桃花を見た。

「本当は、明日香に美容師の勉強もさせてあげたい。そうなんだよな?」

 桃花は答えを躊躇しながらも、無言で頷いた。やはり、知らない高校生より夫の言葉の方が効果がある。

「だったら、両立する方法がある。もちろん、片方を卒業したらもう一つの学校にという手もあるが、年月が掛かってしまう。僕が考えていたのは……」

 隆志はそこで笑みを浮かべる。

「二つの学校に同時に行く方法だ」

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