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ライは敗北の味を噛みしめる


「ぐああああっ!?」


 強烈な一撃を肩に貰いながらも、咄嗟に転がりながら受け身を取って立ち上がるライだったが、


「……っあ!? ……はぁ……はぁ」


 剣こそ取り落としてはいないが、もう片方の手で肩を押さえつつ息を荒げ、痛みからか脂汗を流している様は、もう戦闘続行は難しいのは誰が見ても明らかだった。


 それは当然審判二人にもすぐに伝わり、


「そこまでっ! 勝者、レット・っ!」


 オーランドさんがそう高々と宣言し、バイマンさんは頷きつつうんっ!? と何か引っかかったような顔をする。


 そして勝負が着いた瞬間、カランと音を立ててライは木剣を取り落とし、


「兄さんっ!? 大丈夫っ!?」

「しっかりしろライっ! ヒヨリは急いで医者をっ!」

『わっかりましたっ!』


 ユーノが泣きそうな顔で駆け寄り、ライの肩に手を当てて回復魔法の光を放つ。すると少しずつライの顔色が良くなり、荒かった呼吸も整ってきていた。俺は少し遅れて続き、ヒヨリは医者を呼びに飛ぶ。


「レットっ!? やり過ぎだぞっ!」

「やり過ぎ? 相当手加減してますよオーランドさん。こんな一撃聖都の衛兵なら誰であれ……まあオーランドさんの部隊なら皆対応できます。……おい」


 オーランドさんに窘められながらも、レットはゆっくりと治療中のライの前に歩いてくると、見下ろすように目の前で止まって木剣を突き付ける。そのまま歯を食いしばって睨むライの眼力をものともせずに。


「お前。余程甘やかされて剣を教わったんだろうな? 確かに僕より剣の振りは速いし型も悪くない。身のこなしも相当だ。だが、が圧倒的に足りてない。それじゃあ勝てるのはお行儀の良い試合だけだぞ」

「まだだ。オレは……まだ負けてない。お前が魔法を急に持ち出さなければ」


 必死に剣を押しのけて立ち上がろうとするライに対し、レットは呆れたような目を向ける。


? 武器こそ互いに同じ木剣だがな、さっきバイマン男爵様はこう言ったぜ? 相手を円の外に出すか降参させるか強烈な一撃を決めれば勝ち。って」


 ハッとしたライがバイマンさんを見ると、バイマンさんは静かに肯定の意を示す。


「後ろの勇者様やお前の先生らしき男は、僕が魔法を使おうとした瞬間に気づいていたっていうのにな。お前は自分の剣の才能だけにかまけて、それ以外の手を考えようともしなかった。この世界で腕の立つ奴は、皆凄いスキルの保持者か剣と魔法のをきちんと鍛えて居る奴だっていうのにな。それで勇者様を……だなんてどの口でほざく」


 ポカっ!


「いってっ!?」


 そこでレットは手首のスナップを効かせて木剣を閃かせ、ライの頭の部分を軽くはたいた。そのまま身体を勢いよく押され、ライは地面に転がされてユーノに慌てて支えられる。


「どれだけ強かろうが、才能が有ろうが、守るべき者を守れなければただの負け犬だ。なら……キャンキャンうるさいその口を閉じて、精々静かに勇者様の旅の無事を祈ってろ。それが負け犬にでも出来る仕事だよ」


 そうレットは鋭い口調と目つきで言い残し、最後にまたふんっと大きく鼻を鳴らして訓練場を去っていった。


「待てレットっ!? ……すまないバイマン。レットには後で私がキツく言っておく。最後のアレはいくら何でもやり過ぎだった。剣も言葉もな」

「いや。ある意味これで良かったかもしれん」


 レットの代わりに頭を下げるオーランドさんに対し、バイマンさんはゆっくりと首を横に振る。


「ライの場合、その才能故に同年代で相手を出来る者がほとんど居なかった。かと言って俺や村の兵士ではどうしても甘さが出る。だからこそこの敗北は貴重だ。……まあ立ち直るまでしばらくは掛かるだろうがな」


 そう言って、バイマンさんとオーランドさんもまた訓練場を出て行った。そして、


「……ごめんな。ユーノ。先生。オレ……勝てなかったよ。折角応援してくれたのに」


 そう力なく、絞り出すようにライは口にした。


「良いの。それより今は傷を治さないと」

「ごめん。……アイツの言う通りだよ。守る守ると言っておきながら、肝心な時にいつもオレは何も出来ていなかった」


 ダンっとライは無事な方の手を地面に叩きつけた。しかし、それは明らかに普段よりも力がない。


 いつの間にか、ライの目から涙が零れていた。必死に我慢しようとしているのが分かるのだが、それでも染み出すように涙が溢れてくる。


「この前村が襲われた時もそうだ。結局オレが出来たのは時間稼ぎだけ。終いには腕を怪我させられて、もう一人のユーノが居なきゃ剣さえまともに握れない有り様になっていた。そんなんで守るだなんて……言える訳、なかったよな」

「…………ライ」


 いつの間にか肩の治療は終わっていた。最近ますます実力を伸ばしているユーノの回復魔法は、医者を呼ぶまでもなく打撲程度なら簡単に完治させてしまうのだ。



 だが、その心まではそうはいかない。



「オレは…………弱いな」


 そうして、ヒヨリが一応医者を連れてくるまでの間、俺とユーノが見守る中、ライは静かに涙を流し続けた。

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