式典当日。正午。大神殿前広場にて。
「「「わああああっ!」」」
普段は限られた人しか立ち入らない中央地区。しかし今日ばかりは特例とばかりに地区を問わず、聖都に住まう市民が大挙していた。
急遽設営された観客席にて、市民達はこれから起こる事を話し合い、熱狂し、その時を待ちわびる。
数日前聖都中に下された、伝説の勇者がこの日お披露目されるという神託。元々勇者を知る人物は聖都でも僅かだったが、伝説の概要が広まりその人物に偉大な神族様が加護を与えるという式典とあっては期待も高まる。
ブオンっ!
突如広場のあちこちの空中に、何らかの魔法によって大神殿バルコニーの様子が映し出された。
「一同控えよっ! 七天主神ブライト様の御前であるっ!」
そこに立つ豪奢な法衣を着た男、七天教枢機卿の一人ユリウスが大音声を響かせ、ざわめきが瞬く間に静まっていく。そして、
コツ。コツ。
『よぉ。親愛なる聖都の市民共。今日も神族に比べれば儚く短い人生を、それでも自分達なりに張り切って生きてるかい?』
画面のユリウスがスッと下がり、代わりに中央にフランクな態度で進み出たブライトが見えた瞬間、市民達は誰に言われる訳でもなく自然と頭を垂れていた。そのまましばらくして、
『おいおい。オレに敬意を示すのは結構だがよ。いつまでもそれじゃあ進まねぇだろ? 顔を上げな』
その言葉に市民達が顔を上げていく事を満足げに見て、ブライトはそのまま朗々と語り始める。
『さあてお前ら。突然だがオレは面白い事、楽しい事が好きで退屈は大っ嫌いだ。だから毎日何か面白い物はないかと探している。そんな中、珍しい奴を見つけたんだよ! 伝説にうたわれ、世界に愛され、オレのような神族に文句を言う事を許された数少ない者。勇者って奴をさ!』
先ほどまでの気だるげさはどこへやら、今のブライトの言葉にはどこか熱が籠っていた。まるで遊びがいのある玩具を手に入れた子供のように。
『まだ子供で伝説にあるような力も技も魔法も育っちゃいないが、これを放っておく手はない。別にぶっ潰してやろうってんじゃないぜ? 優しく手取り足取りオレ好みに育ててやろうって話さ。てな訳で……出てきな勇者よ』
そう言い終わるなり、ブライトはゆっくりと振り向いて片腕を広げる。その先には、
「は、はいっ!?」
式典用に誂えた、聖国風法衣をベースに所々王国風の飾りを付けた礼服を纏う、ガチガチに緊張したユーノの姿があった。ブライトに促されバルコニーの中央に立つユーノだが、
「……うっ!?」
視線。視線。視線。
好奇の視線。期待の視線。そして、僅かながらの暗い視線。良くも悪くも束ねられて限りなく圧に近くなった視線にユーノは小さく呻く。
逃げたい。投げ出したい。そんな気持ちがユーノの中に溢れる。だが、
「ユーノっ!」
「お嬢様!」
「ユーノ様!」
そう自分を案じる幾つもの声が聞こえた気がしてユーノはハッとする。
きっとどこかで、大切な人達が見守ってくれているのだと思うと、いつの間にか緊張も逃げ出したい気持ちも落ち着いていて。
コツン。
「聖都の皆さん。わたしは……ユーノ。ユーノ・ブレイズ。ただいまブライト様にご紹介預かりました……勇者です」
「「「うおおおっ!」」」
勇者と名乗った瞬間市民達のどよめきが熱気を伴って響くが、ユーノは静かにそれを受け止めて話を続ける。
「この度は偉大なる神族様に見出していただいた事に深い感謝と光栄を……いえ。ここからは自分の言葉でお話しします」
それは段取りとは違う流れ。本来ならユーノが神族を称える美辞麗句を述べ、その後ブライトが正式にユーノを
だが、一番近くに居たブライト自身がニヤニヤしながら動かないのを見て、聖都側の面々もユーノを止めようとはしなかった。
「わたしは王国の出身です。そこで穏やかに暮らしていた所をブライト様に見出され、この聖都にやってきました。自分が勇者であると知ったのもそれが最初です」
出身を聞いて市民の一部がざわついたが、それもまたすぐに収まる。
「わたしはブライト様が仰ったように、勇者らしい事はほとんど出来ません。武器を振るった事もなく、使える魔法も光属性だけ。それも出来るのはほんの少し傷を癒す事のみ。神族様に意見出来ると言っても、偉大な御方の前に立つだけで身体が震えてしまいます。勇者というには情けない姿です。……ですが」
そこでユーノは一歩前に出て、市民達に切々と胸の内を訴える。
「わたしを勇者としてではなく、ただのユーノとして見てくれる人が居ました。ただの友人として、家族として、或いは勇者であってもユーノというわたしとして見てくれる人が居ましたっ! だからそういう人が少しでも居る限り、わたしは勇者でありたいと思います」
それはどこまで行っても子供の論理。有るのは意志と願いだけ。はっきりと目に見える根拠もない戯言。だからこそ、目に見える根拠が現れる事で説得力が生まれる。つまり、
「そんな頼りないわたしですが、まだ未熟で認められていないわたしですがっ! どうか見守っていただけたら嬉しいですっ! ……最後に、もう一度宣言させていただきます。わたしは……いえ、わたし
ドクンっ!
一度大きくユーノの内側から鼓動が聞こえたかと思うと、次の瞬間ユーノの姿は光に包まれ、もう一人のユーノが姿を現す。
「いずれワタシに至るかもしれないわたしも含めて、
そう鋭く啖呵を切る勇者の姿は、間違いなく説得力に溢れていた。