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十二 魅惑の術は美男子に通じない

遇花城から錦羅城まで、歩けば半日くらいかかる。

幸一の蒼鳥の翼でならただ十五分でつけるが、修良の体調を考えて、二人は安定性のよい黒虎を乘って錦羅城に向かった。

蒼鳥の速度に及ばないと言っても、黒虎が到着までかかる時間も僅か半時間だった。

「見て、虎だ!虎が空を飛んでる!」

「黒毛並みに、銀色の模様!妖怪虎か!!」

城門の上空から降りた途端に、幸一たちは人々に注目された。

「聞いたことあるぞ!とある大富豪の息子は復讐のために人食い虎に変身すること……」

「あれって、人間が変身したのか!?じゃあ、上に乘っている人間は?」

「半人半虎の不完全な変身かもしれないぞ」

もう噂に観念した幸一は、ふいと何か肝心なことに気づいた。

「あの、先輩。俺ちょっと考えてみたけど、誤解がどんどん進んだのは、黒銀こくぎんちゃんが問題じゃうないかな?」

「さあ、一般人の考え方は私にもよく分からない」

修良は苦笑いをして、黒虎・黒銀虎の頭をなでなでした。

巨大の虎は気持ちいいゴロゴロの声を出して、黒玉の枕に変形し、修良の袖に飛び込んだ。


二人は通行人の驚愕の目線の中で、城門の前の検査所まで来た。

修良は硬直中の守衛に名札を渡し、幸一は大声で周りに質問する。

「いつも城門前で男を偵察する金芬飛の手下はいるか?俺を拉致してくれ!」

「ぎゃああ!」

幸一の要求を出すやいなや、城門の隣に立っている太い木から、一人の男が落ちてきた。

男は幸一向けてドスンと跪いた。

「あ、あなた様を拉致するつもりはございません!どうか、命だけを……!」

「いいから俺を金芬飛の屋敷に案内しろ!」

男に説明する気もなく、幸一は彼を地面から蹴り上げて、道案内をさせた。


農業を中心とする維元城、辺境のゆったり小町の遇花城と違い、錦羅城は比較的に商業の盛んでいるところだ。

金芬飛の屋敷は町の商業区の近くにある。敷地はそう広くないが、艶のいい塗料と複雑な彫刻を使った豪奢な外装がとても目立つ。

正門の上に掛けている「金府」の看板の角に、一匹の迫真な狐の彫刻がくっついている。

「あれが金芬飛の屋敷か、ん?人が集まっているような……」

幸一たちは屋敷に近づいたら、そこに騒ぎがあったことに気づいた。

まもなく、ざわざわの人込みが分けられ、捕快服装の男子と一人の女子が出てきた。

女子の頸と両手に犯人の鎖が掛けていて、捕快の男子は鎖の手綱を握っている。

「ご、ご主人様!」

「珊瑚!?」

案内の男と幸一、それぞれ女子と捕快を呼んだ。

「幸一!」

捕快服装の男子はなんと、昨日分かれたばかりの珊瑚だった。


「昨日の夜、それがしは緊急任務を受けて、夜中に急いで出発した。今朝この町の茶屋で一休みを取っていたら、睡眠薬入りのお茶を飲ませれて、この人の屋敷に拉致されたんだ」

珊瑚はこうなった経緯を幸一たちに説明した。

「噂通りの悪さだな!」

幸一はやばいものを見る目で金芬飛を観察した。

女子は宝石や高級な装飾品を身につけて、顔に妖艶なお化粧をしている。

きれいと言えば、まあまあきれいだが、気質が汚れていて、両目から強欲感がぷんぷん溢れ出す。

清らかな空気になれた幸一はにとって、よほどのことがなければ絶対に関わりたくない相手の部類だ。

珊瑚が代わりに処理していくれて、幸一はかなり助かったと思う。

「それがしは身分を明かして、悪行を止めるように説得を試みたが、この人、涎を垂らして、それがしの容貌にあれこればかり言って、気持ち悪かった」

「ああ、気持ち悪いに決まっているな」

幸一がうんうんとうなずいた。

ただ、彼が気持ち悪かったのは容貌があれこれを言われることで、

珊瑚が気持ち悪かったのは容貌にあれこれを言う人が美しくないってとこだ。

「だから、それがしはこの人を現行犯として逮捕した。今から官府に送る」

「フン!一介の見習い捕快が、あたしをどうにかできると思う?」

金芬飛は生意気そうに眉を吊り上げた。

「フフ、官府につく前に、あなたはあたしの魅力に惚れてあたしの虜になるの!」

細高い声を発しながら、金芬飛の両目が灰色の光が灯って、珊瑚をじっと睨んだ。

そして、人を食うような目で幸一と修良を順次に睨んで叫んだ。

「美男子はみんな、あたしの奴隷になるのよ!あなたも、あなたも、あなたもよ――!!」

「っ!?美男子に何の恨みがあるんだ!」

その狂気な宣言に、幸一は反射的に拳を握った。

「いいことを訊いたわ。あたしはね、美男子のせいでとんでもない屈辱を味わったことがあるのよ!」

「どういうことだ?」

見事にみんなの好奇心を引き起こし、金芬飛は密かに陰険な笑顔を浮かべた。

「あたしはこの錦羅城に引越しに来たのは二十八年前。勉強のためにとある私学に入った。その私学に、人気者の女子がいたの。へらへら笑っている小馬鹿だけど、家柄も顔も成績もいい、私学一の美男子もあの子に惚れ惚れ。あたしは悔しくて悔しくて、あの子に負けないためにその美男子を寝取った。その後、美男子はあたしの彼になって、すぐあたしと結婚したの。そこで、あたしは気づいたわ――男はみんな、所詮下半身で生きるものよ。寝取ったら勝ちよ!」

「……それ、どこが屈辱?むしろ自慢話だろ?」

堂々と男を寝取ることに自慢するなんて、幸一はどうしても理解できなかった。

そして、一人の男として侮辱された気分だ。

「話はまだ終わっていないわ!」

金芬飛はもっと強い力で幸一たちを睨んだ。その目からの灰色の光がいっそう強くなった。

「あの美男子は、あたしの夫になったのに、その後、ほかの女子に寝取られたの!」

「……」

「あたしは悔しくて悔しくて、彼を家から追い出して、彼以上の美男子を求め始めた。ほかの女に負けるものか!あたしこそ人生の勝ち組よ!絶対この世で一番多くの美男子を寝取る女になるわ!!」

「……」

「それは、単なるお前の嫉妬と欲望だろ!何処が美男子のせいで屈辱だ!」

幸一はますます訳がわからない。

「美しくなさすぎる……」

珊瑚のきれいな顔が引き締まった。

もちろん、金芬飛は笑い話を提供するつもりで威張ったのではない。

野次馬からいきなり彼女を同情する声があげられた。

「ああなんと可憐な!」

「悲しすぎる!彼女はこんなに美しいのに、男数人を寝取るだけのことで捕まるなんて理にかなわない!」

「彼女を放せ!大男三人が花のような弱い女性をいじめるなんて、恥ずかしくないのか!!」


「!?これは……魅惑の術!?」

ここまできて、幸一はやっと金芬飛の光った目の意味が分かった。

仙道修為の高い彼や修良にとって、何の効果もない小技だが、一般の人にとってかなり効くいているようだ。

声を上げた人の中に、金芬飛を救い出そうと動き出す人までいた。

幸一はさっそく一歩出て、野次馬たちを止める。

(やばい、一般人に手を出せない……このままじゃ、彼女を連行できなくなる!)

「フフ、無知な男たちよ、あたしは銀狐様のご加護を受けているのよ。ほら、こうして話しているうちに、みんな、あたしの味方になるの。あなたたちだって……」

金芬飛は独り言をぶつぶつ言いながら、ドヤ顔で目の前の三人を覗いた。

「!」

しかし、彼女に返されたのは、珊瑚の冷ややかな笑顔だ。

「黙ってくれませんか?」

珊瑚の両目から夕焼け色の光が浮かんで、金芬飛を睨み返した。

「狐は一生、一人の配偶者だけに愛を捧げる忠誠な動物です。あなたみたいな虚栄心と欲望が溢れる醜い淫魔に、ご加護を与えるわけがありません」

珊瑚の声と共に、金芬飛の両目の灰色光がシュンと消えた。

「なぜ、どうして、どうしてあたしにメロメロしないの?」

冷静な三人を見て、金芬飛少し焦った。

「男数人を寝取るだけのことなら、確かに重罪にならないでしょう。しかし、あなたの祖父は隣の地同ちどう国の元官僚、職務を利用し、災害救援金を自分のものにして、この天寿国に資産を移転しましたのね。この屋敷も、あなたが男を誘惑や拉致することに使うお金もその資産からのものです」

「ど、どうしてそこまで!!」

金芬飛は信じられないように高い叫びをあげた。

「あなたに力を貸した『銀狐様』から教えてもらったのです」

珊瑚はにっこりと笑顔を返した。

「男もお金も、そもそもあなたのものではありません。それがしはちゃんと官府に言って、返すべきところに返してもらいますね」

「!!」


金芬飛の目から光が消えたすぐに、野次馬からの反対声がなくなり、自動的に道を開けた。

「珊瑚、お前は……」

幸一は何かを言おうと珊瑚に手を伸ばした。

(ほう、やっと気づいたのか、それがしの正体を。)

珊瑚は魅力的な微笑みを用意し、幸一の結論を待つ。

「やっぱり、いい人だね!」

「……」

珊瑚の微笑みが消えた。

「ああ、それがしは正義の味方だから……」

珊瑚は棒読みで返事をしながら、がっかりそうに金芬飛の鎖を引く。

「さあ、行きましょう」

「あっ、その前に、こいつも俺の戸籍文書を買ったので、回収させてくれ」

「ごめん、忘れた。これのことか?」

珊瑚は懐から二枚の紙を出して、幸一に渡した。

「これだ!戸籍文書と身売り契約書!ありがとう、珊瑚!お前は本当に人がいい!」

すでに回収されたことは、珊瑚が買い手のことを覚えてくれた証拠だ。

幸一は心から珊瑚に感謝した。

でも感謝される側の珊瑚は全然嬉しくない。

「……」

(もう勘弁してくれ、いい人という呼び方、ダサすぎる……)

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