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二十二 ドロドロな愛憎劇???

「冗談だろ……?先輩は、俺のために母から買い取ったんじゃないの?」

幸一はまだ耳を疑っている。

「いいえ。研究のためだ」

修良はあっさりと幸一の言葉を否定した。

「研究?」

「幸一も知っているだろ。仙道の人間にとって、戸籍文書は特別な意味を持っている。戸籍文書を錨にして、仙道の人間を操る法術もある。ほかにどんな効果があるのか、私はずっと興味を持っている」

「先輩は、俺を研究の実験体にするつもり?」

「確かに、幸一は私の一番大事な弟弟子。でも、だからこそ、即時に幸一の反応を観測し、研究の効果をより正確的に把握できる」

体が弱いせいで、修良は武力を鍛えるより、精密な法術の研究に没頭している。

幸一はそれを知っている。

でも、修良から研究の内容をあんまり聞かされていない。

いまさら「あなたを実験体にする」と言われても、幸一は信じられない。

やはり、自分を鍛えるために、いつものいじわるをしているだろうと、幸一は苦笑いをした。

「……俺はそんなに便利だったら、なぜ今まで使わなかったの?」

「いい素材は育てるには時間が必要だから」

「じゃあ、いくらを払えば俺を実験体から外してくれる?」

幸一は修良の「冗談」に合わせるつもりで聞いた。

「私と幸一の仲だから、割引してあげるよ」

修良は満足そうに微笑んだ。

「ああ助かる」

(ほら、やっぱり。先輩は冗談を言っている。きっと飯一つで買い戻せる金額だ。)

しかし、そんな楽観な期待を持っている幸一に告げられた金額は―――


「そんな大金、百年を働いても稼げないだろ!!」

幸一は思わず大声を出した。

「百年なんて大げさだ。幸一の才能でなら、七十年や八十年くらいあれば余裕にできると思う」

「もう冗談をやめてください!!」

「まだ冗談だと思っているのか、幸一は本当に世の中の険悪を知らないな」

修良は一回皮肉笑いをしてから、真剣顔に切り替えした。

そして、懐から身売り契約書を出して、幸一の目の前に突き出した。

「幸一、これは人間界の契約というものだ。ほかの買い手たちが持っている偽物と違って、本物の契約だ。あなたがあの人のことを母と呼んでいる限り、あなたは人間界の理に縛られている。私たちの関係はどうであれ、世の中の決まりを破るわけにはいかない」

「というのは、俺は母と絶縁すればいいって話だろ?それなら、家出をする時点からすでに……」

「できるのか?」

修良は顎を上げて、勝ち目で幸一を見つめる。

「確かに、幸一は家を捨てて仙道に入った。でもこの前に、子供が母親を官府に突き出してはいけないという法律を言ったら、幸一は反発もなく飲み込んだんじゃない?」

「?!」

幸一の瞳は一瞬拡大し、背筋がぞくっとした。

「さっきもあの人の母親としての無責任を問い詰めた」

「……」

「つまり、幸一の心の中で、あの人は間違いなく母親だ。冷たいことをされて、家から離れて六年が経っていても、幸一はあの人を母親として認めている。徹底的に絶縁するまでの道はかなり遠いと思うよ」

「……」

修良の容赦のない指摘は、鋭い宝剣のように、幸一の心の中の一番深いところに刺しこんだ刺。

仙道に入って、力を手に入れて、生まれ変わったと思ったら、結局、母の愛を強請る子供のままだったのか……

幸一は心の中で自分のことを嘲笑うと、修良の口調はまたやさしくなった。

「でも、良い方向で考えてみれば、親子の縁がまだ切れていないから、お金を出してもらえる可能性は十分ある。今でも遅くない、幸世みたいに、お母様をお願いしよう」

でも、そのやさしい笑顔も言葉も刺々しい。

一瞬、目の前の人が本当に修良なのか、幸一は分からなくなった。


修良の話を聞いて、韓婉如の幸一を見る眼差しはとても複雑なものになった。

ほんの少しだけだが、母親が子供を慈しむような光が彼女の目に現れた。

しかし、幸一が彼女に振り向いたら、その光はぱっと消えた。

「さ、さっきも言ったでしょ。お金がもうないの」

「……」

「お、お兄様、もうお母様を責めないでください!」

幸一の暗い顔色を憎しみだと誤解し、幸世は韓婉如を庇おうとした。

「お金が必要なら、わたくしを、わたくしを青楼に売ってください!」

「幸世、何を……」

「青楼に売りつけられたお嬢様は、かっこいい店主や王子様と恋に落ちて、溺愛され、逆上する展開の小説もありますから、わたくしは怖くありません!」

幸世は潤んだ目で、母親に決心を告げた。

「……」

感動的な母親愛の前で、韓婉如は「正気?」という疑問を口にしなかった。

「お母様はわたくしを捨てていないのが分かれば、もう悔いはありません!」

「ダメだよ幸世、あなたが不幸になったら、母が生きていていも意味がないの!」

韓婉如は幸世を強く抱きしめて、親子で泣き崩れた。

「…………」

幸一は脱力して、深いため息をついた。

自分の人生に関わる真面目な話だったのに、いつのまにか滑稽な芝居になったような気がする。

(とりあえず、二郎さんを呼んだ、二人を善処してもらおう……)

(先輩のほうも、帰ったらゆっくり話そう……)

その時、青楼の中から一人の青年女性が出てきて、丁寧な姿勢で修良に話をかけた。

「すみません、修良様、営業の準備を始めてもよろしいでしょうか?」

「ああ、すまなかった。長引いてしまった。いつも通りにやっていい」

修良は女性に道を開けた。

「いいえ、修良様のお店ですから。ご利用になさるのなら、休業いたしますわ」

「?!!」

暴風雨の中を走らされた気持ちを経験したばかりなのに、幸一はまた雷に打たれた気分になった。

どうみても無欲な賢人の修良は、人間界でこんな事業を持っているのか!!

でもこれでやっと、修良の大金の出所が分かった。


ちなみに、この仙縷閣は、幸一が生れる前に、修良が玄誠鶯を調べるために作った拠点だ。

ここで役に立つのは、修良本人も思わなかった。


******


柳蓮城の一角、仙縷閣から二つの街が離れたところ、珊瑚と黒須少尉は一軒のお茶屋で休んでいる。

「賑やかですね。何かあったのですか?」

どんどん仙縷閣の方向に流れる人込みを見て、珊瑚は興味が湧いて、店員に尋ねた。

「なんだか、仙縷閣という青楼の前でが上演しているらしい」

「へぇ、芝居を上演する青楼か、珍しいですね」

「はい、仙縷閣はこの町の最大で、最上級の青楼です。昔は普通の青楼だったけど、大体二十年前に、良い店主に買い取られて、経営方針が変わりました。女子たちはもう体を売るようなことをしません。今は芸能で客を引き寄せているのです」

店員は誇らしそうに珊瑚たちに地元の名物を紹介する。

「売上げが落ちるどころか、年々伸びてて、ほかの町から見学しに来た人もたくさんいますよ。せっかくですから、お客さんたちも行ってみたらどうですか?」

「美しい話ですね。でも残念、それがしたちは急用があって、休憩が終わったらすぐ出発しなければなりません」

珊瑚は残念そうに肩をすくめた。

「そうですか。残念ですね。また機会があったらぜひ!」


「若将軍は人間界に慣れっていますね」

黒須少尉は感慨深そうに珊瑚と店員のやり取りを見ていた。

「違いますよ」

珊瑚は無邪気な笑顔で茶杯を小さく揺らした。

「それがしが人間界に慣れるのではなく、人間にそれがしに慣れさせるのです」

そう言っている珊瑚の周りにキラキラの光効果が現れて、通行する何人かの女子の注目を引き寄せた。

「……さすが威領いりょう大将軍と赤炎せきえん嘉玉かぎょく姫の血を引いた英才です」

いろんな意味で黒須少尉は感心した。

「そんな英才でも、の候補から追い出されたことはご存じですか?」

珊瑚は目を細くして、口調が幾分真面目になった。

「若将軍が?」

「尻尾の数が足りないって、分離派の奴にけちをつけられてね」

珊瑚は仕方がなさそうに笑って、桜色の茶点心を手にした。

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