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勇者襲撃 その一


 その日は聖都において記念すべき日になる筈だった。


 勇者のお披露目。伝説にうたわれた勇者を偉大な神族であるブライトが見出し、正式に認定し加護を与える。その式典は滞りなく進んでいた。


 聖都の市民達に初めて勇者……ユーノが姿を見せた時は、これが本当に伝説の勇者なのかと疑問に思う視線もあった。勇者がこの聖都の出身ではない事に納得のいかない者もいた。だが、



「いずれワタシに至るかもしれないわたしも含めて、。勇者がここの民じゃないと物申すのなら、まず見出した神族様にすることね」



 一瞬だけその姿を変じたユーノの言葉。そこから感じられる圧は紛れもなく勇者、或いは神族から放たれるそれに近しく、疑念を打ち消すには十分過ぎた。


 途中聖都の有力者からの祝辞が挟まり、後はブライトが正式に元の姿に戻ったユーノを勇者として認定し加護を与えるだけ……その時の事だった。


『そろそろ終わりが近づいてきたな。最後にビシッと決めようじゃねぇか。ユーノ。オレの前に』

「は、はいっ!?」


 ブライトがニヤニヤと手招きすると、ユーノは緊張しながらもゆっくり歩み出て片膝を突く。


『さ~て。ここは少し真面目に行くぜ。……


 ブライトの雰囲気がガラリと変わり、明らかなヒト以上の存在感と共に厳かに語り掛ける。


『神族と世界と人々の調停者。時に神族の言動を諫め、時に世界からの言葉を伝え、時にヒトの命と尊厳と祈りを守る者。そう在らんとする者よ。汝はその責務を成す覚悟があるか?』

「……はい」


 ユーノは一拍の間をおいて頷き、ブライトは一瞬満足げな表情をしてすぐに厳かな顔に戻る。


『ならば、ここに我が加護を与えると共に宣言しよう。ユーノ・ブレイズよ』


 ブライトはそのまま片手に白い光を宿し、その手をユーノの頭に置こうとし、


『汝こそ、当代の勇』



 ブオンっ!



『「……っ!?」』


 その時、重低音と共にバルコニーの床に黒い渦のような物が滲み出る。次の瞬間、


 ザッ!


 渦から人型の何かが飛び出したかと思うと、一直線にユーノへ向けて駆け出した。


 その敏捷さは獣のそれ。ユーノまでの距離などまさに一息。襲撃者はその手に黒い短刀を構え、ユーノの喉元を切り裂かんと迫る。


 もしここで、心身共に擦り切れたままであれば、反応が間に合わず致命の一撃を受けていただろう。


 或いは開斗達と会った事でブライトが、ユーノに勇者としてもお気に入りの玩具バイマンと繋がりのある人物としても興味を持っていなければ、助ける価値無しと判断し見殺しにした未来もあっただろう。だからこそ、


 ガキィンっ!


「就任祝いの挨拶にしては少々過激な事ね」


 咄嗟に勇者としてのユーノに代わり、式典用の儀礼剣での迎撃が間に合ったのも、


『そうだな。まあとりあえず……

「……くっ!?」


 ブライトが軽く手を振り、襲撃者をバルコニーの壁まで弾き飛ばしたのも、それまでの行動の積み重ねだったと言えるだろう。





 聖都の市民達は、画面に映るバルコニーの状況を見てざわついていた。式典に乱入者が現れ、あろう事か勇者に剣を向けたのだから当然か。


 しかしもっと驚いたのは、


『ほぉ。小柄な見た目の割に頑丈だな』


 叩きつけられた襲撃者。それがよろめきながらも立ち上がった事にブライトはそんな声を漏らす。


 それもその筈。ブライトは襲撃者を弾き飛ばすと同時にその身体に圧を叩き込んでいた。まるで本気ではないが、常人なら指一本動かせないものだ。


 それを耐えて立ち上がり、尚且つこちらを窺い短刀を構えたままの様子に、ブライトは驚きと僅かばかりの興味を持った。


「ブライト様。如何します?」

『まあ待て。只のネズミかと思えば中々面白い。……良い余興だ。おいユーノっ!』


 加勢しますかと進言するユリウス枢機卿を制止し、ブライトはユーノに話しかける。


『勇者ならこの程度苦境にもならねぇよな? ここは一つ、市民達の前で良い所を見せてみな!』

「……ふぅ。襲撃を余興にしようという神族の精神には呆れ返るわね。でも」


 小さくため息を吐くと、ユーノは儀礼剣を数度振るって感触を確かめ襲撃者に向けて構える。


「襲ってくるのなら迎撃させてもらうわ。かかってきなさい。名も知らぬ誰かさん」


 その口上に襲撃者は何も言わず、再び弾丸のようにユーノに向けて疾走した。





 キィン! キィン!


 バルコニーに金属同士のぶつかり合う音が響く。それはユーノの儀礼剣と、襲撃者の短剣がぶつかり合う音だった。


 襲撃者はそれなりに広いバルコニーを縦横無尽に駆けて切り込むが、ユーノは迫りくる刃を全て切り払っていく。


「……しっ!」

「はああっ!」


 キンキン!


 時折襲撃者が距離を取り、ローブの下から黒刃を取り出し投擲するも、ユーノは剣を振るって弾き返す。それをブライトは壁に寄りかかりながらニヤニヤ眺めていた。だが、


(……分かっちゃいたがユーノの勝ちか。オレの圧に耐えて戦闘続行したまでは良かったがその後がよろしくない。


 襲撃者の実力は悪くはない。だが純粋な戦闘力では明らかにユーノが格上。奇襲が失敗した以上、即撤退するのが暗殺者の定石だ。


 最初は逃走する機会を伺っているのかと思ったブライトだが、それにしては愚直なまでにユーノの首を狙っている。時折自分に刺すような敵意を飛ばしているのは気にかかるし、余興としては悪くないがそろそろメインを進めたい。そんな事を思っていた時、


 キィン! ズザザっ!


 ユーノの一閃が襲撃者の短剣を弾き、そのまま地を削るように距離を取る相手に剣を向ける。


「ここまでね。おとなしく投降しなさい」

「……まだ、ここからだ」


 丸腰になったかと思いきや、襲撃者は今度は二振りの短剣を取り出して逆手に構える。先ほどより堂に入った構えから、こちらが本来の構えだとユーノはすぐに察した。


「今までは様子見? 舐めているのか慎重というべきか……まあどちらでも良いわ。投降しないというのなら力づくで……っ!?」


 その瞬間、ユーノの身体が一瞬ブレた。この姿でいられる時間が残り短い事を察したユーノは、勝負を決めるべく切り札を一つ切る。それは、


「……今この一時のみ、この剣は聖剣へと昇華するっ!」


 ユーノの手から儀礼剣へと光が伸び、その刀身を覆う様子に様子を観戦している市民達がどよめく。


 これこそは神族及びごく一部の超越者、そして勇者のみが扱えるとされる秘法『聖剣昇華』。あらゆる武具や道具に魔法、それも光属性だけでなく様々な属性を付与し、それを勇者の使用に足る神器、聖剣へと昇華させる技。


 ただの『魔法付与』とは格が違うそれは、使用者がヒトの上位存在である事の証明でもある。


 ダッ!


 ユーノは時間がないと判断し自分から打って出る。狙うは襲撃者ではなく襲撃者が持つ双短剣。


(他にどれだけ武器が仕込んであったとしても、それらを全て聖剣で破壊してしまえば戦いは終わるわ。そうでなくとも主武器を失えば確実に戦意は削げる筈)


 その考えは間違いではなかった。


 派手な魔法を使えば周囲に被害が出る可能性もある。なるべく敵も味方も傷つけずに穏便に事を済ませるなら、聖剣による武器破壊が最善に近い選択肢だった。ただ……一つだけ誤算だったのは、







 ガキィィンっ!


「なっ!?」

『…………へぇっ!』


 その光景に、切りかかったユーノ本人どころか周囲の人々、そしてブライトすら驚きを隠せなかった。何故なら、


……ですって?」


 襲撃者の握る双短剣。それがその手から流れ込むドロドロとした濃密な闇を帯び、ユーノの聖剣と鍔迫り合っていたためだ。


 光と闇。明らかに反発しあう魔法を纏った一振りと二対の聖剣が白と黒の火花を散らす中、ユーノは静かに尋ねる。それは、



「アナタ。何者?」

「見たら分かるでしょ? わたしは……

「奇遇ね。ワタシもよ」





 そんな中、


「急げっ! まさかこんな予言が出るなんてっ!?」

『ホントどうなってるんでしょうねこれっ!?』


 開斗とヒヨリは大神殿の一室からバルコニーへ駆けていた。つい今しがた出た恐ろしい予言。



 “”。



 そんな訳の分からない予言を少しでも覆す一助になる為に。



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