修良の提案を聞いた幸一は心の中でもがいた。
妹の望みを叶えるために、自分は悪人になる。多分これからも誤解されるままだろう。
でも、仙道の人間になった彼は家族にできることがほとんどない。
ちょっと悲しいが、やはり妹の望みを選んだ。
決心を付けた幸一は
「この小娘!誰に向かって狂言を放つんだ!?使用人みたいにこぎ使われて、可哀そうと思ったのに、この恩知らず!!」
幸一は箒を地面に叩きつけて、何回も踏み潰した。
驚かせるのではないかと心配しながら、こっそりと幸世の反応を覗いた。
「!!」
幸世は怖がるどころか、目の曇りが一掃し、イキイキになった。
(目が光ってる……!これって、喜んでる?!嘘だろ!)
驚いたのは幸一のほうだ。
「も、申し訳ありません、お兄様……」
幸世は震えながら、両手で口を覆った。
でも、一瞬の隙間で顔に浮かんだ喜びはすでに幸一の目に捕らわれた。
(こんな形で兄として認められたなんて、複雑だな……)
考えても仕方がなく、この路線が受けそうだから、幸一は芝居を続けた。
「口頭での謝罪で済ませるものか!父がいなくなった今、兄は父代わりの存在だ!お前の態度は不敬だぞ!!」
「も、申し訳ありません……お兄様、わたくしは、役立たずで……」
幸世は頭を深く下げた。
「そんなに俺のことが気に入らないら、俺の戸籍文書を男釣りに使うな!今すぐ返してもらおう」
「!」
その話を聞いて、弱弱しく幸世は胸の前で拳を強く握り、反抗な意志を見せた。
「こ、これはお母様がわたくし残した唯一の、身を守るための物です。たとえお兄様の命令でも……渡さない!」
「妹の分際で!」
幸一は棒読みで悪人の台詞を放って、幸世の手首を掴んで上にあげた。
「ぎゃあ!」
幸一は力を控えるつもりだが、幸世が痛そうな声をあげて地に倒れた。
「やめろ、幸一!」
その時、修良は一陣の風と共に登場した。
先ほど、幸世は幸一叩きに集中したので、修良の存在に気付かなかった。
おいしいところに現れたこの優雅で冷徹な青年に、幸世は目を離せなかった。
「これは俺と妹のことだ!先輩と関係ない」
幸一は打ち合わせた通りに演じ続ける。
「あなたに失望したよ、幸一。あなたはもっと思いやりのある子だと思った」
修良は頭を横に振りながら、幸一の幸世の間に入った。
「結局、くだらない復讐心に目をくらまされたのね」
修良は身を屈めて、幸世に手を伸ばす。
「申し訳ありません。お嬢様。私は幸一の兄弟子の天修良と申します。幸一のやったことに深くお詫びをします。こんな心の狭い子はまさに我が門派の恥です。私はこの件を宗主に報告し、幸一に懲罰を与えます」
「い、いいえ。お兄様は、お兄様の立場と事情があります……わたくしはもうどうでもいい人間ですから……どうか、あんまりお兄様を責めないでください」
幸世は潤んだ目で笑顔を作った。
「なんて純粋で可憐な瞳。一体どうしてこんなにも自分のことを卑下するの?」
修良は憐れな眼差しで幸世を見つめる。
「わたくは、なんの役にも立たなくて、ひとりぼっちですから……消えても誰も困りません。修良様は仙道の英才ですね。わたくしのようなものと関わらないほうがいいです」
幸世は目を逸らして、修良の手を取らなかった。
「仙道の人間は普通の人間を助ける義務があります。お嬢様のような心の傷を負った不幸な人間を放っといてはいけません。お嬢様は幸せに相応しい人間です」
「!」
修良の話に刺されて、幸世の頬が赤く染められ、ゆっくりと目線を修良のほうに戻した。
(ああ、そういうことか……)
数歩離れたところで二人の「芝居」を見る幸一はやっと修良の目的が分かった。
幸世の望みはあの小説の流れで旦那さんを掴むこと。それを実現させるために、先輩は俺を意地悪な「姉」を演じさせて、先輩自身が……!)
突然に、良くない予感が幸一の心臓を走った。
(ちょっと待って、これはただの遊びの付き合いだよね?先輩は本気で幸世の旦那さんになるつもりがない、だよね……)
(でも、幸世が望んでいるのは本物の旦那さんだ。先輩は一体……)
幸一が考えいる間に、修良はお姫様抱っこで幸世を抱き上げた。
「えっ?!」
幸世は驚きの声を出して、恥ずかしそうに体を縮めた。
「失礼ですが、お嬢様の足は怪我したようです。医者さんのところに行きましょう」
修良はやさしい微笑みで幸世を安心させた。
「あの、先輩……」
幸一は修良の真意を確かめようと口を開いたら、修良に冷たい目線を返された。
「幸一はついてくるな。お嬢様を怖がらせるから」
その言葉を置いて、修良は幸世を屋敷の外に連れ出した。
「先輩……?」
幸一はぼうっとして庭に佇んでいる。
修良から聞いたのは悪人を演じることだけ、こんな展開になるとは思いもよらなかった。
そういえば、修良は自分以外の人の容貌を褒めるのは初めてだ。
修良は自分以外の人とそこまで距離を縮んだのも始めてだ……
まさか、本当に幸世の旦那さんになるつもりなのかっ!?
いえいえ、先輩のことだから、きっと何か深い考えがある!
でも、先輩は誠実で責任感の強い人、言ったことを絶対守るから、きっと幸世の望みを叶う……
そもそも俺の頼みで先輩が身を乗り出したのではないか、今更止めると言っても……
いいえ、しかし、そうとなれば、先輩は俺をお兄さんと呼ぶことになる、さすがにこれはないな……
頭の中を巡るさまざまな考えは馬鹿馬鹿しいと分かっていても、幸一の妄想が止まらなかった。
不意に、一羽の白い鳥が彼の肩に止まって、やっと幸一を連れ戻した。
鳥は幸一が二郎に渡した法術で変化した動物だ。
「二郎さんだ……」
鳥は鳴き声で幸一に二郎からの情報を伝えた。
「?!母を見つけた?!」
その情報を聞いた幸一はすべての雑念を飛ばし、二郎のところへ走った。
*********
二郎は玄誠鶯の屋敷の近くの旅館で部屋を取った。
情報を出してからすぐ駆け付けた幸一を見て、二郎も驚いた。
「お坊ちゃま!どうして……?」
「俺たちも母を追ってここに来た。母を見たのか?」
幸一は息も換えずに母のことを問い詰めた。
「は、はい!約一時間前に、誠鶯様の屋敷の付近で奥様っぽい人を見かけましたが、すぐ見失いました。本当に申し訳ございません」
「でも、誠鶯伯母さんの話だと、母は幸世を届けてからすぐ町を離れた。ひょっとして、母は町を出ていなくて、影でずっと幸世を見守っているのか……」
幸世は韓婉如が一番可愛がっている娘だ。
玄家の名づけ規定によると、女性の名前は自然風物から選び、男性の名前は一族の志を示す言葉から選ぶ。
幸世という名前は、幸一の後に生れる一族の男の子に付けられるはず。
しかし、韓婉如の固執独断で幸世に与えた。
韓婉如はほかの娘たちを適当なところに預けたが、幸世だけが自ら玄誠鶯のところに連れて、頼みをした。
「もし母がずっと誠鶯伯母の屋敷を見ているのなら、俺はここにいることをすでに知ったのかもしれない。母が逃げる前に、見つけ出さないと!」
「はい!わたしも手伝います。奥様を見つけたら、わたしが通報……」
二郎の話がまだ終わっていないのに、幸一はもう部屋を飛び出した。
(まずは、旅館を探そう。)
幸一は二郎が住んでいる旅館の人に聞いてみたが、韓婉如らしい人はいなかった。
(柳蓮県は大規模の町だ。旅館はいくつもある。母はお金に困っているから、値段のやすい旅館を選ぶだろう。)
幸一は町の人に旅館の位置を尋ねて、頭で覚えた。
(母は俺を見かけたらきっと逃げる。なら、身隠しの術をかけよう。)
幸一はを右手の人差し指と中指をぴったりくっつけて、指先を眉間に当てて、術を発動した。
町の一番安い旅館は玄誠鶯の屋敷から離れたところにある。途中にいくつかの賑やかな街を通る。
とある街を通る時に、幸一は気になる人影を見かけた。でも、韓婉如ではない。
(あれは――先輩と幸世?!)
修良は幸世を黒玉虎の背中に乗せて、ゆるゆると街を歩いている。
人々は驚愕の声をあげながらも、ざわざわと修良たちのことを議論している。
「あの人、この街の医館(*1)と薬材舗のすべての外傷薬を買ったそうだ」
*1 医館:中国古代の病院。
「えっ?なんで?」
「あのお嬢さんのためらしい」
「へぇ、本当に小説みたいなことをやる人がいるのね!二人は恋人かしら」
「きっとあのお嬢さんを溺愛しているのよ。ほら、あのやさしい表情を見て、すてきだわ!」
「かっこいいわ、あたしもあんな彼がほしい」
(変だな……法術ですぐ治せるのに、なんですべての外傷薬を買う必要がある?)
幸一は思わず方向を変えて、修良たちを尾行した。
黒玉虎のすぐ後ろまで来たら、修良がいきなり振り返った。
幸一の身隠しの術は、まだ修良の目を誤魔化せない。
(!!)
幸一が一瞬緊張したが、修良はただ軽く笑って、幸世との談笑に戻った。
(……そうか、今の俺は身を隠しているから、幸世が怖がらない。)
(もうちょっとついて行ってみよう!)
幸一は母探し事を忘れて、修良たちの尾行を続けた。