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「ふっ!」
ユーノはホブゴブリンの猛攻を避けながら、ひたすら機を窺っていた。
勝てない相手ではない。ホブゴブリンがいかに高い耐久性と再生力を誇ろうと、それを上回る高火力で一撃で決めれば済む事。
神族の抑止力たる勇者ならば、やろうと思えばホブゴブリンを一撃で消し飛ばすだけの魔法を放つ事は可能であり、それだけの魔力も世界からのバックアップで確保されている。だが、
(……ちっ。
そう。火力を上げれば上げるほど、周囲に与える影響は大きくなる。
一撃で終わるだけの威力で周囲に居る開斗やライ、さらに言えば折角手加減したのに食われかけているゴブリン達。それらを誰も巻き込まずにとなると勇者でも少し難しい。
ならばとホブゴブリンの急所のみをピンポイントに狙ってみたが、顔面を削り取ってもそれすら治る予想外の再生力に内心舌打ちをするユーノ。
(
“だめっ!? そんな事したら兄さん達がっ!? それに”
(それに何? 周りのゴブリン達まで助けろと? それは優しさでもなんでもなくアナタの欺瞞。甘さよ。それに奴を放っておけば、それこそ生きたまま餌にされて終わり……でしょ? なるべく巻き込まないようにするけど、ここまできたら多少の犠牲は許容しなさい。行くわよっ!)
『目を瞑ってくださいユーノさんっ! ヒヨリさんフラッシュっ!』
カッ!
その瞬間、ヒヨリが突如戦闘に割って入り閃光を放った。ユーノが咄嗟に目を守り、一拍遅れてホブゴブリンもギリギリで目を守る。だがそれでも一瞬の残光が目蓋に残り目が眩んだ。
「ガギャアアっ!?」
しかしホブゴブリンは慌てなかった。ひとまず目が慣れるまで守りを固めるべく、地面に転がる
「やっと、隙を見せたな」
ガシッと腕を掴まれたホブゴブリンは、一瞬自分の身体が宙に浮くのを感じ……そのまま背中に強い衝撃を受ける。そう。ユーノと同じくずっと機を窺っていた開斗の投げが、ライよりも鋭く決まって地面に叩きつけられたのだ。
「ガハァっ!?」
全身筋肉の鎧に覆われようが、凄まじい再生力があろうが、ホブゴブリンは人型の生物である。要するに呼吸しなくては生きていけないモノであり、強烈な衝撃を背中から受けた事で肺から空気が押し出される。つまり、
「
「ギイっ……ギイっ!」
開斗の思考伝達により、ゴブリン達は動けない者に動ける者が手を貸しながら、よろよろとその場から逃げて行った。
「これでお前の回復も打ち止め……ぐわっ!?」
『開斗様っ!?』
怒り狂うホブゴブリンは、倒れた状態でその剛腕を振るい開斗を突き飛ばす。力も速度も乗らないが、単純にそれなりの質量をぶつけられて開斗はゴロゴロとその場を転がった。だが、
「今だライっ!」
「いっけえええっ!」
そこへ、疲労でその場を動けなかったライが、力を振り絞って持っていた剣を投擲した。
ホブゴブリンは起き上がりながらも内心それを嘲笑う。そんな状態で投げた剣の一本、仮に自分に突き刺さろうと大した痛手にならない。弾き返してそのまま叩き潰してやろうと。
しかし、
「それを使えユーノっ!」
そう叫びながらライはその場に崩れ落ちる。出来るなら自分の力で大切な妹を守りたかった。しかし疲労が思った以上に酷く、断腸の思いで妹に戦うための剣を託したのだ。そして、
パシっ!
それは確かに託された。剣を掴んだユーノは、それまでの気だるげな表情を少しだけ綻ばせる。
「ありがと。…………今この一時のみ、この剣は聖剣へと昇華するっ!」
強く握りしめたその剣に、ス~ッとユーノの手から光が伸びて刀身を白く覆っていく。
「ガグアアアっ!」
それが自らを滅する物であると本能的に察し、ホブゴブリンがまだ完全に再生していないにも関わらず突進を仕掛けたのは、戦術的には間違っていなかった。
しかし、それは致命的に遅すぎた。
キンッという澄んだ音が響くのと同時に、刀身が完全に光に覆われた剣を両手持ちで構え、ユーノは迫るホブゴブリンを見据える。
そして力強く地面を踏みしめ、避けるどころか逆にホブゴブリンに肉薄し、
「はあああっ!」
ザンっ!
剣はホブゴブリンを胴薙ぎに一閃し、そのままの勢いで互いにすれ違って停止した。
しんっと静まる周囲。そんな中先に振り向いたのはホブゴブリンの方で、斬られた筈の胴を一撫でしてニヤリと嗤う。どうやらその剣でも通じなかったようだなと言わんばかりに。だが、
「いいえ。これで終わりよ」
それと同時にホブゴブリンの胴に一筋の線が引かれ、内部から剣を伝って注ぎ込まれた光が爆発的に溢れ出す。
「アナタの悪食はここで終わる。光に抱かれて消えると良いわ」
「グギャアアアァっ!?」
そうして、同種すら喰らう暴食の化身になりつつあったホブゴブリンは、断末魔と共に身体の中から光に焼かれて消滅した。
「終わった……のか?」
『そうみたいですねぇ。ライ君も開斗様も御無事で何よりでした。そして……ユーノさんも』
ゴブリン達もとうに去り、残るのは疲労困憊の怪我人二人と白いコウモリのような超越者のみ。それを最後に見届けて、
「……ワタシはまたしばらく眠るから。
「お、おいっユーノっ!?」
一気に身体の透けが強くなり、心配そうに声を上げるライに対してユーノはニコリと優しく微笑み、
「またいずれ逢えるわ。……じゃあね!
パチリと一つウィンクをして、現れた時と同じく光に包まれたかと思うと、元の姿に戻ってそのまま倒れ伏す。
かくして、村への襲撃という一大事は、これを機に急速に終わりを迎えるのだった。