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第1話 墓地での再会

 一口に人形といっても、様々な種類がある。着せ替えて遊ぶ、体長数十センチ程のスリムな人形。動物を可愛くデフォルメした小さな人形――これらは玩具店でも売っている為、『神谷ドール』では扱っていない。近所の量販店では手に入らないような、フランス人形やビスクドール等は店頭にあるが、こちらは仕入れであり慧の作品ではない。

 二階にある作業部屋で、頭の形に整えた粘土を削り、顔の詳細を作っていく。綺麗な顔にしたいと思うと同時に、脳裏に浮かぶのは中学時代に聞いた『あいつ、気味の悪い人形を作ってるんだぜ』という言葉を思い出す。

 これ以前にも、似たようなことを陰で言われていたのだろう。だが、耳に届いたのはこの時が初めてだった気がする。それ故に、いつまでも記憶の片隅に残っている。

 粘土を削る手を止める。澪央や直斗、雫の顔を思い浮かべる。彼女達もこの店に来たら、気味が悪いと感じるのだろうか。

 慧の人形は、母が作っていた人形に似ている。子供の頃から当たり前に存在していて、可愛い、綺麗だと思っていた。その為、それらが他者からどう見えているのかが分からない。

 カブトムシを格好良いと思う者と気持ち悪いと思う者が居るように、これは感性の問題だから。

「……ここまでにするか」

 頭部分と器具を置き、作業部屋を出る。思い出してしまった過去を忘れないと、出来上がりが歪になってしまうだろう。

 階段を降りて和室に入り、仏壇の前で立ち止まる。写真の中で笑う両親に問い掛けたくなる。

(二人は、どんな気持ちで店をやってたんだ……?)

 周囲から忌避されたりしなかったのだろうか。誰かから否定された時に、どうやって心を持ち直してきたのだろう。

「キオク図書館……」

 無意識にポケットに手を突っ込み、スマートフォンに触れたところで我に返った。

 両親の本を読めば、全てが判る。

 死者の考えを知るには、他に方法は無い。

 けれど――

『この人形はね、旅立った先で人に幸せを与えるの。皆を笑顔にしてくれるのよ』

 記憶の奥の方から、そんな声が聞こえる。本を読む必要は無い――母はこの仕事に誇りを持っていたのだから。

 余計な考えを振り払おうと首を振り、和室入口に置いたままだった鞄を持って店に降りる。

「久々に墓参りにでも行くか」

 店内を突っ切り、外に出る。赤い髪の人形の瞳に動きを追われていたことに、慧は気付かなかった。


 石材屋から借りた掃除道具で墓石を綺麗にすると、枯れた花を取り除き、新しい花を挿した。白と黄色の菊にかすみ草という一般的な仏花だ。

「暫く来てなかったな……」

 ブラックコーヒーとカフェオレの缶を両端に置き、ラップに包まれた白い饅頭を供える。

 蝋燭に火を灯して線香にそれを移し、準備を終えるると目を閉じて手を合わせた。

「……っ!」

 目を開けたのは、祈りを終えたからではない。強い『負』に襲われたからだ。最初の一撃の後も、ビリビリとした痛みが続いている。重みがあり、それでいて鋭さを伴う痛み――悲しみと、後悔の『負』だ。

 心当たりは一人しかいない。墓石四基分離れた左側に、高校生くらいの男子が立っている。手を合わせている横顔には、見覚えがあった。小学校から中学校まで同じ学校に所属していた、藤原壮真ふじわらそうまだ。黒髪を刈り上げた、精悍とも言える顔をしている。

『あいつ、気味の悪い人形を作ってるんだぜ』

 と発言した張本人だった。

(藤原……)

 つい後退り、足元の砂利が音を立てる。壮真がこちらに目を向けた。視線を避けて墓石に向き直り、供えた物を鞄に入れる。手で扇いで蝋燭の火を消した時、彼の声が聞こえた。

「……ああ、神谷か」

 中学の時のような快活さは無く、くたびれた大人みたいな声だった。電気が体を駆け巡るような痛みはまだ続いている。

 無視出来ないレベルの『負』を彼は抱えている。けれど、そこに踏み込むかどうかを決めかねる自分がいる。

「久しぶり。元気だったか?」

 壮真は気後れした様子も無く話しかけてくる。中学当時に彼が放ったあの言葉は明確な弄りであり、慧に関わろうとする生徒を抑制しようとする意図も込められていた。そういった過去は、もう忘れたのだろうか。

「ああ、まあ……」

 曖昧に答え、掃除道具を持って脇を通り過ぎようとする。だが、その足は止まってしまった。止めざるを得なかった。

「少し話さないか?」

 壮真がそう言ったからだ。

「いいけど……」

 断ることも出来たのに、了承してしまった。彼が線香を上げていた墓石の文字が目に入る。そこには藤原ではなく『松浦家』と彫ってあった。

 中学にも同じ名字の男子がいた。髪を明るく染め、芸能人に見紛う程の容姿をしていた。体育が特に得意だった。

「お前も知ってるだろ。松浦晴希まつうらはるきだよ。サッカー部の」

「何だって……? まさか」

 本当に同級生の松浦晴希なのか。あの、元気が取り柄をそのまま体現していた彼が、成人も待たずに墓に入った――

「何があったんだ?」

 壮真は、弱々しい笑みを浮かべた。泣くのを我慢しているようにも見えた。彼から受ける『負』が強まる。

 まるで、彼の力になれと『能力』に言われているみたいだ。

「……晴希は、俺が殺したんだ」


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