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二十七 母親の秘密

柳蓮りゅうれん県の北西のほうに、大陸の東西を横断する長い山脈がある。

山脈の名は「昔時せきじ」。

世界が形成する当初、山脈より南東部分の土地は海に落ちそうになり、神々の力によってやっと大陸に繋がったという伝説がある。

その故に、その山脈は「世界の縫い目」という異名も持っている。

昔の人は海に沈むことが恐れ、土地の安定を祈るために、山脈のたくさんのところで土地廟とちびょう(*1)を立て、定期的にお祭りをしていた。

*1 土地廟:地元を管理する神様を祭る神社

時間の流れにつれて、大陸が安定になり、人々は恐怖心をだんだん忘れていった。

土地廟への供養や祭祀が疎かになり、多くの廟はただの廃屋になった。

今夜、とある寂れた土地廟に、凶悪な侵入者がいた。

二匹の巨大の狼が突如に現れ、それぞれの口に咥えた二人の人間を土地廟の中に投げ込んだ。


辛うじて意識を維持した韓婉如かんえんにょは気絶した幸世こうよを強く抱きしめて、壊れた神像のもとで震えている。

二匹の巨大の狼は両足で立ち上がり、狼人の形態に変化し、韓婉如たちに迫った。

「案内……しろ……」

「っ……!」

狼人たちの口から掠れた声が発されて、目から狂気の光が輝いた。

「あ、案内って、ど、どこっ……?!」

韓婉如はしどろもどろに聞き返した。

「『あの世』……」

「む、無理だわ!あの世、なんて……!!」

「あの世」を死者の国だと連想した韓婉如は拒絶の悲鳴を上げた。

「魂は、知っている……故郷……故郷へ……」

一人の狼人は不可解の言葉を口にしながら、韓婉如たちに一歩一歩に近づいてくる。

「魂の、故郷へ――!」

狼人は冷たく光る爪を上げ、韓婉如の頭に振り下ろす。


その時、土地廟の入り口から月光のような優雅な声が響いた。

「案内するのは、あなたたちのほうだ」

ほぼ同時に、狼人たちの足元から大量な黒い霧が噴出して、狼人たちの視線を遮った。

霧はすぐに漆黒な茨になり、狼人たちの体を拘束した。

「くっ!!」

狼人たち抗えようとすると、茨の棘が長く伸び、容赦なく狼人の肉に差し込んだ。

「あなたたちを操り、『あの世』のことを探る奴のところに案内してもらおう」


一人の青年が悠々と足を踏みながら、動けなくなった狼人たちの前に行った。

「!!」

光源が足りないが、狼人たちがもたらした恐怖感と異なる戦慄さから、韓婉如はすぐ分かった。

その青年は修良しゅうりょうだ。

修良が彼女に幸一の戸籍文書を強要する時に、一度同じような戦慄を感じたから。


修良は手を一人の狼人の顔に覆う。

その手が枯れた龍の爪のように変形し、爪先が頭に差し込んだ。

狼人の頭から黒い糸のような細い気流が修良の手に逆流した。

何か分かったように、修良は不遜そうに鼻で笑った。

「四万年が経ったというのに、このくらいの『魔』に完全浸食されるなんて。この世界の妖怪たちは、けっこう根性がないな」

狼人たちの唸りの中で、修良は手を取り戻して、韓婉如のほうに向けた。


修良は微笑みを浮かべたが、韓婉如の目ではそれが見えない。

むしろ、見えないほうの恐怖感が少ない。

「またお会いしましたね。幸一こういちのお母様」

「!!」

(あ、あんたは、一体、誰!?)

韓婉如は凍り付いたように、声を出せなかった。

でも、彼女の脳内の質問を聞いたように、修良は適切な返事をした。

「息子さんの兄弟子の天修良です」

(う、嘘っ!化け物、あんたも、化け物でしょ!)

「まあ、化け物で間違いないけど、そこら辺の低級怪物と一緒にしないでくさい」

(一体、何をしたい!?あの時、幸一の戸籍文書を渡したら、私はもう幸一に会えないと承諾したでしょ!)

約二か月前に、修良は幸一の戸籍文書を売りまくっている韓婉如のところに訪れた。

韓婉如の言った大金を出したが、渡された戸籍文書は偽物だった。

そこで、修良は真実を暴いて、黒銀の虎を放った。

韓婉如が恐怖で動けなくなったら、修良はやさしい笑顔で交渉した。

「幸一のことが『怖い』のが分かっています。約束をしよう、本物の戸籍文書を売ってくだされば、これから幸一をあなたに会わせません」

韓婉如はたちまちその条件に応じた。

化け物の虎は確かに怖い。しかしなぜか、その温和そうな青年から、虎以上の強い凶悪を感じた。


「私としても幸一をあなたに会わせたくありません。あなたは戸籍文書を売り続ける馬鹿な事をしなかったら、幸一も探しに来なかったでしょ?幸一の戸籍文書を売ることで、あなたは自ら彼との繋がりを強化しました」

修良は冷ややかな口調で韓婉如の愚かさを指摘した。

「幸一を捨てるなら、もっと徹底的関係を切るべきだ――」

暗闇の中で、修良の目が冷たく光った。

その声も一段低くなった。

「もともと、旧世界の汚らわしい魂を持つあなたは幸一の母親になる資格がなかった。でも、幸一はいいと言っていたから、あなたに救済の機会を与えた」


十九年前に、修良は幸一の魂を持って、いろんなところで親探しをしていた。

玄誠鶯げんせいえいを諦めた修良は、玄誠実の妻の楊氏を目当てに玄誠実の一家を観察しに行った。

意外なことに、幸一の魂は自ら妾の韓婉如を母親に選んだ。

もちろん、幸一はその記憶がなくて、韓婉如もそれを知る術はなかった。

そう、幸一を生んだ母親は楊氏ではなく、ずっと継母と思われている韓婉如だ。


「何を……言っている……?」

少し気力を取り戻した韓婉如はやっと細い声を出した。

「私が、汚らわしい魂を持つって!?あんた、何が分かる……!?幸一は、あの子は、あの子は妖魔だよ!あの子を身ごもってから、私は何回も命の危険に遭ったのよ!馬車事故、盗賊、落石、水難、毒蛇……何回も死にかけたのよ!」

「逆だ」

修良はいきなり硬い言葉を投げ出した。

「旧世界から転生した魂は贖罪する必要がある。あなたは二十歳で意外な事故で死ぬ運命だった。だが、福徳の厚い幸一を身ごもったことで、何回も救われた。幸一は、あなたを救ったんだ」

「!!?」

「それなのに、あなたは幸一を玄誠実の妻の楊氏に押し付けて、彼を自分の息子として認めなかった。私にとって都合のいいことだけど、幸一にとって最悪な報いだろう」

「うっ……」

戦慄ほどの驚きと修良の威圧感の前で、韓婉如は反論の言葉も言えなかった。

修良は二歩を下げて、再び涼しい笑顔を浮かべた。

「旧世界のことを調べる奴が現れた以上、早かれ遅かれ、あなたと『あの娘たち』の魂は標的になる。利用されるくらいなら、いっそうここで消えてもらおう」

「!!」

修良は一度手を振り、狼人たちを拘束する棘が解いた。

「あなたたち、どうせ正常に戻らないなら、最後に手伝ってくれ」

修良の言葉に従ったのか、本来の目的を執行するのか、狼人たちもう一度韓婉如に爪を上げた。

今回こそ逃げられないと絶望した韓婉如は幸世を抱きしめて、目を潰した。


「先輩――!」

突然に、外から幸一の呼び声がした。

「っ!」

修良の目に一点の白い光が灯った。

次の瞬間、棘が黒い炎となり、狼人たちを包んだ。

駆け足で土地廟に入った幸一と珊瑚が見たのは、炎に燃やされた狼人たちの灰燼だ。


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