目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
燃え滓の男の穏やかな一日


 ◇◆◇◆◇◆


 それは村の襲撃からしばらく経った日の事。被害も目に見える物は大まかに修復され、俺もすっかり傷が治って医者から全快を告知された頃。


 ガツンっ! ガツンっ!


「やあっ! はああっ!」


 バイマンさんの屋敷の中庭で、今日も朝からライは俺が見守る前で剣の特訓をしていた。


 振るっているのは木剣ではなく、兵士が使うような鉄剣。当然木剣より重量が有り、振るい続けるだけで体力を消費する。


 既にライの服は汗でぐっしょりと濡れ、絞れば水が滴ること請け合い。時折使用人に用意してもらった果実水を飲んでいなければ、脱水症状もあり得る過酷な特訓だ。だが、


「……違う。あの剣はもっとこう……自然だった。一瞬ホブゴブリン自身が斬られた事に気が付かなかったぐらいに」


 ライが再現しようとしているのは、勇者としてのユーノがホブゴブリンを降した一撃。


 今のライが振るう物と同じただの鉄剣に光を纏わせ、ホブゴブリンを一閃したかと思えば体内から光と共に消滅させた絶技。


 勿論あんな事はライには出来ない。以前尋ねてみたが、剣に魔法を纏わせるだけでも相当の修練と才能が必要なのに、それを難易度の高い光属性の魔法でなおかつあれだけの剣技だ。だが、



『魔法は適性もあるからともかく、剣はユーノが出来てオレに出来ないなんて道理はない。だって、オレはユーノの兄貴なんだから!」



 と、バイマンから訓練の許しが出てからやる気バリバリで毎日練習している。今では剣技だけならあの時のユーノっぽくなってきた気もするが、本人はまだ納得していないようだ。とはいえ、


「ライ。そろそろ時間だ。剣の練習は大事だけど、それ以外にやらなきゃいけない事があるだろう?」

「え~っ!? もうちょっと。もう少しだけ」

「ダメだ。さっきも同じ事を言ったぞ? それにきちんと体を休める事も大切な事なんだよ」


 俺がそう諭すと、ライも理解はしているのか分かったよと一言呟いて、少し息を切らしながら道具の片づけを始める。すると定位置である俺の肩からヒヨリが飛び立って、親し気にライの肩を叩く。


『まあまあライ君。そう焦らずに。一歩一歩着実に前進していきましょうよ。ワタクシ達も誠心誠意手助けを……おっと。その必要はなかったみたいですね!』

「兄さんっ! 手伝いが終わったから戻ってきたよ!」


 そこへユーノが走ってくると、甲斐甲斐しく手に持った布でライの顔を拭って汗を拭き始める。


「もう。また訓練に夢中になって身体中汗ぐっしょり。ほらっ! 早く服を脱いで」

「おいおい。自分で拭けるからそんなに手伝ってくれなくても」

「だ~め! 兄さんったら背中の拭き方が毎回雑なんだから。わたしがしっかり拭いてあげますっ!」


 最近のユーノは、最初の頃に比べてしっかりとしてきた気がする。どこかいつも不安げで、ライの後ろにくっつきつつも一歩引いた態度だったのが、今ではこうして兄を気遣いつつも締める所はきちんと締めている。


 最近は森の散策の代わりに村の回復術師や薬師の手伝いをしつつ勉強しているのだが、それもまたユーノの精神的成長に繋がっているのかもしれない。ただ、


「兄さんったら……ふふっ!」

『……あのぅ、ユーノちゃん? ちょ~っとライ君の背に顔を近づけすぎじゃないですかね? そういうのはワタクシ的に嫌いじゃないんですけど、一応真昼間に人前では自重してくださいね』

「ち、違うのっヒヨちゃん!? 今のは背中に汚れが溜まってるなと思って良く見ようとしただけでっ!?」

「えっ!? 俺の背中そんなに汚れてんのっ!?」


 やはり、ユーノからのさりげないスキンシップが増えている気がする。家族だからまだ良いが、それ以外の人相手には早々させないように注意した方が良いかもしれないな。


 というか君達。じゃれ合うのは良いが、次の予定があるから早く終わろうね。





 改めて言うが、ライとユーノはバイマン男爵の子供である。つまり貴族の一員であり、貴族的な教育を受ける義務がある。なのでライは剣の訓練だけに明け暮れる訳にも行かず、ユーノもいつまでもライにべったりという訳にはいかない。


 だがバイマン男爵は一般の平民から冒険者を経て男爵に成り上がった身。よって貴族としての教養はある程度年齢が行ってから覚えた物であり、元々の立ち居振る舞いと合わさり良くも悪くも微妙に貴族らしくない。


 なので自分で教えるのは、貴族として自分なりの最低限の礼儀作法と、自分の最も人に教える自信のある剣技や体術が大半だった。


 それ以外の教養は使用人が持ち回りで教えていたが、それだけではどうしても限界がある。そういう訳で時折外部から人を招き、ちょっとした勉学をライ達に教えてもらうという事をやっていた訳だ。


 かくいう俺もその一人で、使用人達の都合が悪い時に時々代打として立っている。勿論その日に何を教えるのか事前にざっくり聞いてからだ。授業計画を下手に乱す訳にはいかないからな。……だが、


「さて、今日の勉強だけども」

「は~い! 先生! 昨日出してくれた水平思考問題って奴をまたやろうよ! あれは面白かったし、今度は時間内に答えを当ててみせるから」

「兄さん。それも良いけど、その前にやった栄養学についてまた教えてもらわない? 日々の食事から病気にかかりづらい体を作るって考え方は凄いと思うの」


 何故か時間調整の為に適当に話した雑学の方に二人は興味が湧いたようで、毎回俺が代打でやってくる度にせがまれるのは困りものだ。なので、


「……そうだな。じゃあ今日の分の勉強が早めに終わったら、余った時間で少しその話をしようか。真面目にやったらその分多く時間が取れるぞ」

「本当っ!? ようしやるぞ!」


 仕方ないので毎回少しだけ時間を取る事にしている。これでやる気がアップしてくれれば良いのだけれど。





 それが終わったら今度はライ達と別れて村の散策。二、三日に一度、村に居着いたゴブリン達がきちんと働いているか確認するためだ。


「おおカイトさん! アンタの所のゴブリン達は今日もしっかり働いてくれてるぜ! 評判も良いんだ」

「それは良かった! お前達も頑張るんだぞ。そうすればまた差し入れを貰ってきてやるからな」

「ギギギャア! ギギィっ!」


 ゴブリン達もすっかり最初に会った時とは顔つきが変わり、どこか穏やかさすら瞳から感じられる。


 家々の修復が粗方終わった今でも、彼らは小柄ながらもチームワークを活かして村中の荷運びや細かな雑用を手伝っている。森に戻る気はもうあまりないようだ。


 最初はお礼に食料を渡していたのだが、最近ではなんと子供の小遣い程度の硬貨を渡すと自分達でちょっとした買い物が出来るようになってきたらしい。まあ正しくは、金の価値は分からないがこれと食べ物を交換できると学習したようだが。


 このような知性や社会性の上昇については、ヒヨリ曰く『テイムされてヒトと長く触れ合うモンスターには時折そんな傾向がある』らしい。正確にはテイムしたのではないが、結果としては似たような物だろう。





 その後ざっくり村を見て回って屋敷に戻り、次の授業の準備をしたりライに柔道の稽古を付けたり、時にはユーノの悩み相談にヒヨリを中心として乗ったり、或いはバイマンさんに子供達の教育方針について話し合ったり。


 そのようにして俺の一日は過ぎていく。


 俺が依頼されたのはユーノが健やかに育って正しく勇者に覚醒するまで見守る事だが、それはそれとしてライの成長もまたユーノの成長に繋がるのだから。


 そして、そんな平穏な日々がこれからもしばらく続くのだと、そう思っていた。





「……本当にこの村にが居るのか?」

「ええ。では確かにこの辺りにと。一刻も早くブライト様の所にお連れしなくては」




 だがそんな平穏は、聖都からの来訪者にて崩れ去る。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?