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六十八 臆病鬼

*********

国の後継者と優秀な将領を失い、戦況が一気に変わった。

皇帝が病死、軍が崩れ、龍華国が滅んだ。

世界の平衡が再構築された。

もう桁外れの力を持つ大国や強国を作ってはいけないことが、世界の国々の共通認識になった。

しかし、歴史の中で、必ず強者と弱者が生れる。

強くなったら、狙われる……なら、狙われる前に敵を潰し、更に強くならないと……

弱いから、狙われるのが怖い……だから、狙われる前に強者を引きずり落し、自分こそ強者になる……

共通の敵が消えたものの、強者も弱者も、安らぎな眠りができなくなった。

人間の世界はそういう出口のない強弱遊戯を繰り返していた。

統治者が既得権益を守るために、人々から奪い続ける。

邪教が横行し、人々の憎しみを煽る。

人々は恐怖の中で、生存の資源を争うために、獣のようにお互いの口にある僅かな豊かさを狙う。


天良鬼は悪鬼化が進んでいる体を隠しつつ、さまようように人間の世界で旅を続けていた。

呆然と還初太子の魂の転生を期待していた。

しかし、数千年が経っていても、還初太子の生まれ変わりが現れなかった。

ある日、天良鬼は悟った。

(彼は、もうこんな世界に戻ってこないんだ。)


人間性を失った人間は、もう人間としての意味を失う。

生きることに狂った獣には文化も、理性も、感情も不要だ。

生きるために何をしても許される――それは、「人間型生物」の「法則(しんり)」だ。

世界をごちゃごちゃにしたのは悪鬼のせいだと信じたら、人々は天良鬼を捕らえ、神の幹に縛った。

天良鬼は抗えば、人間側に莫大な損失を与えられるが、彼は無抵抗で捕らわれた。

退屈になった世界の滅びを、加速させても悪くないと思ったから。


世界が滅んだあの日、完全に悪鬼化したその時。

彼は再び出合った。

世界の人々を敵に回して、彼を庇っていたあの少年は、還初太子と同じような清らかな目をしていた。

(――あなたなのか?)

悪鬼は無言に少年に問をかけた。

当たり前のこと、少年は答えをしなかった。

悪鬼を見つめならが、静かに破滅の訪れを待っていた。

悪鬼は少年に苦痛のない死を与えた。

そして、その魂が天に返る前に、手に抱きしめた。

「……今度は、私だけのために生きていこう……」


*********

三毛猫が経営する旅館。

かなり焦った女将さんは珊瑚に問い詰めている。

「珊瑚様、お願いだから教えてください!一体何があったのですか!?」

「だから言ったでしょ?ただ魂を体から分離する術を……」

珊瑚は困りそうにもう一度事実を伝えた。

「でも!この耳で聞きましたわ!そんなのできません~~とか、許してください~~とか、勘弁してください~~とか、誰かが酷く泣きましたね!うちの旅館で、妖怪虐待のようなことをしていないですよね!!」

女将さんは小柄で童顔、珊瑚はなんの悪いこともしていないのに、なぜか子供いじめの罪悪感を覚えた。

「違います。それは、幸一が魔の方に頼みことを……」

「えっ、魔物まで虐待したのですか!?その玄幸一って一体どんな人間!?なんで珊瑚様のようなお方はあの残酷非道な人間の味方に……!?」

「……」

幸一への偏見が硬く、聞く耳を持たない女将さんに対して、珊瑚も手上げだ。

逃げる方法に困っている最中に、玄関から誰かが入ってきた。


その誰かがほかの誰でもない、修良だった。

「あっ、いらっしゃいませ!」

女将さんはすぐに営業の笑顔になった。

「あの、お客様……??」

でも、修良は何も言わずに、珊瑚のほうに向けた。

「修良さん、早いですね」

修良が陰気に包まれているのに察して、珊瑚は控えめの挨拶をした。

「えええ!?あの気に入らない妖怪を無差別に元神まで潰すと言われる悪鬼の天修良!??!珊瑚様、一体どういうことですか!?うちの旅館に恨みがないですよね!!」

「……」

尻尾の毛が炸裂した三毛猫女将さんの叫びを無視し、修良は短く珊瑚に聞いた。

「幸一は?」

「紫苑さんと一緒に出た。北西の方向に……」

修良は珊瑚の言葉も待たず、無言に旅館を出た。

「ちょっと待って!」

珊瑚は急いで修良の後を追った。

「これって、助かったのかな……?」

女将さんはぼうっとして二人を見送った。


修良は掌で数点の光を点して、幸一の霊気を追跡する。

幸一から事情の全貌を聞いていないので、珊瑚は修良に訊ねた。

「一体何があったの?なんで幸一の前世の人が出た?幸一の意識はどうなっている?」

「妖界の将軍はそんなに暇なのか?」

修良は無表情で珊瑚の質問を回避した。

「もう将軍じゃないけど、暇じゃない。修良さんたちは妖怪を脅かした件はさておいて、『世界の意志』とやらが妖界に現れる時間を把握したので、相談したいんだ」

「それならもう心配無用だ」

幸一の方向を確定したら、修良は黒玉の枕を地に投げて、黒銀虎を召喚した。

「でも幸一のことが心配だ!それがしも連れててください!」

動きの早い珊瑚は勝手に修良について虎に乗った。

修良は彼に一目をして、特に反対も示さなく、そのまま虎を飛ばせた。

「幸一の前世・還初太子が目覚めた今、幸一は前世の福徳を受け取り、すべての力を取り戻すだろう。まもなく、彼を中心に膨大な神力の磁場が形成する。彼こそ、『世界の意志』がずっと探している『失われた神』だ。世界の意志は彼の存在に気づいたら、迎えに来るはずだ。もう妖怪たちを操って、彼を探す必要はない。だから、妖怪たちはもう安全だ」

幸一の居場所に向かう途中、修良は珊瑚の疑問を解いた。

「なるほど、やはり、その生命の霊気は神になるための力なのか?で、幸一はどうなる!?神になるのか?」

妖界が安全になるのを聞いて一安心したけど、珊瑚はまた友の幸一に案じた。

「神になるだろう……」

修良のきつく引き締めた表情から、珊瑚は「神になること」が決していいことではないと悟った。

「神になることって、もしかしたら、『玄幸一』が消えること、なのか?」

「……」

修良は唇を噛み締めて、珊瑚の推測を黙認した。

そう、一旦神になると、幸一は清明神君・冥清朗のように、人間だった頃の自我を失い、本来の「彼」でなくなる。

「それは大変だな、早く止めないと……」

これ以上聞いたら、修良の焦燥を煽るだけだと珊瑚は判断して、しばらく黙っていた。


黒銀こくぎん虎は世界の縫い目の一番深いところにある峡谷の入り口付近で着陸した。

完全に闇に包まれているこの森地帯で、飛行はもう無理だから。

修良はもう一度掌で光を灯して、幸一の居場所を確認したけど、しばらく経っていても結果が出なかった。

「修良さん?」

修良が沈黙したら、珊瑚は小さい声をかけた。

「遮断された」

「遮断?」

「私は幸一の居場所を常に把握するために、彼に渡したすべての道具に追跡の印をかけて、いざとなる時に備えて、彼専用の十三種の追跡呪文も作ったが、ついさっき、全部遮断されたようだ」

「それは……ちょっと感心するな……」

珊瑚は修良の執着心に感服した。

「そう言えば、旅館に行く前に、修良さんはなぜ直接に幸一を追跡しなかった?その時から追跡すれば、まだ間に合うかも知れないじゃないか?」

「……」

修良は沈黙した。

「……」

(これは、いけないことを聞いたな……)

森は真っ暗で、修良の表情が分からないが、珊瑚は雰囲気から気まずさを感じた。

「こうなったら仕方がない。地道に探そう。それがしが見つかったら花火で信号を出すね」

珊瑚はいくつかの狐火を点して、道を照らす。

修良が一度頷いたら、二人は手を分けて森に入った。


珊瑚の質問はしばらく修良の頭の中から離れなかった。

珊瑚の言った通り、幸一の居場所ならわざわざ他人に訊ねなくても分かる。

直接に行かなかったのは、臆病の故だ。

どんな顔で今の幸一・還初太子に向かうのか、何を話せばいいのか、分からないから。

あの人が一番辛かった時に、傍にいてあげられなかった。

彼が天罰を受けた時に、隣で見ていただけだった。

幸一の意識を守るためとはいえ、彼の意識と記憶を抑えて、彼を知ることさえ否定し続けていた。

今の自分は、まんまと白烏の言ったクズとなったのだろう。

世界の意志に見つけられる前に、一刻も早く彼の傍に駆け付けるべきなのに、最善な時に足を踏み出すのに躊躇っていた。

……まるで、十三年の約束の前で足を止めて、還初太子を待つ天良鬼に戻ったようだ。


森の中でさまよう修良の視線の中に、数点の光が現れた。

光の先にいるのは、高い木の枝に座っている白衣の少年だ。

「幸一……?」

修良はぼうっとして少年の名前を呟いた。

修良の到来を待っているように、白衣の少年は嬉しそうな笑顔を上げた。


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