バイマンの屋敷。その地下には、貴族なら書庫の一つや二つ持っておくものだと豪語する彼の友人が手ずからこしらえた書庫が存在する。
半分はその友人が自分好みの本を読みたいがために造ったようなものだが、かなり本格的な作りになっている上蔵書数もそこらの貴族より頭一つ抜けて多い。そんな中で、
「…………ふぅ~」
バイマンは手に取った書物をぱたんと閉じて大きく息を吐いた。
「中々見当たらない。しかし確かにどこかで見たのだ。……一体何なのだろうな? あの
バイマンが何を調べているかと言うと、発端はこれより数日前に遡る。
◇◆◇◆◇◆
「これが……赤ん坊の頃のわたしが身に着けていたペンダント?」
「ああ。ユーノが大きくなってから渡すつもりだったが、予定より早く色々と話す事になったからな。今渡しておくとしよう」
バイマンは自室にて、それまで大事に保管していたキラキラと光るペンダントをテーブルの上に置いていた。それと一緒に、もう大分古ぼけているがユーノが当時着ていた産着も広げられている。
「前にも言ったが、私達は血の繋がりはなくとも家族だ。そこはどんな事があろうと変わらない。しかし、お前が自分の出生を知りたいというのなら隠すつもりもない。それに森の中でお前を拾った場所も話そう。正確な位置までは今ではもう分からないが」
もう十年以上前で、森の形も多少変わっているだろうからなと続けるバイマンに、ユーノはぶんぶんと首を横に振る。
「良いのっ! これでもわたし、何年もお父様や兄さんに付き添われて森を探し回ったんですよ! 森が数年あれば植生も変わるって知っていますし、それに、これだけでとても嬉しいんです。家族に手助けしてもらえる。それがこんなにも……嬉しいんです」
「ユーノ……」
もうユーノはこれまでのように、ふとした時に足元から崩れるような不安感を持ってはいなかった。確固たる自分の拠り所、確かな家族の絆を再確認したのだから。
しかしそれはそれとして、自分の出生について気にならないという訳でもなかった。知れるのなら知りたいし、もし実の親に逢えたら聞きたい事も言いたい事も山ほどある。
なんで森に置き去りにしたのかとか、今はわたしの中で眠っているもう一人のわたしは一体誰なのかとか。そして……わたしは今こうして家族と一緒に居れて幸せだよと、たっぷりの喜びとほんのちょっぴりのこれまで苦労した意趣返しも込めてぶつけたい。
そんな気持ちの中、ユーノはもっと良く見ようと何の気もなしにペンダントに手を伸ばして、
カッ!
「えっ!?」
「ユーノっ!?」
ユーノが触れた瞬間、ペンダントがヒヨリのフラッシュには及ばないまでも強い光を放った。
こんな現象は初めてで、バイマンは咄嗟にユーノの身を案じるが、ユーノは驚きこそすれむしろ穏やかな表情を浮かべていた。
「待ってお父様…………うん。多分大丈夫。これは悪い物じゃないと思います。何か……そう。温かく染み込んでくるような」
そんな中、
自分と同じようで違う誰かが、どこかの神殿で剣を構えて神々しく輝く誰かと向かい合う姿。
或いは、どこかの燃え盛る町中で、禍々しく黒い甲冑を着込んだ男と剣で鍔競り合う姿。……そして、
『大丈夫だ。まとめて俺に任せとけ! なんたって兄貴だからな!』
どこか少しだけ大人びた自分の大切な兄が、全身傷だらけになりながらも良く姿が読み取れない怪物相手から自分を守る姿が、次々に浮かんでは消えていき、
……フッ。
少しして始まった時と同じく急にペンダントの光は収まる。しかしその代わりに、ユーノの喉の少し下辺りに一瞬翼を広げた鳥のような形のアザが服越しに浮かび上がり、そのままスッと消え去った。まるでペンダントから何かが流れ込んだように。
「……今のは?」
それを見てバイマンは頭の片隅を刺激される。今の形をどこかで見た記憶はあるのだが、いつどこで見たかまでは思い出せなかった。
「お父様?」
気が付けば、最も不思議な目に遭ったばかりのユーノの方が先に立ち直って自分を心配しているのを見て、バイマンは軽く頭を振って心配させないよう笑う。
「あ、ああ。心配いらない。少し目が眩んだだけだ。それよりもユーノ。身体に変わりはないか? どこか痛むとか」
「いえ。それどころかこう……なんとなく体が軽くなった気がします。活力が漲るというか」
軽く掌を開いたり閉じたりして身体の調子を確かめながらそう言うユーノ。こちらも何かが見えたような気はしたのだが、あまりに断片的過ぎて白昼夢か何かとしか思えなかったのだ。
しかし、一応後でまた医者に軽く診てもらうようバイマンは勧め、
「そのペンダントはどうやらユーノが持っている事に意味があるようだ。これからはなるべく身に着けておきなさい。それと、今一瞬浮かんだアザや前に言っていたもう一人のユーノについてもこちらで調べておこう。なので安心しなさい」
◇◆◇◆◇◆
という事が有り、こうしてバイマンは時折書庫で書物と睨めっこする事が最近の日課となった。
ただあまり進捗は思わしくない。バイマンの日々の業務は多岐に渡り、捜索に回せる時間は合間の休憩時間ぐらい。
加えてアザについてはどこかで見た事があるという記憶だけで、この書庫内で見たのかすら定かではない。もう一人のユーノについてはそれこそ雲を掴む様な話だ。ただ変身するだけなら幾つかそういうスキルに心当たりがあるが、内面まで完全に別個になる物など聞いた事が無い。
書物を読みなおす事で個人的に新しい発見はあったが、肝心の調べ物についてはまるで手掛かりなしだった。
(こんな時に限ってミア率いる『鋼鉄の意志』は別件で村を離れ、こういう時に知恵を貸してくれそうな
気が付けばもうすぐ休憩時間も終わる頃合いで、バイマンは書物を棚に戻してゆっくりと書庫を出る。そして軽く腕を伸ばして固まっていた筋肉をほぐし、そのまま次の業務に向かおうとした時、
『あ~っ!? やっと見つけた。探しましたよ男爵様っ!?』
敢えてバサバサと羽音を立てながら、いつも開斗の傍にいる筈のヒヨリが珍しく慌てた様子でバイマンの所に飛んできた。
そのように嫌な予感を感じながら、バイマンはどうしたのかと尋ねる。すると、
『話は後でっ!? ひとまず今は急いで村の広場まで来てください。
「分かった。すぐに向かう」
知らせを聞いた瞬間、バイマンは即座に広場へと駆けだした。
考える事など走りながらでも出来る。今は何より大切な我が子の所に急ぐのだとばかりに。
その同時刻、広場にて。
「失せろ。汚わらしい」
『ギャアアアっ!?』
村中に響けとばかりの絶叫と共に、血がポタポタと広場を濡らしていた。