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二十五 心を動せるもの

幸一は真摯な態度で、修良に今回の「試練」への理解を述べた。

「牡丹はそんなことを話したのか」

修良は興味深い笑顔を浮かべた。

「でも残念、外れだ」

「えっ」

期待満々の幸一の目は豆二点になった。

「教育の意図がなくもないが、これは試練なんかじゃない。単なる私の私欲だ。戸籍文書を握れば、幸一のような仙道の天才を思うままに使える。ただそれだけだ」

「俺は信じない……どう思っても悪い冗談だ」

修良は鼻で幸一の固執を笑った。

「幸一は私の普段の偽装に騙されたからだ。本当の私は欲深くて、悪鬼のような心の持ち主だ」

「悪鬼は青楼を改造して、地位の低い女子たちを助けるはずがないだろ」

「牡丹の経営者の才能を見込んで、利益交換をしただけだ。幸一は私に戸籍文書以上の利益を提供できれば、返さなくもない」

そう言って、修良は身を手すりに委ね、視線を下の舞台のほうに向けた。

(先輩……なんだか、話を逸らしていないか?)

こんなに話の通じない修良は初めて見た。

幸一はもともと気が短い。相手が修良でなければすでに強引な手段で戸籍文書を回収した。

振り返って見れば、この数日間、ずっと修良に振り回されていた。

修良の考えも、彼が玄天派の外でやっていることも、幸一は知らなかった。

他人の助言でせっかく悟った答えもあっさり否定されて、もうイライラでたまらない……

やっと忍耐心が尽き、幸一は一歩先に出て修良の鼻先までに迫った。

「俺はなんの利益も提供できないと分かっているのに、先輩は一体何に拗ねている?」

「!」

幸一は片手で観劇窓の暖簾をおろして、片手で修良の肩を掴んた。

その行動を予測しなかったのか、修良の瞳が少し大きくなった。

「私が、拗ねている……?」

その言葉は修良の胸に響いた。

「そうじゃなかったらなんなんだ?先輩は欲深い人間で、俺を思うままに使いたいなんて、誰が信じるもんか?」

(あなた以外の玄天派のみんな、誰でも信じると思うけど。)

幸一はこれまでのない真面目な視線で自分を睨んでいるので、修良は滑り出そうな言葉を飲み込んだ。

「もう話を逸らさないでください!先輩に問題があるんじゃなかったら、もしかして――俺の戸籍文書に何があったのか?」

「……」

幸一は馬鹿じゃない。

修良が理不尽なことをしないと判断した以上、自然に戸籍文書に目を向けた。

「例えば、誰かに邪悪な法術を施されて、俺が触ったら、俺は奴の奴隷になるとか、傀儡人間になるとか……」

「……」

方向が間違っていないが、結論は完全に外れた。

「プッ、おもしろい推測だね」

修良は思わず笑い声を吹いた。

真剣顔で邪推をした幸一は可愛いと思った。

それと、その推測が外れたことにほっとした。

「な、なにがおかしい?俺は人の悪さを知らないと言ったのは先輩だろ?だから陰謀論の線で推測した!」

推測したのは自分自身だけど、やっぱり見当違いような気がして、幸一の顔が赤くなった。

身を引こうとしたら、修良に手首と顎を掴まれた。

「分かった。幸一はここまで私を信じるのなら、更に割引をあげよう――何でもいいから、私の心を動かせるものの一つをくれれば、戸籍文書を返すよ」

「先輩の心を、動かせるもの?好きなもの、とか?」

「それは幸一が考えることだ」

にっこりと、修良の調子はいつもの気軽い感じに戻った。

「……」

しかし、幸一は逆に不思議と思った。

「おかしいね、さっきまであんなに固執したのに、いきなりこんないい条件に変えて……ああ、分かった!」

ちょっと考えたら、幸一はピンときた。

「俺は何を送っても、先輩は好きじゃないと言ったら返さなくていいだろ!」

「よく気付いたのね」

修良は楽しそうに笑った。

「当然だ!俺は今かなり人間不信だから、騙されない!先輩の心が見えないから、そんな条件は無理!」

「でも今回は騙すつもりはないよ。私の心を見えるようにする」

そう言いながら、修良は幸一の右手を自分の左胸に当てた。

「心を見えるようにする?」

「誕生日の贈り物の短剣、貸してくれ」

幸一は懐から修良からもらった短剣を出して、修良に渡した。

修良はその短剣で左手の薬指の指先を軽く切って、流した血で幸一の右手で図形を描いた。

「これは……」

幸一はその葉っぱのような図形をもっと観察しようとしたら、図形が一度赤く光ってから消えた。

「その印は私の心と連動している。私の心が動けば印は光る。信じないなら、真実の契約を結んでもいい」

修良は宙でもう一通の呪文を描いた。

それは、言葉の真実を約束する契約呪文。契約相手に嘘をついた場合、呪文が持てなくなり、その場で砕ける。

でも、幸一はその真実の契約に触れなかった。

「分かった!今すぐお好きなもの持ってくるから、先輩はここで待っててね!」

自信満々に動き出した幸一の後ろ姿を見て、修良は興味深そうに微笑んだ。

(私の心を動かせるもの、この世界ができてから四万年、まだ現れていないよ)


(先輩の好きなものを集めて、一遍に送れば、絶対喜んでくれる!)

(さあ、始めよう、今日中に先輩の心を動かそう!)

猛速度で街中に駆け出したら、幸一は思わず足を止めた。

「先輩の好きなものって、なんだ……」

食事、なんでも食べているから、特に好き嫌いがないようだ。

衣裳、衣裳を話題にしたことがないので、特にこだわりがないだろう。

読書、書庫にあるものを順次に読んでいるようで、どんな本が好きなのか判断しにくい。

趣味、法術の研究らしいが、どのような研究がどこまで進んでいるのか、どんなものが必要なのか幸一はまったく分からない。

愛用物、玄天派で使っているものは大体門派支給で、弟子たちがほぼ私物を持っていない。まして、修良は武器を使わない……

修良は何事にも淡々とした笑顔で対応していて、来るもの拒まず去るもの追わず。

幸一は修良が物事に執着する姿を見たことがない。

(知らない。)

(何も知らない……)

「なぜ俺は先輩の好きなものが一つも知らないんだ!?」

一生懸命脳みそを絞ったが、幸一が出した結論は絶望的だった。


*********


その日の夜。

幸一は九香宮の上級弟子、青渚の部屋に現れた。

「そんなことのためにわざわざ柳蓮県から戻ってきたのか!?蒼炎鳥の翼でも二時間以上かかるだろ!?」

読書中の青渚は幸一から理由を聞いたら、目を白黒させた。

「『そんなこと』なんて言わないでください。俺の戸籍文書にかかった重大なことだ。一刻も早く修良先輩の好みを知りたい」

「幸一も知らないなら、俺が知るわけがないだろ?そもそもなぜ俺に訊くんだ?」

「青渚先輩は、数の少ない修良先輩と一緒に任務をしたことのある人だから」

「それは関係ないだろ……」

青渚は慌てて扉や窓の外を覗く。

「修良がついていないよな……お前がこの時間で俺の部屋にいるのが知られたら、俺はどうなるのか……」

その時、外から「ゴンゴン」と鐘の音が響いた。

「?!」

幸一と青渚はすぐに気を引き締めた。

「この音は、準上級弟子以上の人を招集する鐘だ!こんな時間に、何があったのか?」

幸一はまた青渚に訊ねたが、青渚も困惑だった。

「俺も知らない……とにかく、頂上に行ってみよう」


謁見の間に来たら、ほかの準上級弟子と上級弟子、そして仙導師数人がすでに集まった。

玄天派の宗主・九天玄女は感情の込めていない声で皆に招集の理由を伝えた。

「ただいま、妖界から伝言があった。複数の『扉』が破られた」

「扉が?!」

皆も驚いた。

「扉」と言うのは、人間界と妖界の間の結界の出入り口だ。

人間と妖界の間の平和を守るために、両界の間で往来する時に、妖界か仙道の管理機構に申請する必要がある。

破られたということは、何者か規定を無視し、強引に扉を突破したということだ。

九天玄女は一度手を振り、空中に大きな地図が現れた。

地図上で四つの町がそれぞれ、黄、赤、青、白の光の玉がついている。

「扉が開かれた場所は四つ、上京じょうきょう蜜桃郷みっとうきょう梁谷嶺りょうこくりょう柳蓮県りゅうれんけん

「柳蓮県!?」

地名を聞いた幸一は目を大きく張った。

「情報によると、扉を破ったのは妖怪だが、魔の気配が感じられた」

「魔!?」

その話もまた皆を驚かされた。

この世界に魔界がない。

魔と呼ばれるものは実体がなく、人間や妖怪の意識に依存する精神体のような弱い存在。

古い時代に、世の中に災いをもたらす魔もいたが、仙道が現れてからすぐ消滅された。

「非常事態なので、妖界から最大級警戒が出された。皆、即時に転送陣に入って、それぞれの担当する現場に向かって、妖界の役人たちと協力し、危険を阻止、事情を調査してください」

「はい!!」

九天玄女が話している間に、四色の光の玉が増えて、それぞれ該当地域を担当する弟子の前に飛んだ。

幸一と青渚は柳蓮県を代表する白い玉をもらった。

命を受けた弟子たちはたちまち主城の裏にある転送陣に走り出した。

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