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第11話 本を読む二人

「え……え?」

 直斗が混乱して慌てているのとは別に、公園内には間の抜けた空気が流れていた。自分の耳を疑う慧の近くで、澪央が大きな瞳を瞬かせてこちらを見ている。

「い、いや……確かに彼女から強い『負』を感じたんだ。嫌悪の種類の……」

「それは椎名君へ向けた嫌悪だろう」

 アレクシスが口を挟み、得意気に語り始める。

「身近に居る私は告白されていないのに、椎名君は告白され、自分が好きな男を振っている。それが気に入らなかった」

「ど、どうしてそこまで……」

 狼狽する雫には答えず、彼は更に話し続ける。

「椎名君だけではなく、黒崎君に告白された女子には似たような感情を持っていた。友人の伊瀬 明日香に対してすら」

「…………」

 雫は唇を噛み、下を向いた。彼女から受ける『負』が強くなる。複数人の前で本心を晒されれば、無理も無いだろう。

「た、確かに僕は、伊瀬さんにも告白した……」

「……仕方ないよ。私の気持ちに気付いてなかったんだから」

「僕は、望月さんに嫌われてるって、思ってて……だから、告白する勇気が無くって……」

「嫌われてる?」

 雫から感じる『負』が、一気に溶けるように消失した。純粋に疑問符だけが残った顔で、直斗を見返す。

「……? ああ、そうか。それで……」

 何かを納得したらしき彼女の表情が、柔らかくなる。

「違うよ、私は黒崎君を嫌ってない。怒ってたんだよ。他の子にばかり告白して、私を選ぼうとしなかったから。……うん、今思うと、愛憎に近かった……憎しみも、あったのかもね」

「え、じゃ、じゃあ……今は?」

 直斗は、不安そうに問い掛ける。おろおろとする彼に向け、雫は笑った。

「さっき言ったじゃん。好きって」

「す、す、す、好き……」

 あまりの言葉に、直斗は体を震わせている。挙動が怪しいが、大丈夫だろうか。

「黒崎君の、自然と人に優しくできるところが、好き。誰にも相手にされなくても、誰も嫌わないところが、好き。ゲームではちょっと頼もしいところが、好き」

「そ、そんなに、いっぱい?」

 こくんと、雫は頷いた。

「だから、黒崎君に、生きていて欲しい。こんな嫉妬深い私でも……本当に好きだと思ってくれるなら、彼女にして欲しい」

「す、好きだよ! 僕は……告白の時にちゃんと『好き』って言ったのは、望月さんにだけなんだ」

「……え?」

 雫の目が、見開かれる。

「信じてもらえないかもしれないけど……」

「それなら心配することはない」

 完全なる二人の世界に、アレクシスが割り込んだ。


「後でキオク図書館に入り、黒崎君の本を確認すれば良い。恋人同士になれば、お互いの本を開ける可能性が高まる」

「キオク図書館……」

 直斗の呟きに、雫が「それ!」と声を上げた。

「何なの? あれ。聞いてるだけじゃ意味が分からなかった。ちゃんと説明してよ!」

「構わないが……」

「開き直ったな」

 堂々とした物言いに、安堵半分呆れ半分で、慧はアレクシスの後を継いだ。管理者からキオク図書館の説明を聞いた雫は、複雑そうな顔をした。

「人のプライベートが全部読める本なんて……」

「プライバシーに関する情報は書かれていないぞ」

「そんなの、誤差みたいなものじゃない」

 雫は少し不安気な様子で直斗を見た。

「本を、読む……」

「もちろん、読めるというだけで読むのは義務じゃない」


     ****


 雫は思う。義務とか、義務じゃないとか、今は関係無い。

 出来てしまう以上、今は――読んでもいいのかダメなのか、焦点はそこだけだ。

 ――私は、黒崎君になら私の本を読まれてもいい。

 ――私の全てを、知られてもいい。

 でも、私の本を読みたいと言われても、私は頷くだろうか。それは、『好き』の証明になるだろうか。ならない――ただの好奇心じゃないとは、言い切れない。

『好きなんだ』

 ――本心なんだって。告白相手が居なくなったから仕方なくじゃないって、どうしたら私は信じられる?

 直斗の本を読みたい、なんて言いたくない。

「望月さん。僕の本、読んでいいよ」

 雫が何を考えているのか分かったのではないだろう。直斗が明確な意思を感じる声で、そう言った。

 どきりとして彼と向き合う。決意の眼差しが、髪の合間を縫って見える。

「僕は望月さんの本は読まないから、僕の本だけ、読んでいいよ。一ページ目から、最後まで」

 それは――

 その言い方は――

「うん、私の本も、読んでいいよ。読んで……欲しい」

 最大の、愛の告白ではないだろうか。

「黒崎君の本は読まないから」

「えっ、読んで欲しいよ! 僕の全部を読んでよ!」

 直斗は大慌てで両手を忙しなく動かす。それが、何だか途轍もなく可愛く思えた。

「うん。じゃあ……直斗君の人生を、拝読させていただきます」


  □■□■


 ジオゲームズに寄って、雫の分の『OYVF』を受け取る。キオク図書館へは、人目が無いことを確認した上で近くの民家のドアを借りて入った。

 慧と澪央が後方で見守る前で、アレクシスが黒い本を出して雫に渡し、薄い茶色の本を直斗に渡した。

「そこのテーブルで読むといい」

 設置したのはこの時の為とでも言うように、管理者は鼻高々にテーブルを勧める。

 二人はお互いに遠慮がちに隣同士の椅子に座った。言葉を交わさないまま――

 本を、開いた。

 雫が「あ……」と言う横で、直斗は本の見開きに目を落としたまま動かない。

「本当に、僕を、好きに……」

 震え声を出す彼の手に、雫の手が触れる。

「……そう、言ったじゃん」

 少女は頬を染めて、微笑んだ。


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