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(オレは……また無力なのか?)
ユーノが元の姿に戻り、そこに短剣を突き立てられようとしているのを、オレは床に重圧で押さえつけられたまま見守るしか出来なかった。
どうしてこんな事になったのだろう? オレは昨日の事を思い出す。
「なあユーノ。本当に今更なんだけどさ」
「んっ!? 何?」
大神殿でユーノに用意された一室。そこに転がり込んだオレは、明日の準備を進めるユーノにちょっと遠慮がちに尋ねる。
「あのさ。明日ユーノは正式にブライト様に勇者だって認定される訳じゃん? その、嫌じゃ……ないのか?」
「う~ん。嫌っていうか……ちょっと言葉にまとめるのが難しいかな」
明日の段取りを確認しながら、ユーノは少し考えてそう返す。
「急に自分が勇者だって言われて、村から連れ出されて、わたしはあんまり覚えていないけど勇者としてのワタシがブライト様と軽く喧嘩して、そしたら今度は今のわたしに勇者になれって。……ふふっ! こんな忙しい日々、これまで想像も出来なかったよ」
ぽつりぽつりと話すユーノに、ライは口を挟まずじっと聞いていた。
「毎日知らない人達から声をかけられて、厳しい訓練を受けて、もうダメだって何度も思ったんだよ? ぐっすり眠っているのに身体は怠くて、なんだか世界は薄暗くって、昨日だって……急にクラっときて倒れちゃった。でもね!」
そう言うと、ユーノは急に朗らかな笑みを浮かべる。
「
実際ユーノ……と護衛役のくせにこっちに絡んでくるレットの奴と一緒に町を回っている時、ユーノの目は以前のように輝いていた。大神殿での暮らしはそれだけ辛かったのだと、知らず知らずの内に拳をギュッと握りしめる。
「町の人達は笑ってた。聖都と村じゃ規模が全然違うけど、皆一生懸命暮らしてるのは一緒だった。それを見てなんとなく気づいたんだ。勇者っていうのはまだ良く分からないけど、多分そういうヒト達の笑顔を守るのが勇者の責務なんだって。そして」
そこまで言って、ユーノはじっとオレの顔を見つめる。
「その中には兄さんやお父様、オーランドさんやレット君達。村の人達も聖都の人達も皆入ってるんだって思ったら……うん。やらなきゃって思ったんだ。わたし流されてばかりだけど、自分の意志でやらなきゃって……そう思ったんだ」
それは、ある意味で父さんが日頃から言っている言葉に通じるものがあった。
『良いかライ。貴族とは他よりちょっとだけ偉くて威張れる代わりに、いざとなったら身体を張って皆を守らなきゃいけない。それはほとんど名ばかりの貴族である私も同じだ。それが責任というものだ。責任を果たし続けるからこそ、村人達も着いてきてくれる。……だけどな。逆に村人達が私を信じて着いてきてくれるからこそ、
多分オレにも分かるよう大分かみ砕いて話してくれたのだろうけど、ユーノもそれを聞かされていたんだろう。だから、
「じゃあ……オレがユーノの笑顔を守るよ! ユーノが勇者として皆を守って、その分オレがユーノを守る。そうすれば皆笑っていられるだろ?」
そう言うとユーノは一瞬ぽかんとした顔をして、
「……ふふっ! なら安心だね! じゃあ、明日の式典の時も一緒に」
「ゴホンゴホン!」
そこへ大きな咳払いが聞こえてオレ達はそちらの方を向くと、そこには今までずっと部屋に控えていたレットの姿が。
「あ~。勇者様のお兄様。そろそろ準備がございますのでご退出を。……というか人前で二人だけの世界を作るんじゃないっ!? さっさと自分の部屋に帰れっ!」
「分かった。分かったってっ!? じゃあなユーノ! 明日は頑張れよな!」
オレはレットに押し出されるように部屋を出ると、そのまま自分に用意された部屋に戻った。
そして今日、流石に同じ場所に居る事までは許されなかったので自室で式典を見守っていたらこの騒ぎだ。
オレの脳裏に先生が言っていた予言が浮かぶが、確かあれはブライト様との交渉で解決した筈だ。でも居ても立っても居られず、オレは木剣だけ持って走り出していた。途中、
「なんでお前がっ!? さっさと戻れっ!」
「ユーノのピンチに黙ってられるかよっ! お前こそ騎士団見習いなんだろ? 避難誘導でもしてろ」
「そっちは別の担当が居る。なら元側役として助太刀に行った方が良いと判断したんだ」
同じように走っているレットと言い合いながらもバルコニーのある部屋に到着。丁度やってきた他の騎士団らしい人達と一緒に突入し、襲撃してきた奴を取り囲みながらユーノを守るように立って、
ズンっ!
急に襲ってきた重圧に立っていられなくなった。
前にブライト様から受けた奴と似ているけど、それよりも数段強いというか加減の少ない圧で、皆その場で身動きが取れずにいた。
そこで見せられたのは、勇者としてのユーノと襲撃者の聖剣同士の激突。そして、
(ユーノっ!? 動けよオレの身体っ!? くっそおおぉっ!?)
オレの目の前で、ヒトの姿のユーノめがけて短剣が突き出されようとしている。だというのに重圧で身体はピクリとも動かない。
(また、なのかよ。オレは、オレの力じゃ誰も守れないのかよ)
脳裏に村をホブゴブリンが襲った時の事が蘇る。あの時オレは普通のゴブリン達の相手が精いっぱいで、ホブゴブリンにはキツイ一撃を貰って死にかけただけだった。倒したのはユーノで、手助けも精々が剣を渡しただけ。
脳裏に村にオーランドさん達がやってきた時の事が蘇る。あの時オレはレットにコテンパンにのされて、みすみすユーノだけ行かせる形になった。今ここにオレが居るのは父さんの代わりとしてだ。オレだけで出来た事なんてたかが知れている。
オレがもっと強ければ、ホブゴブリンだってやっつけられたし、ユーノが聖都に行くのにも普通についていく事が出来た。
(オレに、もっと力があれば)
オレは重圧の中、それでもユーノに向けて手を伸ばそうとして、
“
どこかから、声が聞こえた気がした。
(だ、誰だ?)
その瞬間、妙に時間がゆっくりに感じられた。一秒が何分にも引き延ばされるような、或いは自分だけ凄い速さで考えているような。
それと共に、どこか聞き取りづらかった声が少しずつ明瞭になっていく。
“テヲノバセ。モット先へ。これは、届かぬ先へ手を伸ばし続ける者が持つべき力”。
「何のことか良く分からないけど……つまりは力をくれるっていうんだな? どっかの誰かさん?」
“違う。これはお前が生まれた時から持っていた力。己が身を、魂を、命を燃やし、全てを糧として望む先へ届かせる力。何かを望むなら、
気が付けば、その不思議な声は自分の内側から響いてくるような気がした。
胡散臭い事この上ない。父さんも母さんも、上手い話は必ず少し考えてから決めろと言っていたし、話しぶりからして何が起こってもおかしくない。でも、
(……兄さんっ!)
ユーノの笑顔を思い出して心を決める。それを守る為なら、オレはっ!
バキィっ!
気が付けば、重圧をものともせずに身体が動いていた。オレは襲撃者の短剣を木剣で受け止める。
「……はぁ…………はぁ。だ、大丈夫かユーノ?」
息は荒いけど身体は軽い。気のせいか全身からうっすら赤い靄みたいな物が立ち上っているけどそんなの後回し。
「この野郎……ユーノから離れろっ!」
オレは勢いよく木剣を振るい、襲撃者を弾き飛ばした。
“スキル使用承認。スキル《|■■■■■《ライオンズプライド》》を発動します”。