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第3話 嫌悪を抱く少女

 翌日になり、昼休みに二年E組へ行くと、雫は図書室に居るということだった。道すがら、慧は澪央から直斗に対する疑問を聞いた。

「黒崎君が誰かに認められたくて焦って、その結果として恋人を求めてるのは分かった。でも……」

 納得いかないらしく、彼女は複雑な顔をしている。

「彼は自分から孤立するように動いてるよね? それで、誰からも必要とされてないって思うのは他責過ぎると思うんだけど……」

「ああ……」

 同級生に対して何の働きかけもしていないのだから、自らの行動の結果なのではないかと言いたくなる気持ちは分かる。

「特に、高校はリセットできるチャンスなのに、何もしなかったっていうのは、ちょっと共感出来ないかなって」

「俺は孤立したくて敢えてそうしてたから、黒崎とは状況が違う。でも……」

 疑わし気な目を向けられて「本当だって」と主張してから先を続ける。

「中学まで上手くやれてなかったなら、周りの雰囲気とかにも敏感だろうからな。少しでもアウェイ感を覚えたら、消極的にはなり易いとは思う」

「アウェイ感か……」

 完全に納得してはいないようだが、澪央の表情が多少柔らかくなった。少しは腑に落ちてもらえたのだろうか。

 いくらアレクシスに本を読んでもらっても、人の心を完全に理解することは出来ない。

 それを察する瞬間だった。

 実際、慧自身も直斗を理解してはいないのだ。


「えっと、望月さんって……」

 図書室に行き、澪央がカウンターに立つ二人の女子生徒に話しかける。慧は背後で待つことにした。

「あ、私です。椎名さんですよね。何ですか?」

 片方の少女が手を上げる。ふわふわとした薄い茶髪をショートボブにした少女だった。大人しそうな印象と、気の強さが同居しているような雰囲気がある。ピリッと、僅かな『負』を感じた。

「ちょっと話を聞きたくて……ここだと話しにくいから、廊下に出られないかな」

「先輩、行ってきていいですよ。どうせ暇ですから」

 相方の図書委員が、どこか瞳を輝かせて言う。澪央を間近にして気分が上がったらしい。

「そう? じゃあ、よろしくね」

 ずっと澪央に任せているわけにもいかない。廊下に出ると、慧がまず口火を切った。

「実は、黒崎について訊きたいんだ。黒崎直斗。同じ委員だから詳しいかと思って」

「黒崎君……? もしかして、学校を休んでるのと関係あるんですか?」

 雫は不安そうにする。直斗が欠席をしているのは、彼の本を確認したアレクシスから伝わっていた。

「ああ、ちょっとな。で、彼がクラスの皆にどう思われてるのか知りたいんだ。望月さんは話をする機会も多いだろうから、どんな風に見えてるのかって」

「そうですか……あの、休んでる理由って、教えてもらえますか?」

「それは、ええと……」

 戸惑った声を出す澪央と、顔を見合わせる。簡単に話せることではない。

「プライベートなことだから、私からは言えないの」

「…………」

 雫の表情が、明らかに曇った。ピリッとしていた『負』の痛みが、一段階増す。彼女は黙ってしまったが、静かに待っていたら口を開いた。

「黒崎君は、皆とは話さないので。皆も話しかけないし。関わりとかは全然無いです。あまり良い印象は持たれていないと思います」

「じゃあ、実は話をしてみたいとか、友達になりたいとか思ってる人は……」

 この痛みの理由は何なのかと疑問を持ちながら質問する。表情からしても不機嫌であるのは間違いない。

「心当たりは無いですけど、一人一人が何を考えてるかは知らないので……」

 そろそろ話を切り上げた方が良いだろう。知りたかったのは、直斗の認識が思い込みか真実なのかということだ。

 少なくとも、”そんなことない”と言える材料は聞き出せなかった。

『誰にも必要とされていない』は、『誰にも好かれていない』と言い換えられる。前者に対して慧が思う部分は少ないが、後者の状況で感じる虚無は理解出来なくもない。

 他人からの『好意』を求めたからこそ、自分だけに向けられる女子からの『好意』に憧れた。

「望月さん個人としては、彼をどう思ってるの?」

 澪央の問いに、雫はどこか冷たい声ではっきりと答えた。

「私は、仕事に必要だから話しているだけです」


 雫に礼を言い、教室に戻ろうと背を向ける。その時、収まっていた『負』の痛みが一気に強くなった。

「……!」

 痛みに驚くというより、雫が大きな『負』を持っている事実に驚き、振り返る。

 彼女は、嫌悪に満ちた目でこちらを見ていた。

「どうしたの?」

「い、いや……」

 もう一度背後を確認すると、少女の姿は既に無かった。


  □■□■


 放課後になって昇降口を出ると、私服のアレクシスが校門近くに居るのが見えた。

「今日はバイクじゃないのか」

「三人乗りは出来ないからな」

 これから三人で直斗の家に行く予定だった。人生伝を読んだり雫に話を聞いたりしたが、彼本人とはまともに顔を合わせてもいない。

 次々と校舎から出て来る生徒達の中に澪央と友人二人の姿があった。顔を突き合わせて何やら喋っている。友人達は特に楽しそうだ。

 慧達の近くまで来ると、二人は手を振って下校していく。澪央はどこか釈然としていない様子だった。

「どうした?」

「……陽真ちゃんと美月ちゃんには、アレクシスがイケメンに見えるらしいの。中身を知らないからかな……」

 続けて「それに」と言って目を逸らす。

「神谷君も、悪くないって……」

「まさか」

 驚いて、つい彼女達の背を探してしまう。だが、もう見当たらなかった。

「ただのお世辞だろ」

 生まれてから一度も容姿を褒められたことが無いだけに、動揺してしまう。

「そ、そうだよね……」

「私に関しては間違いなく本心だろうな。慧に関しては、彼女達がお世辞を言う性格かどうかで変わるだろうが」

 微妙な空気を読んでか読まずか、アレクシスが愉快そうに言う。

「さて、行くか」


 住宅街を歩きながら、昼休みに聞いた話についてアレクシスに説明する。陽真と美月の言葉は脳裏から消し去ることにした。

「黒崎の考えは思い込みで、周りは交流したがってるとかだったら、話もし易かったんだけどな」

「うん、その可能性もあるかと思ってたのに。私の時みたいに……」

 自分が皆の本心を思い込みで勘違いしていたことを思い出したのだろう。澪央は悲しそうな顔をした。

 慧は経験上、九割九分は直斗の認識通りだろうと思っていたが――

「それで、望月と話した時に気になることがあって……彼女から、強い『負』を感じたんだ」

「『負』? 不機嫌には見えたけど、そんなに?」

 澪央が顔を上げて、眉を顰める。

「あれは多分、嫌悪だと思う。話が進む毎に増えていって、最後はかなり強かった。黒崎は、望月にかなり嫌われているらしい」

「そう。同じ仕事をしてて、嫌いになる何かがあったのかな……」

 気にはなるが、本人に訊くか――彼女の本を読まない限りその理由は判らない。アレクシスを見ると、悠々と歩いていた彼は何故か楽しそうに笑みを浮かべる。

「嫌悪か。人の負には様々な種類があるが、本当にそうだと言えるのか?」

「ああ。あの感じは……間違いない」

「ほう、そうか」

 どこか怪しげに笑い、アレクシスはある一軒家の前に立った。築二、三十年というところだろうか。表札に『黒崎』と彫ってある。

(一軒家か……)

 本人以外が出てきたらと思うと、緊張してしまう。しかし、アレクシスは平然と、呼び鈴を押した。


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