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第7話 電脳世界での会話

 今日の攻略は、魔物に乗っ取られた神殿だった。透明化された隠しダンジョンであり、前回の冒険の時に最寄りの村からヒントを聞き、神殿を可視化する為のアイテムを手に入れていた。それを使い、禍々しい姿になった石造りの建物に入っていく。

「ここのボスを倒して村長の娘を助ければ上級職が解放されるんだよね!」

 賢者職であるギルドマスターのアンリは、白いワンピースみたいな形状の防具を装備し、同色のベレー帽を被っている。

「は、はい、そうです」

 ヘッドセットから聞こえる声は楽しそうで、慧は何となく進路の話を切り出しにくく、返事が控え目になってしまった。「サトイくん」と、感情を抑えたアンリの声がする。白の賢者が、青い防具の商人――慧のアバター――と融合してもおかしくはない程に接近している。現実だったら、顔を突き出してきていそうだ。

「敬語は止めてって言ったでしょ。年上に敬語使っちゃうのは、縦社会に居る学生の性でもあるんだろうけど……」

「俺、学校では誰とも話してなかったんですが……」

「……………………」

 やけに長い沈黙があった。咳払いが耳に届く。

「だったら、尚更に敬語なんて使わないでよ。私達は友達なんだからさ」

「友達……」

 互いのフルネームも、現実の姿も知らないのに、自分達は『友達』なのだろうか。

「一緒に遊ぶ仲なんだから、友達だよ」

 思考を読まれたかのような言葉に驚いたが、その声はどこか温かく、心に沁みる。

「分かりました……あ、じゃなくて……分かった」

「そうそう。じゃあ行こっか。ほら、敵だよ!」

 通路の奥から、ぼろぼろの服の骸骨が三体歩いてくる。この魔物は低レベル帯のダンジョンでも見たことがある。服の色だけが違っていて、目の前に居るのはその亜種だと分かる。亜種――つまり、前の魔物より強いということだ。

 歌姫である澪央が歌でデバフ魔法をかける。魔物達の右上に水色の下矢印が表示された。

「防御力が下がった! こいつらの弱点は火だから……」

 アンリが杖から炎の全体魔法を放つ。そこで魔剣士である雫が前に踏み込み、HPを削りきれなかった魔物に剣で斬りかかった。

「いつものスキルでいけると思うよ」

 こちらも全体攻撃だったが、最後に剣が当たった魔物には大したダメージが入らない。残った一体が、僧侶――直斗に刃が欠けた剣を振り上げる。

「わ、わあ!」

 慌てて盾を構えて攻撃を受け止め、慧が短剣でとどめを刺す。全ての魔物が消えて、経験値とゴールドが全員に分配される。

 澪央が、安心して大きく息を吐く。

「このレベルなら、ダンジョン攻略は大丈夫そうね」

「と言っても、今のは一階の雑魚だからね。二階はまた魔物が強くなるし、油断しないで行こう!」

 先頭に立って神殿を進むアンリは――実際はゲームの前に座っているだけだから当然なのだが、その辺の道を歩くようなノリで続けた。

「それで、今日は何か相談があるんでしょ? ミィから聞いたよ。ここ、平均クリアに三〇分は掛かるし、その間に話そうよ」

「え、ミィから……?」

「うん、その方が話しやすいかなって」

 ミィというのは澪央のハンドルネームだ。『椎名』と呼べないとはいえ、『ミィ』と発音するだけで少し恥ずかしい。

「あ、それ、私の友達の話で、ちょっとどうしたら良いか分からなくて……」

 雫がこれまでの経緯を話し出す。その間にも攻略は進み、宝箱を開けたり戦闘をしたり罠に掛かったりしつつ、皆がそれぞれにコントローラ―を操りながら話を進める。

「彼女は、何が何でも美容師になりたいんだね。もう夢や希望とかじゃなくて、なるって決めていて、それ以外の道が考えられないし、想定したくないのかな」

 ボスが近付いてきてMPを節約し始めたアンリが、杖の付随能力を使って魔法を放つ。

「ちょっと危うい感じもするけど……美容師は地に足がついた職業だし、適正があって、変な執着とかじゃなくて純粋に目指したいとかなら専門学校も全然有りだと思うよ」

「……何か、含みのある言い方ね」

 明日香を全肯定する意見じゃなかったからか、雫は若干不満そうだ。アバターのシズカが所持スキルの中でもかなりの大技で魔物を一掃する。

「うーん、話を聞いてて、親への反発とか意地とか、突然現れたキラキラとした世界への憧れとかを感じたんだよね。担任の先生の言う『一時的な夢』っていうのも一理あるかなって」

「それは、私も思ってたけど……」

 雫の威勢が萎んでいく。会話が途切れてBGMだけが聞こえる中、アバター達は通路を進む。やがて、両開きの大きな扉の前に辿り着いた。中に入るとボス戦が始まる。人より三倍くらい巨大な悪魔のような魔物が、突然ブレスを吐いてきた。皆のHPが半分近くまで減り、アンリが素早さを上げる魔法を直斗――クロノにかけ、僧侶である彼が全体回復魔法をかける。

「僕はよく分からないんだけど、そういうのがあったら、駄目なのかな? あってもいいんじゃないかな。僕だって、ゲーム関係の仕事がしたいっていうのは、好きだからなだけだし……」

「全部を含めても、本当に目指したいという気持ちが一番上にあるなら良いと思うよ。もっと軽い理由で進路を決めてる子だっていっぱいいるし」

 その方がスタンダードなくらいでしょ? とアンリは言った。

「適正というのは? 学校で勉強してみないと適正は分からないと思うけど……」

 澪央のアバターが扇子で風を起こして攻撃する。

「そう。入学してからじゃないと向いてるかどうかは判らない。だけど皆、専門学校に行けば卒業した後はプロになれると思ってる。挫折するなんて想像しない」

「誰か、挫折した人を知ってるのか?」

 ボスの必殺技がサトイに直撃し、HPがゼロになる。

「……美容師とちょっと似てるかな。トリミングの専門学校に行った子がいてね」

「トリミングか……」

 主に犬の体毛をカットする仕事だが、ただ切るだけではなく時にはデザイン性や犬を美しく見せる技術が必要になってくる。しつけや保定の方法も身に付けなければ、高い台に乗る犬が逃げたり落ちたりした時に怪我を負わせる可能性もある。

 話しながらアンリは復活の魔法を使い、サトイが蘇生する。

「私は話を聞いただけなんだけど、それでも、この職業には一つじゃなくて幾つもの適正が必要なのが分かる。その子は特にね、手先が不器用だったの。上手にカットが出来なかった。リボンつけも下手だって言ってたかな」

「そ、その人、どうなったんですか……?」

 一人だけバフが外れた商人に、直斗が一人用の防御力アップ呪文をかける。

「一年で学校を辞めちゃった。今はフリーターをやってるよ」

「辞めた……」

 雫が呆然とした声を出す。明日香がフリーターになる未来を想像したのかもしれない。

「それが悪いとは言わないけどね。躓くのも必要な時はあるし。でも、その子がフリーターを出来てるのも最終学歴が高卒だからだし、高校は卒業した方が良いよ」

「そ、そうだよね。それに、高卒認定試験に合格しても、入学してから中卒だって馬鹿にされたりするかもしれないし……」

 直斗の心配は、クラスでずっと孤立していた経験から来るものだろう。

「そうだね……まあ、兎に角まずは話し合うことだよ。ブロックされても、返信が来なくても、両親と話をする手段は残されてるよ」

「例えば、どんな……?」

 澪央が訊ねると、アンリは悪戯を仕掛けた少女のような声音で答えた。

「それは、君達で考えればいいよ」


 ボスを倒し、村長の娘を助けてイベントムービーを見ると、新しい上級職が追加された。

「今日はありがとうね。次にはこの職で来るから!」

 嬉しそうなアンリと挨拶を交わし、皆がログアウトしていく。

「じゃあ、俺も……」

 最後に残った慧がゲームを終えようとすると、アンリが「あ、待って」と引き止めてきた。

「何です……何だ?」

「あ、えーと……」

 彼女は珍しく何かを言い淀んでいるようだった。慧もまだ敬語を使わないのに慣れず、賢者と商人のアバターが棒立ちになったまま時が過ぎる。

「さっき、学校では誰とも話してなかったって言ってたよね。それって……子供の頃から、ずっと? クロノ君みたいに?」

「あー…………まあそうかな」

 態度から考えて、アンリは先程の台詞を反省しているのだろうか。学生が上級生と交流すること前提に話したことを。

「……そっか」

 ぽそりと呟くと、彼女は一転して明るく言った。

「私も落ちるね! またよろしく!」

 アバターが画面から消える直前に、囁くように小さい声が聞こえる。

「……ごめんね」


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