「せいやあああっ!」
「うわああっ!?」
ズドンっ!
それは、俺が屋敷の訓練場でライと柔道の訓練に臨んでいた時の事だった。
「アイタタタ。相変わらず先生は強いや。オレもホブゴブリンをぶん投げて少しは強くなったと思ったのになぁ」
「いや。間違いなく上達しているよ。俺も少し危ないと思った時が何度かあった。しかしホブゴブリンのような巨体相手と、俺みたいに武術を学んでいる相手の投げの難しさはまた別物だからね」
少し本気で投げたのに、きちんと受け身を取ってみせたライを喜ばしく思いながら、俺は手を伸ばして起きるのに手を貸す。
剣といい柔道といい、やはりライには才能がある。俺に教えられる事などたかが知れているが、それでもこの才能を出来る限り健やかに伸ばしていきたい。そんな事を考えていると、
『大変大変っ!? 大変なんですよぉ~っ!?』
「何だ?」
珍しく慌ててヒヨリが外から屋敷に入って来た。きょろきょろせわしなく視線を彷徨わせる姿にどうしたのかと声をかけると、
『開斗様っ!? バイマン様を知りませんか?』
「バイマンさん? 確かさっき書庫で調べ物をしてくると」
『ありがとうございますっ!』
急いで向かおうとするヒヨリだが、少し思い直したのかこちらに振り向き、
『ワタクシはバイマン様にお知らせしてきますが、開斗様も念のため急ぎ村の広場へっ! 聖都からの一団が押しかけてバイマン様へのお目通りを願っています。……
「……そういう事か」
ヒヨリがそう言い残して今度こそ飛び去る中、俺はライに訓練の一時中断を申し出る。
「どうしたんだよ先生。確かに隣国からの使者は珍しいけど、何でまた先生が急に。それに勇者って」
「話は後だ。ライはしばらくここに」
「オレも行くよ。何かただ事じゃなさそうだし、いざって時にオレが居た方が村の人達に説明しやすいだろ?」
「……分かった。急ぐぞ」
本当ならライは置いておきたいところだが、今は問答している時間も惜しい。なので二人で大急ぎで村へと走り、
「お前達。オレの可愛い妹に何をするんだっ!?」
と、連れていかれようとするユーノを助けんとライが一団のリーダー格に飛び掛かり、ユーノを背に庇いながら周囲を睨みつける流れになった。
俺はと言うとその間、
「おおっ! カイトさんっ!」
「皆さん。何でこんなに殺気立っているか知らないがいったん落ち着いて。そちらの方々もっ! もうすぐバイマン様がこちらに参られる。その時に村人と乱闘していたという無様を見せるおつもりですか?」
必死に今にも衝突しそうな村人達と謎の一団に割って入って宥めていた。幸い俺は村人達から少しだけ信用されており、相手方も自分達から攻撃する気はないようでギリギリ抑えられている。ただ、
「
「……ギィ……ギイっ!」
ゴブリンに対してはかなりの敵意を向けていたので、これ以上拗れる前に命令して離れさせる。……ふぅ。後はライの側だが、あちらはあちらで厄介な事になっているようだな。
◇◆◇◆◇◆
「兄さん……この人達は」
「ああ。良く分からないが、ユーノを狙ってるんだろ? なら敵だな」
オレはユーノを庇いながら、目の前の男を油断なく見据える。
法衣の上からでも分かる体つき。少しだけ先生の技を齧ったから分かるその無駄のない重心の置き方。……まいったな。戦わなくても分かる。この人明らかに
「お前は……何者だ?」
「ライだっ! ライ・ブレイズっ! この村を治めるバイマン・ブレイズ男爵の嫡男にして、お前が手を出そうとしたユーノ・ブレイズの兄貴だっ!」
「ライ。そしてユーノ? …………そうか。あの小さな子供達が……成程。これもまた奇縁というものか」
何だ? 目の前の男は、オレ達の名を聞いた瞬間何か考え込み始めた。だけど、
「今だっ! 隙が出来たら屋敷に走れユーノっ! やああっ!」
「兄さんっ!?」
先手必勝っ! オレは男に向けて突貫する。正直まともにやったら勝ち目はない。でも父さんが来るまでユーノを守れればそれで充分。
オレは咄嗟に持ってきていた木剣を躱される事を前提で振るい、
ガツンっ!
「ふん。温い剣筋だな」
「なっ!?」
一団の中から飛び出してきた一人に、横から簡単に受け止められた。おまけに受け止めたのは
そいつは、見たところ俺と大差ない齢の子供だった。
法衣から僅かに見える褐色の肌。灰色に近い銀髪は陽の光を浴びてギラリと輝き、八重歯をちらりと見せて嗤うその顔は、整っているのにどこか獣みたいな雰囲気を感じさせる。
「はああっ!」
「うわっ!?」
そいつは力強く受け止めたままの剣を押し返し、俺は仕方なく少し距離を取る。……まいったな。ユーノがまだ走り出せていない。
「オーランドさん。何をやってるんですか? 普段のアナタならこの程度の相手、とっくに片が付いているでしょうに」
「ああ。すまないなレット。何……少し感傷に浸っていただけだ。すぐに終わらせる」
マズい。オーランドって呼ばれた奴の隙まで無くなった。
じりじりと迫る二人に対し、こちらも少しずつユーノを連れて後ろに下がっていく。そして、いよいよ限界を迎えようという所で、
『こちらですバイマン様っ!』
「これは一体何の騒ぎだっ!?」
「父さんっ!」
「お父様っ!」
ヒヨリを伴って、父さんが屋敷から凄い勢いで走ってきた。オレ達よりやや遅れてきたのは、丁度書庫に籠っていたからだろう。
「見ろ。バイマン様だ」
「村長さんっ!」
父さんが来た事で、また危うく限界を迎えそうだった村の人達が落ち着きを取り戻す。これには頑張って宥めてくれていたカイト先生もほっと一安心だ。これでどうにかなる! そう思った時、
「突然の来訪失礼する。“赤獅子”バイマン・ブレイズ男爵殿」
「……っ!? ああ。これは一体どういう状況かな? 聖都の守護者。聖護騎士団副団長オーランド・リオネス殿」
オーランドが父さんをを見るなり、そして父さんが状況を見るなり、互いに複雑な顔でそう切り出した。えっ!? 二人共顔見知りなのっ!? なんかただならぬ雰囲気なんだけど。
「何はともあれ、村を荒らそうというのなら誰であろうと許さん。それに聖国側から王国側にいきなり乗り込んできて暴れたとなれば国同士の問題となる。正当性があるのはこちらだ。そして何よりも」
父さんはオレとユーノの立ち位置を見て何かを察したのか、オレ達を庇うように前に立つ。
「この子達を狙おうというのなら、まずは
「フッ! 個人的にはそれも悪くないが、今回はそうもいかん。なにせこちらも神託を受けている。なので……今のお前に一番効くこれを提示させてもらおう」
好戦的な笑みを浮かべる父さんに対して、オーランドは懐から何かの紙を取り出して良く見えるよう広げる。それは、
「わざわざここに来る前に一度
「なっ!?」
父さんはひったくるようにその書状を手に取り食い入るように読み込む。しかし読めば読むほど顔は険しくなり、書状を持つ手に力が入って行く。それはつまり、内容が相手の言った通りだという事で、
「そういう事だ。今のお前には私を止める権限はない。強いて言えば親として子を守るというのであれば受けて立つが、その場合
そう淡々と告げるオーランドの言葉に、父さんはちらりと横目で村人達を見て何かを考えているようだった。そして、
「…………はぁ。良いだろう。では一度、
「分かった。話し合いに応じてもらい感謝する。……宮仕えは辛い立場だな。
「ああ。……ライ。ユーノ。一度屋敷へ戻るぞ。すまないがカイト殿とヒヨリ君も来てくれ」
「レット。君もだ。他の者達は数名こちらに同行を。残りは村の外の馬車に戻って待機だ」
そうどんどん事が進んでいく中、オレはユーノの手を取って不安を吹き飛ばすように笑いかける。
「大丈夫だって。この先どんな事になっても、ユーノは必ずオレが護るから」
「……うん。ありがと。兄さん」
そうして屋敷へと歩き出す中、
「…………ふんっ」
何故かレットって奴がこちらを見て、どこか不機嫌そうに鼻を鳴らすのが何故か印象に残った。