「はい。もう大丈夫ですよ!」
「ありがとうよユーノちゃん。最近腰の痛みが酷かったのがすっかり引いたわい」
「あ~でも、今日は安静にしてくださいね。無理するとまだぶり返しますから。お大事に」
常連のお爺さんを手を振って見送り、わたしはうう~んと腕を伸ばす。
このところ毎日わたしは村で回復術師さんの手伝いをしている。最初は少しでも襲撃で怪我した皆の助けになればと始めたけれど、今では純粋に相手が元気になって帰る姿を見るのが嬉しい。
『ど~も~! ヒヨリさんが遊びに来ましたよ! 今日もお元気ですね』
「こんにちはヒヨちゃん! 先生は往診に出ているけど、今丁度一段落ついた所だから上がって!」
パタパタと窓から入ってきたヒヨちゃんが留まれるよう小さな台を出しながら、わたしは笑ってそう返す。
この前お父様からペンダントを受け取ってからずっと具合は良い。いくら怪我を治しても疲れないし、魔力がどんどん身体から溢れてくる感じがする。……相変わらず回復魔法しか使えないけど。
『そのようですね! ……そのペンダント似合ってますよ』
「ふふっ! ありがと!」
そうしてわたし達は休憩がてら、たわいないお喋りをしていた。最近兄さんがますますカッコ良く見えてきた事とか、カイトさんの授業は普通と全然違う視点から見ていてためになるとか。そんな話をしている内に、
『……おや? なにやら外が騒がしいですね』
「ホント。何かあったのかな?」
わたしとヒヨちゃんは気になって様子を見に外へ出る。すると、
ザッザッ!
「なんだアイツら?」
「何だろうな。服装からすると聖都関係か?」
「物々しいったらないね」
村の通りを独特の法衣を着た集団が歩いていた。あの法衣は確か隣国の聖都の人がよく着る物だったかな? でも何でわざわざ森を越えてこんな所に。
『どうやら広場に向かっているようですねぇ。……ちょっと見に行ってみましょうか?』
「ダメだよ。まだ先生が帰ってきていないのに勝手にここを空けちゃ」
『ちょっとだけ! それにどうせ皆して見物に行って医者になんか来やしませんって』
確かに、今なら少しくらい大丈夫かもしれない。でも、
「……やっぱりダメだよ。もし急に大怪我した人が来たらどうするの。せめて先生が戻るまで待とう」
『おや真面目。でも……それはそれで正しい判断です。ではワタクシももうちょっと待つとしましょうか! どうせなら一緒に行きたいですしね』
そうウィンクしながら言うヒヨちゃんを嬉しく思いながら、わたし達は先生が往診から帰るのを待った。
それから少しして、戻ってきた先生に事情を尋ねるけれど良くは分からないという。なので許可を貰い様子を見に行く事にした。
『へぇ。結構集まってますね』
「そうみたいだね。……あっ!? 誰か出て来るよ」
一団を追いかけると、その人達は村の広場で立ち止まっていた。村人達が遠巻きに見ている中、少し他の人と法衣のデザインが違う男の人が前に進み出る。
法衣の上からでも分かる鍛えられた身体。短く刈り込んだ新緑の髪に鋭い目つき。どうやらこの人がリーダーみたい。
「失礼する。此度は突然の来訪で騒がせた事をまず詫びさせてもらおう。我らは聖都からの使者である。我が名はオーランド・リオネス。この隊を預かる者だ。この村を治めるバイマン・ブレイズ男爵にお目通り願いたいっ!」
「お父様に?」
声を張り上げるリーダー……オーランドさんの言葉に、わたしを始め村人達が反応する。口々に何で村長さんをという言葉に対し、オーランドさんは片手を大きく広げて続ける。
「我ら七天教徒が戴く偉大なる神族の一柱にして筆頭。七天主神ブライト様のご神託により、この地に“勇者”が居ると伺い参上した。何か知っている事があれば教えてもらいたい」
トックン!
「勇者? 勇者って……何だ?」
「さあな? 勇気ある人って事か?」
「じゃあバイマン様だな!」
勇者? 一体何の事だろう? 一瞬胸の奥が弾んだような気がするけど聞いた事が無い。ふと見ると、ヒヨちゃんは何か気になる事があるのか少し険しい顔をしてオーランドさんを見つめていて、
『ユーノちゃん。ワタクシ、これから一飛びしてバイマン様を呼んで参ります』
「そうだね。あの人達もお父様に会いたいみたいだし」
『良いですか? ワタクシが呼んで戻るまでの間、ユーノさんはこのまま待機……いえ、出来れば目立たないようさっきの場所に戻ってください。良いですね?』
そうどこか焦ったような態度で言い残すと、ヒヨちゃんは大慌てで屋敷に飛んで行った。いつものヒヨちゃんらしくないな。だけど、あそこまで言われると素直に聞いた方が良い気もする。
じゃあそろそろ戻ろうかと思った時、
「おいっ!? 何故こんな所にモンスターが居るっ!?」
一団の一人が、偶々とある家の壁を磨いていたゴブリンを指差した。カイトさんがテイムして村に居着いているゴブリンさんの一体だ。そして、
「失せろ。汚わらしい」
『ギャアアアっ!?』
突然その人は風魔法で真空の刃を生み出し、ゴブリンさんに向けて撃ち出したのだ。刃が腕を切り裂き、地面をぼたぼたと血で濡らしながらゴブリンさんが痛みで絶叫する。
「馬鹿者っ!? 何故攻撃したっ!?」
「何故ってオーランド様。汚らわしいモンスターは見つけ次第即刻処分しなくては」
「ここは聖都とは違うのだぞっ! こんな村の只中に居て周りの村人が平然としているのだ。テイムされた比較的安全なモンスターに決まっているだろうがっ!? 誰か早く治療をっ!?」
魔法を放った人にオーランドさんが怒鳴りつけていたけれど、そんな事はどうでも良かった。
(助けなきゃっ!?)
わたしはざわつく村の人達をかき分けて、その場で転がるゴブリンさんに駆け寄った。
『ギッ……ギイイっ!?』
「大丈夫。落ち着いて。このくらいすぐに治るから」
良かった。骨までは傷は届いていない。わたしはホッとしながらゴブリンさんの腕に手を当てて光を放つ。そんな中、
ピカァっ!
「えっ!? なんでペンダントが急に……きゃっ!?」
眩しい光で目が眩み、少しの間目が開けられなくなる。そんな中でも手探りでゴブリンさんを治し、どうにか光に慣れて目を開けると、
「……えっ…………えっ!?」
「貴女様でしたか。我らは貴女様を聖都にお連れするためにはせ参じたのです。我らと共においでいただきたい。
「わたしが……勇者?」
そう恭しく言うオーランドさんに対し、わたしは何が何だか分からなくなった。
「……どうやら、御自身が何者かを詳しく存じていないようですね。私がここで御説明してもよろしいのですが」
「オーランド様。こんなモンスターが平然と存在する不潔な場所、勇者様にはふさわしくありません。一刻も早く聖都にお連れしなくては」
「何だとっ!? 黙って聞いていれば不潔だのなんだと。言ってくれやがってっ!?」
「そうだそうだ! 隣国の奴らが何様のつもりだっ!?」
気が付けば村の人達と聖都の一団は一触即発の雰囲気で怖いくらいだった。オーランドさんは、そんな状況を見て顔を険しくし、
「……出来れば時間を掛けて今の行為の謝罪をしたい所ですが、まずは神託に従い一刻も早く貴女様をお連れしなくてはなりません。さあ。こちらへ」
「あ、あのっ!? ちょっとっ!?」
そこで腕を掴まれ、グイッと引き寄せられそうになった、その時だった。
「やめろおおおっ!」
「むっ!?」
突然黒い影がオーランドさんに飛び掛かり、手を引き剥がしてわたしを庇うように前に立つ。そう。
「お前達。オレの可愛い妹に何をするんだっ!?」
わたしの大切な兄さんが、そう怒りを露わにして周囲を睨みつけていた。