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三 絶世の美少年、仙道へ

翌日は春分の日、幸一の誕生日でもある。

しかし、祝ってくれる家族は一人もいない。

徹夜で荷物をまとめていた幸一の目覚めが遅かった。

朝早々、父は商談に、母は娘たちの縁談に、姉妹たちは幸雲の気晴らしの付き添いで春分のお祭りに出かけた。

でも、食堂に入った幸一の前に一丁の長寿麺*5が置かれた。

*5 長寿麺:誕生日を祝って食べる長生きを祈るめん。

「お坊ちゃま、お誕生日おめでとうございます」

暖かい笑顔で幸一を迎えるのは執事のだった。

朱執事は幸一の父と年が変わらない。

小さい頃から父親代わりに幸一を気にかけている。

幸一にとって、父よりも親しい存在だ。

「ありがとう、朱さん」

感動を覚えた幸一が笑顔を返した。

「お誕生日おめでとうございます!お坊ちゃま!」

そして、祝福を送るのはもう一人いる。

幸一よりいくつか年上の少年で、名は朱二郎しゅじろう、朱執事の次男だ。

幸一が姉妹たちに仲間外れされた時、いつも二郎が彼を慰めていた。

幸一にとって、兄のような存在だ。

「お坊ちゃま、心配しないで、俺は一緒に上京に行きます!」

二郎は陽気な笑顔で幸一を励んだ。

「二郎さん、ありがとう……」

二人の親切で、幸一の憂いは大分晴れた。

戦争で家や親族を失くした人や、貧乏や病で途方に暮れるた人たちと比べると、自分はもう十分幸せだ、と幸一は思った。

裕福な家に生まれ、朱親子のような本気で心配してくれる人がいる。

やはり神様に感謝すべきではないか。

「お坊ちゃま、今日のご予定は」

食事が済んだら、朱執事は幸一に訊ねた。

「特にない。いつものように何処かでうろうろするつもりだ」

「実は、例年のように、今年もお坊ちゃま宛にたくさんの贈り物が届きました」

「じゃあ、例年のように寄付してくれ」

「かしこまりました。それと……」

朱執事は一度間を置いた。

「招待状はいかがにしましょうか」

招待状というのは、毎年、誕生日の贈り物と一緒に送られる、幸一をお祭りに誘う手紙のこと。

姉たちは幸一に不満があると言っても、誕生日は特別だから、毎年もみんなで一緒に過ごしていた。

でも今年は違う。幸一は置いて行かれた。

家族団楽の気配がまったく感じないから、朱執事は幸一に友達と遊ぶことを勧めようとした。

その気持ちを受け取った幸一は頷いた。

「見ておく、僕の部屋に置いてください」

まもなく、百通以上の手紙が幸一の机に現れた。

「……」

正直、幸一は手紙が嫌いだ。

嫌いというより、疲れている。

文字が読めない頃からほぼ毎日手紙をもらっている。

しかも内容は大体同じようなものばかり。

でも、朱執事たちに心配させたくないし、万が一まともなものがある可能性もなくはない。

幸一はうずうず気持ちを我慢して、手紙を開封し始めた。

「拝啓、麗しき玄幸一様へ……」

やっぱり……

「美しいあなたの姿を拝見してから……」

いつものやつだ……

「その天女のような美顔は頭から離れません……」

…………

「アナタはまるでこのヨのミラクル、メガミヴィーナスのウまれカわり……」

ミラクルってなんだ?ヴィーナスってなんだ?!どこの神様!?

「どうか、俺・私・わたし・わたくし・わし・おいら……と恋人・友達・仲良し・文通友……になってください!!!!!」

五十か六十通目の手紙を開封後、幸一はきっぱり諦めて、拳で机を叩いた。

どれもこれも顔顔顔顔ばかり……

さっきまで神様に感謝する気持ちは恨みになる。

一体、どうして、なぜ、なんでこの顔をくれたんだ!?

幸一は手紙をまとめて厨房のこん炉に投げていこうと思ったら、一羽の小鳥が窓から入った。

空色の小鳥は柳の葉っぱをくわえて、幸一の肩に止まった。

幸一は動物たちに好かれている。

人間と違い、動物たちは欲望がなく、ただ幸一に寄り添うだけ。

そのため、幸一は人間よりも動物のほうが好きだ。

そして不思議なことに、動物たちはたまに、文字の入っている花びらや葉っぱを持ってくる。

文字の内容はその時の幸一の生活に関係のあるもの。

幸一がつぼみの満開を期待する時には「花」、

連日雨で鬱陶しい気持ちになった時には「虹」、

学堂で先生に褒められた時には「嬉」、

お菓子を買うのか悩んでいる時には「甘」、

姉たちに責められ、父に無視され、自分を部屋に閉じた時には「泣」……

いつもいつも適時に幸一の情緒に触れる。

それはきっと神様からの祝福だと幸一は思っている。

今日の鳥が持ってくる葉っぱに書いてあるのは「東の空」。

珍しく三文字も入っている。

幸一は手紙の山に構わず、さっそく外に走って、東の空を見上げた。

「!!」

東の空に、七色の光が浮かんでいる。

見る見るうちに、光は巨大の花の形になり、ゆっくりと回り始めた。

「ほぉ、これは素晴らしい!」

まもなく、朱執事も出て、東の空に向けて讃嘆した。

「あれは、なに?」

「玄天派九香宮の春分儀式です。十二年一度の特別なもので、前回見たのはお坊ちゃまが生まれた日です」

「僕の、生まれた日……」

吸い込まるように幸一は七色の花を眺めていた。

ふっと、ある大胆な考えが浮かべた。

(ひょっとして、僕は……!?)

小さい頃からの不思議な経験が一つの結論に繋がり、幸一は決意をした。

「朱さん、みんなに伝えてくれ。僕は上京に行かない。九香宮に行って、玄天派の弟子になる!」

「えっ、な、何をおっしゃるのですか?」

朱執事がまだ反応できないのに、幸一はもう走り出した。

「僕、仙道の人間だから!!」

玄天派の九香宮は、こお維元城の東にあると伝わっている。

幸一はまだ実物を見たことがない。

途中で人々に尋ねながら、ひたすら東へ向かっていた。

東の森を出れば、九香宮が見えると聞き、幸一は迷いなく、広さも知らない森に突き込んだ。

十二歳の子供が地図も食料も装備も持たないまま未知の森に入るのは、いかにも無謀な行為だった。

森の夜は外よりも早く訪れ、幸一は闇の中で方向を失った。

それでも彼は怖がらなかった。

恐怖より、興奮を感じている。

証拠もないのに、森の向こうに、彼の本当の居場所があると確信している。

彼を導くように、無数の蛍が光を灯した。

フクロが彼の頭の上を掠り、前進の方向を示した。

木々の間から、数匹のウサギが飛び出でて、道を案内した。

どのくらい走ったのか分からない。

やっと森を出た頃、もうすっかり夜になった。

幸一は目を大きく張って、目の前の景色を見る。

前にあるのは底の見えない深淵。

深淵の上、崖の外、満月が照らしている空の上に、雲に囲まれる城が浮かんでいる。

城との距離は目で判断できない。どうやって空にある城に昇るのも分からない。

その不確かな感覚に、幸一の興奮がさらに高まった。

その時、後ろの空から呼声がした。

「待っていました」

「!?」

振り向くと、若い青年が空に座っているのを見た。

青年の長い髪と白い服は、夜空と月光に溶け込むようにやさしく広がる。

古い友に再会の挨拶をするような口調で、青年は幸一に話しかけた。

「おかえりなさい、幸一」

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