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二 美少年と冷たい家族

新しい世界は天、陸、海、幽冥、四つの境界で構成された。

陸界はもともと人間が住み、人間が主導権を握る境界になるはずだが、

世界が生まれた当初、妖界の形成が失敗し、人間界と分離できなかった。

その結果、陸界は人間と妖魔が混在し、争いや戦争が頻発する極めて不安定な場所になった。

数万年の動乱の後、「仙道」が生まれた。

「仙道」とは、人間が修行を積み重ね、法術やほかの境界の力を借りて陸界の秩序を維持する勢力のこと。

「仙道」の働きで、陸界の各勢力が紛争を治め、陸界に数千年の平和が訪れた。

その間、「仙道」はいくつかの門派に分かれた。

その中で、一番実力を持つのは「玄天げんてん派」という、天界から力を借りる門派。

「玄天派」の総部である「九香宮くこうきゅう」は隠しもせず、陸界の空に浮かんで、妖魔や災いから人々を守り、陸の秩序を支えつづけている。

その九香宮に一番近いと言われる人間が住む町は「維元いげん城」だ。

「城」と言っても、大した城壁などがなく、森や河が広がり、自然豊かな農業町。

とある平和な春の朝、維元城の西を走る河の堤の上に、馬車で荷物を運ぶ十数人の行列がのこのこと行進している。

行列の先頭を歩くのは、白馬に乘っている青年。彼の顔に、意気揚々な笑顔が浮かんでいる。

青年の隣に、背の低い茶色の馬に乗っている老婆がニヤニヤと彼におべっかしている。

「この間、気味悪雨がずっと降っていたのに、お二人の婚約が決まってから一気に晴れましたね。これはきっと、神様が張公子*1幸雲こううんお嬢様への祝福です。そういえば、今朝、東の空に七色の雲も現れたそうです!媒酌ばいしゃく(*2)の道三十年、こんなにも天に恵まれた良縁が本~当に初めてですわ」

*1 公子:身分のいい若い男性への尊称

*2 媒酌:結婚の仲立ちをすること

張公子と呼ばれるこの青年は、今年の郷試*3解元かいげん(*4)を射止めた秀才。

豪族ではないが、彼の家系もなかなか自慢できる由緒のあるものだ。

*3 郷試:官僚の選抜試験

*4 解元:郷試で一位を取った人

郷試の少し前に、媒酌人の老婆は彼に縁談を持ちかけた。

相手は維元城一の大富豪の「げん家」の長女――玄幸雲。

張家にとって、「玄家」の長女は文句もない相手だが、数百年前から名士家系として名を響いた「玄家」にとって、張家以外の選択肢もある。

張家は何か決め手を出さないと、この縁談が成立しないだろう。

両家からの媒酌金を期待する老婆は本人よりもはらはらと郷試の結果を待っていた。

嬉しいことに、張公子は彼女の期待を売ら切らなかった。

張公子がみごとに解元を射止めた以上、案の定、玄家の主人・嬢様の父親である「玄誠実げんせいじつ」はこの縁談に快諾した。

今日は、張家が結納金を送り、婚約を正式に結ぶ日。

郷試でも縁談でも最善な結果を成し遂げた張公子は河風が運んでくる新鮮な空気を大きく吸い、顎をさらに上げた。

すると、百歩先の河を渡る橋の上にある人影に目を奪われた。

橋の真ん中に、白衣の少年がいる。

薄い金色の陽射しが少年の白衣をやさしく照らし、少年は輝いているように見える。

少年の髪が微風に靡かせている。まるで彼は空から降りたばかり。

ここから少年の表情が見えないが、きっと夢のように笑っていると張公子は思った。

少年の頭の上に、数羽の鳥が飛んでいる。

馬の行進に連れて、鳥が花を少年に運ぶという不思議な光景が見えた。

少年は河に手を伸ばしたら、魚が少年の指先に口付けをするようにつぎつぎと水面から飛び出る。

「あれは、誰……?」

張公子はぼうっと質問をこぼした。

「ああ、玄家のお坊ちゃまの幸一こういち様です。幸雲様の弟ですわ」

老婆は少年を一目見て、さっそく答えた。

「玄様に、伝えてくれ」

張公子は目を幸一から移さないまま唾をごくっと飲んだ。

「幸雲お嬢様との婚約はもう結構、幸一お坊ちゃまと婚約させてくれ」

「は……」

最初、老婆はその言葉に理解できなかった。

張公子の言っている意味に気づいた途端に、老婆の叫びは天まで届いた。

「はあぁぁぁぁ?!!!!!」


玄家の中庭。

縁談が破綻した幸雲嬢は泣き崩れた。

その周りには彼女を慰めている姉妹たちと、ぼうっと立っている弟の幸一がいる。

幸雲の状況が少し落ち着いたら、彼女を含めた姉妹四人が全員、幸一に不満の目を向けた。

「ほら、幸一、何か言って!あなたのせいでお姉さまの縁談がまたチャラになったのよ!」

次女の幸雨こううは先に口を開いた。

「これで、三度目だよね」

三女の幸霜こうそは目を吊り上げた。

「今更謝ってもらってもどうしもないわ、お祓いを頼んだほうがいいとお母様に言っておく」

四女の幸雪こうぜつは鼻でフンした。

「……」

幸一は唇を噤んで、目を伏せたまま四人の姉と対峙していた。

三女の幸霜の言ったように、「彼のせい」で長女の幸雲の縁談がなくなったのはこれで三度目。

一度目は四年前。

大将軍の奥方は一人息子を連れて上京から維元に旅行し、玄家の招待を受けた。

もちろん、本当の目的は旅行ではなく、玄家の娘と縁談をするためだ。

将軍息子と玄家の子供たちが一緒に遊んでいる間、幸雲は凛々しい将軍公子に好意を寄せた。

しかし、奥方が息子に幸雲の気持ちを伝えたら、将軍公子は「同じ武術や乗馬に興味のある幸一お嬢様の成長を待ちたい」と言い出した。

なんと、八歳の幸一は武術のために男装をしている女の子だと勘違いされた。

後ほど真実を知った将軍息子は、「戦場で自分をもっと鍛えたい」と一通の手紙を残して、一人で辺境に赴いた。

あれから消息不明。

二度目は二年前。

幸雲は学堂である貴族少年と仲良しになった。

二人は一緒に読書して、遊んで、お互いの家に挨拶までした。誰からみても恋人のような仲であった。

両家の親たちも縁談の準備を始めた。

その時、幸一は飛び級で幸雲たちの班に入った。

まもなく、その少年が現れる場所は、幸雲の隣から幸一の隣に変わった。

我慢できない幸雲は、説明を求めようと少年を探したら、少年が幸一に告白する場面を目撃した。

「幸一のためなら、俺、一生、結婚しなくてもいい――!!!」

その真摯な叫びは、今も幸雲の悪夢で蘇る。

そして、三度目は今日。

幸一は訳も分からないうちに、また姉の縁談を破綻させる原因となった。

申し訳ない気持ちはまったくないではないが、姉たちの容赦なく彼を咎める態度が、その僅かな罪悪感を潰した。

「正直、幸一がいる限り、お姉さまだけじゃなく、わたしも結婚できないと思う」

「私は友達までいなくなるのよ!みんな幸一目当てに私に近寄ってくる。誰一人も私を見てない!」

「目当てくらいはまだいいじゃない?あたしは毎日も伝言だの文だの贈り物だの頼まれる。本当にめんどくさい!ちなみに、もらったものは全部中古市場でさばいたわ。どうせ、こいつは返事も出さずに捨てるから」

妹たちの不平不満がだんだん高まっているのを見て、幸雲は潤んだ目でみんなを止めた。

「いいから、わたしと幸一のことだわ……」

幸雲は幸一に一歩近づいた。

「幸一、あなたを責めるつもりはないわ。ただ、一言、ごめんなさいって言ってほしいの」

「……」

数秒間の沈黙の後、幸一は言葉を絞った。

「僕のせいじゃない」

「!?」

「お姉さまは嘘をついている。僕を責める気がないなら、なんで僕が謝らなければならないの?本当は、僕のことがいなくなってほしいだろ」

幸一の思わずの反論に、姉たちはまた炸裂した。

「何を言ってるのよ!」

「姉だからあなたを大目で見るつもりなのに」

「ちっとも反省していないじゃない!」

「うちの唯一男の子だからって、姉たちに向けてそんな態度が許されると思うの!?」

一番短気な三女幸霜は幸一の綺麗な顔を叩こうと平手を上げる――

「おやめなさい!」

その時、ある大人の女性の声が響いて、混乱な場面を静めた。

「お母さま!」

「幸霜、あなたはこの玄家のお嬢様よ。そのようなまねはよしなさい」

「でも、お母さま!」

中庭に入ったのは、二人の侍女い従う貴婦人。

彼女はこの家の女主人・「韓婉如かんえんにょ」。

「お母さま、すみません。みんな、わたしのために……」

幸雲はさっそく韓婉如の前に来て、お礼とお詫びをした。

韓婉如は憐れな目で幸雲を見つめながら、彼女を起こした。

「そんなに落ち込まないで、良縁はきっとまたある。あなたがその姿でいると、亡くなったお姉さまに申し訳ないわ」

韓婉如はもともと玄家の正妻ではない。正妻の楊氏が病死した後、玄誠実は側室の韓婉如を正妻の位置にあげた。

つまり、彼女は前妻の子供たち・四姉妹と幸一の継母である。

娘たちを落ち着かせたら、韓婉如は幸一に向けた。

すると、温和な態度が一変した。

「幸一、あなたはこれから本家の私塾で勉強することになった。出発日は三日後、準備を整えてきなさい」

「!」

玄家本家の私塾は都の上京にある。そこで勉強することは、家を離れて上京で住むこと。

地方出身の子孫が本家の学堂で勉強するのは別におかしいことではないが、通常、十五歳の成人式が終わってからだ。

幸一はまだ十二歳未満。

どうやら、継母は一刻も早く厄介払いしたいようだ。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、遊ぼう!」

韓婉如が話をしている間に、二人の女の子が庭に入って、幸一に向けて走ってきた。

韓婉如の実の娘、双子の幸馨こうしん幸香こうかだ。

二人はまだ七歳、兄の「恐ろしい」ところがまだ知らない。

「幸馨、幸香、お兄さんは忙しいの。邪魔するのではない」

韓婉如は侍女たちに目配りをして、侍女たちはさっそく双子を連れて別のところに行った。

「……」

この家に居ても一人ぼっちだから、本家の私塾に行ったほうが自分のためになるかも……

幸一にとって、悪い提案ではない。

でも、やはり悔しい。

自分はなんの悪いこともしていないのに……

最後に、彼は聞きたいことがある。

「お父様は、このことを知っているの?」

「旦那様はもう知っている。あなたを応援しているわ」

「……」

聞かなくても分かるような答えだ。

幸一は実の母親の記憶がない。

彼が生まれてからすぐ病死したそうだ。

父はお金と女にしか興味ない。

継母は父の妾たちを上手に管理しているから、父に気に入られて、正妻に上げられた。

幸一が父に関する一番鮮明の記憶は、一族の宴で、

「聡明?とんでもない!あの子はお金のことがちっとも理解していない。わしのいいとこをまったく受け継いでいない。彼がほしい人がいれば、養子にあげるぞ!」

と笑い話をする父の姿だった。

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