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第10話 理解と誤解と後悔

「保留、とはどういうことだ」

 穏やかな空気が流れる公園で、アレクシスが仏頂面を作っている。態とらしい仕草と声音だった為か、直斗は首を縮めて言いづらそうにしながらも、少し笑っていた。

「えっと……友は、互いに認め合って成り立つんですよね? アレクシスさんとは……認め合う程の遣り取りは無かったかなって……」

「それは私の名言なんだが」

「名言だけじゃ、ちょっと……何か怪しいし……」

「条件が厳しいな」

 アレクシスは更に渋面を作り、澪央が控え目に笑っている。だが、直斗の笑顔はそこまでだった。口角を下げ、静かに言う。

「今日は帰るよ。来てくれてありがとう」

 慧の座るベンチから一歩後退し、公園から出て行こうとする。慧はちらりとトイレの方を見てから、慌てて彼に声を掛けた。

「黒崎、もう学校には来ないつもりか?」

 直斗の声には諦めと――これ以上は何も求めないという覚悟が含まれているような気がした。それは彼にとっての救いでは、全く無い。

「うん……学校に行けば、女の子達の目が気になっちゃうから。僕がしたことを知られてる気がするし、見えない圧力も勝手に感じちゃうと思う」

 その状況は、容易に想像出来た。真綿で首を絞められるような毎日で、『無関心』の中で一人でいるのとは違う辛さに襲われるだろう。

「高校にいる間は、ずっとそういう風に見られ続ける。一度してしまった罪は、消えないんだ……」

「本当に、そうかな……?」

 眉根を寄せて、澪央が言う。

「してしまった『事実』は消えないけど、ちゃんと理由を説明したら、女の子達の黒崎君を見る目は変わるんじゃないかな……?」

 澪央は直斗だけを見詰めていた。真剣な面持ちの彼女を前に、直斗が「え……」と、たじろいだ。

「理由を説明なんて、そ、そんな……」

「私は、女の子の断った時の気持ちも、何人もの子に告白してるって知った時の気持ちも分かる」

 その上で、直斗の苦しみを聞いて許そうかなという気になったし、今は友達になれて良かったと思っている、と澪央は言った。

「だから、女の子達に謝ってみない? 私は、教室で一人で過ごす人の孤独を解ってなかった。今もきっと、解ってないと思う。……でも、誰からも自分を認めて貰えなかったら、認めてくれる人を探そうとするよね。恋人だって、欲しくなるよね……」

「椎名さん……」

「やっぱり……恥ずかしい?」

 澪央の声には気遣いがあったが、若干、彼に挑むような、試すような感があった。女子としての複雑な気持ちが出ている気がした。

「恥ずかしい、けど、ぼ、僕は……」

「私も一緒についていく。一人より二人の方が……」

「椎名、それは……」

 直感でしかないが、逆効果なんじゃないかと言おうとした時。

「ちょっと待って!」

 トイレの陰から、雫が出てきた。

「どうしてそこで椎名さんが出てくるの? 何か……私が知らない流れで、と、友達になったとしても、黒崎君の隣に立つのは、あなたじゃないから!!」

 勢いで姿を見せてしまったのだろう。一気に言い切ると我に返ったのか、雫ははっとした顔をして立ち尽くした。

「あ、あの、ええと……」

 皆の視線を受け、彼女は狼狽える。慧はやれやれという思いで苦笑を漏らした。

「やっと顔を見せたか」

「えっ、知ってたの?」

 澪央が驚きの声を上げる。

「学校を出る時から特有の『負』を感じてたからな」

 かつて図書室前で感じた強い嫌悪が多少弱まり、複雑な『負』が混ざり合った不安定な痛みだった。黒崎家でキオク図書館に入ってから消失していたが、この公園に来てから復活していた。何故嫌っているのかは不明だが、それも含めて思うところを話したいのではないかと考えていた。

「も、望月さん……」

 戸惑いと共に、直斗が彼女に近付こうとする。

「望月さん、僕……」

「謝らないで!」

 叫ぶように、雫は言った。


     ****


 頭に血が上っていても、雫には周りが見えていた。散歩をしていた老夫婦が一時足を止め、こちらを見てからまた歩き出す。アレクシスは傍観の笑みを浮かべている。

「まだ、謝らないで……私が、ちゃんと解るまでは……」

 ずっと話を聞いていたけれど、気になる言葉は断片的で、繋げないと理解出来そうになかった。次々に会話が進み、思考が追い付いていなかった。

「違うんだ。僕は、望月さんが……」

「だから、ちょっと待ってってば!」

 もう一度叫ぶと、直斗は黙った。他の三人も口を閉ざしている。


 ――思い出してみる――

『黒崎を間違いなく必要だと思ってくれる女子と出会えたら良いと思ってる』

 と、『神谷君』が言った。

“間違いなく必要だと思ってくれる女子”――

『黒崎君はもう、私に必要とされている。友達として……じゃ、足りない? 認められてるとは、思えない……?』

 と、澪央が言った。

“もう、私に必要とされている”、“認められてるとは、思えない……?”――

『存在意義肯定のキープとして友になるのも悪くない』

 と、アレクシスが言った。

“存在意義肯定”――


 三人は、ほぼ同じ意味のことを話している。

「黒崎君は、誰かに認めて欲しかった。認めてもらって、自分が存在する意義が欲しかった……」

 誰も、何も反応しない。けれど、間違いではない確信がある。

 決定的なのは、澪央のこの言葉。

『誰からも自分を認めて貰えなかったら、認めてくれる人を探そうとするよね。恋人だって、欲しくなるよね……』

 その為に直斗が思いついた唯一の方法が『恋人を作る』ことだった――

「そんなに、寂しかったの? 好きになってくれるなら、誰でもいいって思えるくらいに……?」

 だったら、最初に言ってくれれば良かった。最後じゃなくて、一人目に選んでくれてたら、一発でOKしたのに。

「寂しい、とは思わなかった。僕はただ、生きてる意味が無いと感じた。生きてても良いっていう証明が欲しかったんだ。存在を、肯定して欲しかったんだ」

「生きてる意味が、無い……? やっぱり、この前屋上から飛び降りようとしたのって、黒崎君……なの……?」

「……そうだよ」

 直斗は語った。ここに居る三人に足を引っ張られて助けられたことと、存在意義を求めるようになった経緯と、振られる度に絶望して、それを埋める相手を求め、絶望が積み重なって追い詰められていったことも――

 そこまで聞いて、雫は気付いた。

「あの日の言葉には、そこまでの重みがあったんだね……」

 直斗が何人もの女子に告白しているという噂が流れ始めた頃に、彼はぼそりと呟いた。

『誰も僕を必要としていないんだ』

 嫉妬と腹立たしさから、真面目に聞かなかった。何も答えずに、無視してしまった。でも、いつまでも印象に残っていたのは、それだけ念の込められた『告白』だったからだ。

「あの時にそんなことないよって言ってたら、そこで終わってたんだね……」

 下らないプライドなんて持たなければ良かった、と後悔する。

「え?」

「だって私は、前から黒崎君が好きだったんだから」


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