妖界には「分離派」と呼ばれる妖怪たちがいる。
世界が生れた当初、「妖界」の形成が失敗し、「妖界」は「人間界」と地上を共有することになった。
お互いに不干渉を望んだ古代の仙道と妖怪たちは、次元を歪めて、二つの境界の間で結界を作り、人間と妖怪の往来を管理していた。
しかし、二つの境界は実質的重なっているので、「陸界」の霊気を共有している。
進化のために、どの境界にも霊気が必要だ。
時の流れに連れて、「陸界」の霊気の生成速度は両境界の消耗に追いつけなくなった。
特に、霊気を多く使う妖界では、妖怪たちの修行が行き詰まりになる。
ここ数百年、危険を冒しても二つの境界を完全に分離すると主張する妖怪たちが現れた。
その妖怪たちは珊瑚の言った「分離派」。
それと正反対の意見を持つ妖怪は「保守派」と呼ばれている。どちらともいえない妖怪は「中間派」という。
約百年前に、分離派は妖界の最高権力を奪うために、戦争を起こしたが、力不足のゆえに劣勢に落ちて、最終的に中間派の平和調停を受け入れた。
平和条件の一つとして、未来の妖界の発展方向は、上層部の決裁だけではなく、すべての妖怪によって決められることを上げた。
妖界の最高権力層は二つの機構に構成されている。
一つは、妖軍部。
もう一つは、妖霊殿。
妖軍部の最高権力者の大将軍はほぼ実力で決められたものだが、妖霊殿の最高権力者の大司祭は代々、司祭の血縁関係者から選ばれる。
百年前の戦争後、分離派の条件により、大司祭の継承者は血縁と関係なく、すべての妖怪から選ぶことになった。その条件の狙いはもちろん、自分の主張の代言者を上位に押しあげるためだ。
前代の大司祭はまもなく退位する。大司祭の継承者を決める必要がある。
違う意見を持つ派閥はそれぞれ自分の候補を上げた。
珊瑚の父・威領大将軍は中間派、珊瑚は「中間派」の誘いを受けて候補になった。
「『大司祭は妖界の頂点に立つ代表。力が足りないと、ほかの境界の笑い話になる。狐なら九尾が必要だ』って散々言われて、去年の秋分の集会で一旦候補から外されました。復帰できるかどうか、それがしの人間界での修行を考察し、今年の秋分の集会でもう一度検討するだそうです」
珊瑚はハムっと茶菓子を丸飲み込んだ。
店員にこっそり珊瑚のことを尋ねる女性はそのしぐさを目にしたら、「きゃわ!」と小さな声を上げた。
「百年前の戦争の後、新しい九尾が現れていない。霊気の消耗状況を見ると、これから数百年も現れないと思います。分離派はそれを知らないはずがない。若将軍が反対された理由は、おそらく、大将軍の息子だからだろう」
「でしょうね。でも、父は引退を望んでいるからそれがしを候補に推薦しました。それがし一家に妖界を左右されるなんて心配する必要がないのに」
「妖怪は昔から疑いの深い種族ですから」
黒須少尉はお茶を一口飲んで、老人のように嘆いた。
「ちなみに、分離派と保守派が上げた候補たちは?」
「保守派はとある『
「八つ頭の大蛇さん――あの方なら、こんな権力の争いに介入しないと思いますが……」
「分離派になんども睡眠を邪魔されて、仕方がなくて出馬したそうです」
「結局、どちらもうまく行っていないようですね」
珊瑚の説明を聞いて、黒須少尉はやっと状況が分かった。
「でしょ?」
珊瑚は気楽そうに笑って、茶菓子の三色団子を手にした。
「ですから、今は候補たちの競争より、三方の勢力比べになっています。各派はほかの境界に散らばっている元老妖怪を呼び戻し、今年の秋分集会に加勢してもらうと考えています。呼ばれた元老が応じてくれないと、確実に相手に口実を与えて、自分の方に不利をもたらします」
「なるほど……」
黒須少尉は茶杯を置こうとすると、珊瑚がその茶杯を受け止めて、代わりにお茶を注いだ。
「黒須少尉殿は前回の戦争の調停に大きく貢献した功労者、貴方のようなお方が集結命令に応じてくれないと、それがしも中間派の候補として認めてくれないでしょう。これまでのご無礼を、どうかご容赦ください」
珊瑚の表情が真面目になり、両手で茶杯を黒須少尉に捧げた。
「事情はよく分かりました。妖界の安定のためなら、断る理由がありません。お力添えいたします」
黒須少尉も顔を引き締めて、両手で珊瑚から茶杯受け取った。
「今まで若将軍にお会いしたことがなくて、こんなにも妖界の平和を思っている方とは思いませんでした。わしの器はなんと狭いんだ!」
黒須少尉から認めをもらったら、珊瑚はニヤニヤの狐目になった。
「それがしの器もそれほど大きくありませんよ。妖界が分離してもしなくても特にこだわりがない。ただ、あの上古時代から伝わる大司祭の専属衣裳を着てみたいだけです」
「……」
「それと、候補に復帰たいのは、それがしにケチをつける奴らをぎゃふうと言わせてやるのが美しいと思いますから」
「……」
冗談か本気か分からなくて、どうつなげばいいのか、黒須少尉は迷った。
その時、お茶屋の外から街辺の語り部の声が響いて、彼を困惑から救った。
「……その悲惨な死を遂げた青年は再び目が覚めたら、まったく違う体と顔の少年となった……偶然に飲み込んだお団子は、なんと、龍神が力を貯める結晶だった……無上な力を手に入れた少年は、軽々しく宗主級の法術を放出した……みごとにみんなを危機から救った少年は意気揚々で名乗った……」
話の内容は特に新鮮感がないが、ちょうど団子を食べ終わった珊瑚はちょっと感想があった。
「少し前までに、主人公が頑張って能力を上げるものが流行っていたのに、今の物語って展開が早いですね。本当にあんなお団子があったら、九尾になるのに苦労しませんよ」
「なくもないが、今はやっている妖怪がほぼいないだろう」
珊瑚は冗談のつもりで言ったが、黒須少尉は真面目な返答を出した。
「それって……?」
「自分自身で十分な霊気を集められないなら、あの物語の主人公のように、他人が集めた力を取り込めればいいだろう」
「なるほど、古い時代の同族食いや人間食いみたいなことですね。命力や霊力の横取りは天地の理を違反する不正行為、大きな反噬が伴うから、今はやっているものがほぼいない。実に美しくないやり方ですね」
「この間まで、わしはその過ちを犯そうとしていたが……」
黒須は恥ずかしそうに頭を下げたが、珊瑚は陽気な声で彼を励んだ。
「家族のためでしょう。それがしは同じ立場だったら、同じことをしたのかもしれません。正直、直接に幸一に相談すれば、力を貸してくれる可能性だってあると思います。どのみち、仙道の人間は修為を上げるために善行を行う必要があるし」
「玄幸一が頷いてくれても、彼の保護者は許さないだろう」
あの夜の修良の警告を思い出すと、黒須少尉は苦笑いをした。
「アハハ、でしょうね。あの悪鬼先輩は本当に怖かった!生れて千七百年、初めて恐怖を覚えました」
珊瑚はちゃらすように笑った。
「だが、あんな膨大な福徳を受け取るためには、玄幸一は今世でも善行を積み上げて、器を広げなければなりません。いざとなったら、あの先輩は玄幸一の成長を邪魔する存在になるかもしれません」
黒須少尉は少々深刻な意見を述べたが、珊瑚は全然気にしないように、座席から腰を上げて、あくびをした。
「それはそれがしたちが知ったことではありませんよ。そろそろ行きましょう。大将軍は待っています」
突然に、どこから一匹の
「ん?
珊瑚は腮鼠に目を向けたら、腮鼠の珊瑚の耳元で伝言をした。
「大将軍が、襲われた?!!」