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六十七 世界の終わり

深海隧道での打ち明けがあってから、還初太子は相変わらず、毎年も天良鬼の住むところに訪れる。

太子はもう弟子になることを口にしない、天良鬼も引っ越しを諦めた。

気が向いたら、天良鬼は太子に術の使い方を教える。

太子のしつこい勧誘で、一緒に人間の街に散策に行くこともある。

数万年前に、人間寿命は長ければ千年も超えられるが、世界の悪化により、もうせいぜ百歳までに短縮した。

太子はいつも山でいるわけにはいかないし、公務等が増えたせいで、滞在する日もだんだん短くなる。二人が会える時間は、毎年の十数日の休暇の間だけだった。

そんな短い時間の中で、自分に妙な好感を持ったこの人間にいい思い出を残したいと天良鬼は考えた。


しかし、そんな短い時間も、続けられなかった。

ある日、龍華国の使者は、休暇中の太子を緊急召還しに来た。

使者の話を聞き終わった還初太子は、一夜も眠れなかった。

その次の日の夕方に、いままでのない真剣さで天良鬼と話をした。

「父が決めた。これから、龍華国は世界統一を目指し、西へ進軍する」

「そうか……」

ここ数年、還初太子が以前のように気楽でいられないことに、天良鬼はもう気づいている。

その理由は、彼の父・龍華国の皇帝は世界統一戦争の準備に取り掛かっているから。

「止めようとずっと工作してたけど、龍華はもともと軍事力で立てられた国で、みんなも龍華の強さを信じている……男たちは功勲を立てて、出世を望んでいる。女たちは、普通の道で稼げない男たちが戦利品を持ち帰るを期待している。でも、私は、本当に……」

「知っています。太子は戦争に興味を持つような人間ではありません」

天良鬼は嘆きをする還初太子を慰めた。

彼に救われた日から、太子はずっと変わらなかった。華麗な服を身に纏い、常人を超える武力を身に着けても、澄んだ瞳を持つ少年のままだった。

還初太子は苦笑いをした。

「正直、父を殺せば~とも考えた。でも、できないんだ……一万歩譲って、たとえ私が父に手をかけても、父は死なない、鬼さんも知っているだろ」

「そうでしょう……」

天良鬼は遠いところで皇帝を見たことがある。

還初太子に似たように、皇帝も桁外れの霊気に守られている。

しかし、彼の霊気は戦争と殺戮の匂いが満ちている。

その霊気は天から授けられたもの。

世界は自分の活気と進化のために、不定期的に弱い人間を「消去する」。

龍華国の皇帝は、「消去」の役目を背負って生まれたのだ。

彼は世界から与えられた意志に従い、戦争に通じて人間たちに試練を与える。

試練に耐えられない人間は消去され、残された人間はさらに強くなる。

残酷だが、それは「世界の意志」というものだ。

そして、そのような残酷な選別がある度に、天良鬼の悪鬼化が進む……

数々の戦争試練は、人々を強くしたが、やさしくすることができなかったようだ……


「太子、自分を責めないでください。すべては『世界の意志』です。あなたにとってとても辛い経験になるが、どんな辛い時でも、まず自分を大切にしてください」

天良鬼は少しでも太子の気持ちを楽にさせるために、皇帝の天命を説明した。

「……世界の意志か、それって、鬼さんが人々の心によって変わることと同じ?」

「そうです」

還初太子は一度軽く笑って、目を細くした。

「鬼さん、私は思うよ。世の中の人々は、自分自身で功罪を背負うべきだ。良いことをすれば本人が報われる。悪いことをすれば本人が罰される。世界の意志とかによって、わけも分からないままみんな一緒に死ねば罪が清算され、すべての悪を誰かに背負わせば世界がきれいになるなんて、理不尽だ。世界統一に興味がないけど、私は理不尽のない世界を作りたい」

「立派な意気込みですね。あなたなら、できるかもしれません」

還初太子の突如の真剣さに、天良鬼は距離感を覚えた。

彼は皇帝の天命を見抜くことができるが、還初太子の天命について、今だ分からない。

還初太子は一歩近寄って、天良鬼の手を取った。

「鬼さん、約束したい」

「約束?」

「私に十三年をください。十三年の間に、私は鬼さんに合わない。戦争を収め、世界を平和に導くことに集中する。そして、善良な人々が報われ、悪行が裁かれる秩序を立てる!そうすれば、人々はきっと善の道へと歩む」

「……」

なるほど、まだ自分のことを心配してるのか……

天良鬼は還初太子の言葉に隠された意味に気づいた。

聡明な還初太子なら想像できるだろう。大戦が始まったら、生存権を争奪するために、多くの人々の心は優しさを失う。自分の悪鬼化が進む。

天良鬼はため息をついて、婉曲的にその好意を断ることにした。

「言ったはずです。本当に滅びの日が来たら、私は従うまでです。私のために無茶をしてほしくありません」

「鬼さんだけのためじゃない!みんなのためだ!鬼さんは鬼さんの責任があるように、私は一国の皇太子としてみんなを守る責任がある。無茶より高い理想と言ってください」

もう一度還初太子の固執に負けて、天良鬼は約束をした。

でも、その約束の意味がよく分からなかった。

約束を守ったご褒美も、約束を破った罰も決めなかった。

彼はただ還初太子の意気込みの見立て人になったようだ。


あれから十三年、還初太子は天良鬼のところに来なかった。

長い年月を一人で生きてきた天良鬼にとって、十三年はただ瞬きの間にすぎない。

なのに、いままでのない虚しさを感じた。初めて、時間の流れが退屈だと感じた。

時々、体がよくなる傾向があった。

還初太子は彼の理想に向かって確実に進んで、人々の心を善良のほうへ導いているのだろう……

まもなく、彼は自慢な笑顔で自分の目の前に現れるような気がした。


しかし、十三年後、還初太子は現れなかった。

一人の使者が訪れて、太子はまだやることがあるという伝言と、約束を破ったことへのお詫びを持ってきた。

天良鬼は知っている。どんなに太子の勝利を予感しても、戦争はそう簡単に終わない。

彼の体の悪鬼化の進捗も、その事実を語っている。


更に三年後、太子からの消息もなくなった。

その間、天良鬼の体の悪鬼化が著しく進んでいた。


もう待つことに飽きた天良鬼は人間の町へ情報を探りに行った。

人々の話によると、龍華国は世界統一の戦争を始めた初期、連戦連勝だった。特に、還初太子は知恵と武力を発揮して、戦場の先頭に立ち、勝利に大きく貢献した。

いくつかの国は抵抗同盟を結んだが、辛うじて龍華の進軍を食い止める程度だった。

そこで、還初太子は諸国に平和協議を提案した。諸国は龍華国の所属国になり、龍華国は世界の繁栄を約束する。

諸国は左右に揺れているうちに、戦況を逆転する出来事があった。

意気になったとある将軍は、反対意見を示した国を侵攻して、相手が降参したのにもかかわらず、その国の首都の人を皆殺しをした。

還初太子は容赦なくその将軍を処刑したが、事態はもう取り戻さない。

抵抗同盟に入らなかった諸国は速やかに同盟に加盟して、龍華国の侵攻に立ち向かった。

そして、降参しても皆殺しの結果を恐れて、必死の覚悟で抵抗した。

いくら龍華でも、そのような抵抗に手も足も出なかった。

それに加えて、龍華の戦線がかなり長くなり、補給が問題になった。

本国に主力軍が長期に不在、反抗同盟に隙を与えた。

反抗同盟は密かに精鋭軍を立てて、逆に龍華の本国に侵攻した。


「龍華の主力は急いで折り返したと聞いているが、もう絶対に間に合わない。今のころじゃ、もう龍華の首都が落とされたのだろう……」

町の語り部から戦争の情報を知った天良鬼はぞっとした。

大事なものが流砂のように指の隙間から流れ落ち、消えていくような恐怖を感じた。


天良鬼は最速で龍華の首都へ駆け付けた。

そこで、彼が目撃したのは――

城外に広がる一片の屍と、その屍の上に佇んでいる、ただ一人で城門を死守する青年だ。


(やはり、軍が戻れなくても、彼一人なら……)

もう十六年も会っていないというのに、天良鬼は一目で分かる。

あの血の色に染められた武将は、還初太子だ。


還初太子は手を天に掲げ、鮮やかな血流は空に逆流し、彼の頭の上に大きな血の玉を作った。

すぐに、血玉が爆発し、血流は矢のように飛ばされ、逃げようとする侵攻軍の残兵を一人も残らず消滅した。

還初太子が何を経験したのか、なぜ殺戮の鬼のような姿になったのか、百の質問が胸に詰まっていても、天良鬼は何も言えなかった。

ただ、一歩、一歩、ゆっくりと、何かを壊すのを恐れているように還初太子に近づく。


もう特に彼の到来に気付いたのか、還初太子は驚きもせずに、悲しみのような笑顔で天良鬼を迎えた。

「みんなのために生きるって、やっぱり疲れちゃうね……今度は、キミだけのために生きていこう……」

「!」

何か来ると感じて、天良鬼は足幅を広げたが、もう遅かった。

還初太子の真上の空に、暗雲が渦巻きとなり、ゴロンゴロンと巨大な音が鳴り始める。

数本の稲妻が輝いたら、大地を揺らすほどの盛大な雷が炸裂し、還初太子に直撃した。

「本当は、キミを……したかった……」

雷が落下した刹那、還初太子は何かを喋っていたが、天良鬼の耳には届かなかった。

還初太子は、骨の欠片も残らず、一片の血の霧と化した。


「!!」

魂が引き裂かれたような痛みが天良鬼を襲った。

しかし、彼は反応一つもできなかった。

唸っている風に載せられ、血の霧が彼の顔に降りかかった。

天良鬼は壊れた人形のような動きで、空を仰いだ。

あれは、天罰だ。

還初太子は絶対やってはいけないことをしたから、天から最大な罰を与えられた。

それは残酷すぎる殺戮なのか、それともなんなのか、天良鬼はもう究明する興味もない。

彼の世界はもう終わったから。


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