勇者お披露目の式典前日。聖都南側区画にて。
「見ろよユーノ! こ~んなデカいパイ生地は見た事ないぜ!」
「本当! 村で見た生地の倍くらい大きい! すみません。こちらは売り物なんですか?」
「ああ。いよいよ明日に迫った式典で売り出す特別製の試作品だ! ここまでデカいパイを焼くのはウチぐらいだろうな! 明日店頭に並べるから、良かったら食べてってくれよ嬢ちゃん達」
「おう! でもその前に今日の分も買わなくちゃな! おっちゃん。そこのミートパイを
「まいどあり!」
親善大使としての余所行きの服も、勇者としての上質な服も脱ぎ捨て、偽装用の魔道具を身に着ける事で一般家庭の子供に見えるライとユーノは、こうして聖都の通りを見て回っていた。それを、
『どうやら楽しんでいるみたいで何よりですねぇ』
「ああ。まったくだ。ユーノが倒れた時は焦ったが、上手く行っているようでホッとするよ」
当然遠くから見守っている者達が居る。俺達を始め、ジュリアさん達やオーランドさんの手の者も離れた所に居る筈だ。
実は昨日、ユーノの見舞いに行ったライから持ち掛けられたのだ。厳しいとは思うけれど自分とユーノに明日丸一日休みが欲しいと。
「ユーノには公務を放り出すって言ったけどさ、それはそれとして一言誰かに言っとかないと騒ぎになるからな。だから先生。そういう事で皆に上手く言っといてよ! お願いっ!」
そう頼まれてしまい、なんとかあちこち駆け回って許可を取り付けた。元々公務の挨拶回りは、昨日ユーノの面会に行く前に大半を終わらせている。残りは最悪明日に式典中に出席している方々を回るという手もあるのだ。誤魔化しが利かない訳でもない。
問題はユーノの側の許可が下りるかどうかだったが、それは向こうもごたごたしていたのと、ある条件を受ける事でOKが出た。それは、
「お待たせしましたユーノ様。こちら、僕のおすすめのミックスジュースでございます。絶妙な果物の配合は癖になる事間違いなし。ご賞味ください」
「わあっ! ありがとうレット君!」
「……おい。オレの分は?」
「自分で買ってこい。そこの店で売ってる」
「おのれこの野郎っ!? こっちはお前の分までミートパイを買っておいたってのに」
「まあまあ兄さん。わたしの分半分あげるから…………これってもしかして間接……やっぱりダメ!」
この通り。現地案内人兼護衛としてレットが同行する事だ。相変わらずライとはバチバチに仲が悪いが、そこはユーノが居る事からどうにかまとまっている。
『むっ!? 次の所に移動するみたいですよ』
「行こう。くれぐれも悟られないようにこっそりとね」
少年少女達の心穏やかな一時を邪魔する訳にはいかない。俺達は静かに後をつけていった。
その後も三人の珍道中は続き、
「ユーノ様。こちら、最近聖都でも人気の職人が腕を振るったアクセサリーだそうですよ? ……いかにもがさつそうな君には無縁だろうがユーノ様のついでに見ていくと良い。比較対象が居る方が際立つ」
「まあこういうのに縁が無かったのは認めるけどさ。……これなんか似合うんじゃないかユーノ?」
「わあ綺麗っ! ……だけどお小遣いじゃとても買えないね。大人になったらまた来ようね!」
「見てみて! あれって大道芸かな? 幾つものボールが生きているみたいに宙を舞って……凄いっ!」
「……ふむ。見たところ魔力の流れも感じないし、いったいどうやって」
「何だ。あんなのも分かんないのか? よく見たらあのボールにはほっそい糸が」
「し~っ!? 兄さんタネをばらすのは無しだよっ!?」
「ふん。流石に魔法が下手なだけあって、こういった魔法を使わない小細工を見破るのは得意だな」
「や~い。タネが分からないからって僻みか? 悔しかったらそっちも自分で見破りな!」
そんなこんなで時間は過ぎ、気が付けばもう夕方に。
「本当にありがとうございました」
「お姉ちゃん。ばいば~い!」
「ばいば~い!」
途中で迷子になって泣いていた子供を無事母親の所に送り届け、大きく手を振るユーノ。そして、
「ごめんね二人共。付き合わせちゃって」
「いえ。勇者としてもヒトとしても、今のは正しい判断だったと思いますよ。多少時間をくったのは事実ですが」
「ちょっとくらい時間がかかったからってなんだよ! ユーノが少しは明るくなったみたいで正直ホッとしてる」
ライの言葉通り、朝はどこか遠慮がちでふとした瞬間に暗い表情を見せていたユーノだが、今は大分明るくなっていた。
「ありがとうね。……わたし、さっきあの子の擦り傷を治した時に思ったんだ。全然光以外の魔法も攻撃魔法も使えないけど、それでもああしてヒトを笑顔に出来るんだって。わたしそんな単純な事もすっかり忘れてた」
実際、村で村人たちの治療をしていた時のユーノは今よりもイキイキしていた。自分でも誰かを助けられるという分かりやすい行動だったからだろうな。
それが、この聖都に来てからはそういった機会に恵まれず、苦手な攻撃魔法の練習ばかり。練習が無駄とは言わないが、これでは気が滅入るというものだ。
「でももう大丈夫! わたし、明日の式典頑張るから!」
「……そうだな」
そう言ってむんっと腕を上げるユーノに、レットは何も言わず、ライは気遣いながらも頷いてみせる。すると、
「元気になったようで何よりです。……ではそろそろお戻りを。明日の準備がございますので」
どこからともなく法衣の集団がユーノ達の前に進み出る。ライが警戒するが、レットが警戒していないのを見るとどうやら聖都側の迎えらしい。
「そうですね。じゃあ帰ろうかレット君。兄さんも一緒に!」
「ユーノ様。一応彼は部外者で」
「固い事言うなよ! 勿論一緒についていくさ。……皆さんもお願いします!」
突然ライがあらぬ方向に声を張り上げる。どうやら俺達やジュリアさん達が見守っている事に気が付いていたな。
そうしてぞろぞろと帰路に就く中、
『……結局、
「ああ。流石に白昼堂々は来なかったか。折角遠巻きに
俺とヒヨリはそうぼやく。わざと俺とヒヨリで単独行動をしているように見せて、先日夜中に襲ってきた何者か。口ぶりからブライト様の配下ではなく、神族へ強い恨みを抱いている誰かを誘い出そうとしていたのだが、どうも空振りのようだ。
「俺達もユーノ達が帰るのを見届けてから戻るとしようか。……もう少し護衛をよろしくお願いします! 『
「了解した」
近くの暗がりから聞こえる返事に軽く会釈すると、俺達はまたユーノ達を追って歩き出した。