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第3話 罪

 その日の練習が始まった。監督にポジション変更を了承すると告げると、直ぐに部員に周知された。離れた場所に立った晴希が悔しそうに顔を歪めていたが、話し掛ける気にはならなかった。

 二つのチームを作り、試合形式の練習をする。壮真と晴希は別々のチームになった。フォワードだった時より後方で、正面のゴールに立つ晴希が見える。明らかに機嫌が悪い。

(センターバックは攻撃も出来るし、するべきだ。ポジションが変わってもシュートを決められるってところを見せてやる!)

 いつも以上に気合いが入っていた。相手チームの攻撃から積極的にボールを奪うように動いた。サイドにパスを回してフォワードに繋がるようにプレイするが、試合の経過と共にフォーメーションは崩れていく。

 乱戦の中で、チャンスは訪れた。ライン側に流れたボールに選手が集中し、空いた中央をカバーしていた壮真にボールが回ってきた。

 相手チームの守備は薄い。このまま行けると思った。

 自分を囲もうとする敵側選手二人をドリブルで躱し、ゴールを守る晴希を睨みつけた。

「藤原!」

 監督の声がする。でしゃばり過ぎだと言いたいのだろうが、もう止まらない。渾身の力でボールを蹴った。力み過ぎて、ボールはゴールポストに向かっていく。ギリギリだったが入るだろうと思った時――

 果敢に跳び上がった晴希が顔でボールを受け止め、跳ね返した。選手達から歓声が上がる。

 ボールをまともに受けた彼はその威力に押され、宙に浮いたまま勢いよくゴールポストにぶつかった。

 後頭部が激突する鈍い音がして、力が抜けた体がそのまま倒れる。

 一秒にも満たない間の出来事だった。

「松浦! 大丈夫か!」

 監督が走ってくる。笑顔だった仲間達も彼を囲んで声を掛ける。頭の下から、地面に血が広がっていく。

「きゅ……救急車!」

 仲間の一人が、悲鳴に近い声を上げた。


 心臓は規則正しく動いていた。壮真達は、待つことしかできなかった。微動だにしない晴希を見下ろし、祈るような気持ちで時を過ごした。

 事故から十分程で救急車とパトカーが到着した。救急隊員は彼を担架に乗せて運んでいく。様々な器具を装着している間に残った隊員と警官が話を聞きにきた。

「練習中にバランスを崩して転びまして……その先がそこのゴールポストでした」

 監督は表情を引き締めて説明していく。壮真の名前や、シュートを顔で受け止めたということは省かれていたし、状況も少し違う。

(監督……?)

 仲間達と様子を見守っていた壮真は、息を吞んだ。警官が自分達の方にも歩いてくる。

「他に気付いた点はありませんか? 顔にも何かが当たった跡があるようですが」

「サッカーはヘディングをするので、その時の跡じゃないでしょうか」

 部長が前に出て発言する。庇ってくれているのかと、壮真の戸惑いは大きくなった。

「……分かりました。また不明な点があったら聞き取りを行うかもしれません。その時にはご協力をお願いします」

 監督が同乗した救急車とパトカーが去った後、部長は壮真に言った。

「藤原の所為じゃない。あれは事故だ」


  □■□■


「後から監督にも言われたよ。お前はシュートをしただけで、晴希はそれを防ごうとしただけだと。たまたま場所が悪かったんだと」

 喫茶店の個室で、壮真はコーヒーを一気に飲んで溜息を吐いた。

「……今も、警察には伝わってないのか?」

「分からん。あの時は俺に気を遣って言わなかったが、もしかしたら監督が対応してくれたのかもしれない。警察に説明したその結果、事件性は無いと判断されたのかもしれない」

 キオク図書館で監督の本を読めば判るだろう、と慧は思った。最近、不明なことは『本』を確認すれば良いと考える癖がついてしまっている。あまり良い傾向では無い気がしないでもない。

「ただ、晴希の家族は知らなかった」

「知らなかった……? じゃあ、今は知ってるのか?」

「ああ。俺が話したからな」

 手持ち無沙汰そうにティースプーンを弄ぶ壮真の顔は、自分が痛めつけられたかのように、辛そうだった。

「ずっと言う勇気が無かった。彼女達は俺に優しかったから……」


  □■□■


 緊急手術は成功したが、晴希はいつまでも目を覚まさなかった。脳に損傷があり、意識を取り戻すのは難しいと説明された――と、比較的親しかった彼の姉から話を聞いた。

「でも、見た目には分からなくても本人には意識があるそうよ。だから、会話も聞こえるし、思考もしてるのよ」

「そうですか……」

 壮真は相槌しか打てなかった。とんでもないことをしてしまったという後悔が頭から離れない。あんなに力を入れてボールを蹴らなければ、晴希は今も元気だっただろう。

(俺の所為だ……)

 それが唯一の真実だと思っていた。けれど、壮真の責任ではなく事故だという皆に甘えてしまっている。隣に座る紗希――晴希の姉にも、白状出来ない。自分はこんなに弱い人間だったのかと、心底がっかりする。

「それに、意識が戻る可能性も僅かながらあるんだって。だから……その時は、また話し相手になってあげて」

「いえ……」

 声が聞こえるというのなら、起きるまで待たないで話したかった。一方的だとしても、話したいし、話さない自分が許せなかった。

「俺、毎日来ますよ。迷惑じゃなかったら……ですけど」

「ありがとう」

 紗希は目に涙を溜めて、微笑んだ。


 ――松浦家は、手術後に晴希の延命措置を行うかどうかを問われていた。延命は、一度決めたら亡くなるまで途中で止めることは出来ない。家族の為にはどちらを選ぶべきなのか――考えた結果、彼女達は延命することにした。

 それから毎日、壮真は晴希の見舞いに行き、一日の出来事や、授業の内容を話して聞かせた。

 いつか目を覚ますと。

 その時に困らないようにと。

 きっと、聞こえているだろうと。


 ――晴希が息を引き取ったのは、それから半年後のことだった。


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