またしても急に生えてきた……というか成長したスキル『思考伝達(対モンスター用)』だが、これが滅茶苦茶な内容だった。
まず基本的な能力は以前と同じ。相手が知性の低いモンスターに限り、こちらは上位種に近い命令権を持つというものだ。
問題はこの後。今回の村へのゴブリンの襲撃。そして上位種であるホブゴブリンの撃破……まあこれらは主にライやユーノ、村の兵士達の手柄だが、試練システムは俺もこれに貢献したと見なしたようだった。
結果として、成長した思考伝達は
おまけに俺が近くに居るだけでゴブリン達は俺の影響を受けるという副作用まで発覚した。同じ村の中に数日居るだけで、人への害意や敵意が沈静化されるほどに。
俺はここで治療を受けている間、村の復興で何か手伝える事はないかと考える事が何度かあった。それを無意識の内にゴブリン達が感じ取り、瓦礫撤去という形で行動に移したのだろう。
ただスキルの影響を受けたゴブリン達は、害意や敵意が落ち着くだけで攻撃されたら反撃するし、空腹状態が長く続けば本能的に食料を奪うくらいはする。傷を治している時に村人が攻撃したり、空腹で物欲しそうに見ている時に食料を分けなかったら暴れだしていただろう。その点は実に綱渡りだったのだ。
結局、このゴブリン達は村の復興が住むまで村に居着く事になった。
ゴブリン達が俺に向かって頭を下げた事は周囲の人が見ていたので隠す事も出来ず、俺はバイマンさんに試練システムの事はぼかしつつこのスキルの事を打ち明けた。すると、
『ふむ…………ではこうしよう。
と、かなり力技の誤魔化しに協力してくれる事となった。
勿論バイマンさんとしては俺を慮ってくれたからというだけでなく、村の復興にはいくら人手があっても足りないからという理由もあるのだろうが。
当然村に襲撃してきた相手に悪感情を持つ者も居たが、バイマンさんの前でゴブリン達に適当な命令をして自在に操った事である程度安全性が保障され、そのバイマンさんが俺が操るゴブリン達を復興作業に従事させると宣言した事で一応の解決となった。
今ではゴブリン達と一頭のマッドリザードは、きちんと毎食欠かさず食べさせる代わりに文句も言わずに働いている。俺が常に傍で命令しなくとも、ゴブリンは元々簡単な罠を作れる程度には知性が有り手先も器用だ。力仕事以外に簡単な大工仕事の手伝いくらいなら行えた。
そしてゴブリン達が従えていたマッドリザードも、背にゴブリンを乗せて走れるだけの力が有って材木運びには役に立った。……時々泥浴びをしたがるので、気を付けないと材木が泥塗れになるのが玉に瑕だが。
全てが終わったらゴブリン達は森へと帰す予定ではあるが、問題は現代社会でもある様に、人に慣れた獣は元の森に戻っても上手く馴染めない事があるという事。
もし追い出された場合は……諦めてこの村で何か仕事を見つけるまで面倒をみよう。それに少しずつ愛着が湧いてきたような気がしないでもない。敵意も害意もなく、寧ろ好意や敬意のこもった目でこちらに視線を向けてくるのを見ると、相手が以前襲ってきた奴らだとしても悪い気はしないからだ。
俺には、誰かにそんな目で見られる資格なんてないのに。
さて。ここまで色々と述べて避けてきたが、最後に俺の処遇について語ろう。それは……。
『良かったじゃないですか開斗様!
「いや昼寝は別に毎日はしないんだが」
怪我の治療や諸々の面倒まで見てくれた上に、怪我が治り次第また食客扱いでライ達の事を見てほしいと言ってもらえるとは、バイマンさんの厚意には頭が上がらない。
まあバイマンさんとしては、俺のスキルに対する政治的判断も多分あるのだと思う。これから先今回のように、また森でゴブリン達が増えて襲撃を掛けてくる可能性もなくはないのだ。こればかりは定期的な間引きをしても可能性はゼロにはならない。
そんな時俺が居れば、上位種が出てこない限りは安全に無力化出来る。いざという時の保険として村に居てほしいという事だろう。ただ……、
『本当に良いんですか?
「ああ。やってくれ」
最後の確認だと言わんばかりのヒヨリに、俺はゆっくりと頷く。
出来ればまた変なスキルが生えてくる前に試練システムも不活性状態にしたいが、こちらは調べたところ予言システムと一部連動している事が分かった。流石に危険察知能力が無くなるのは安全上の問題に繋がるので仕方がない。
『しかしもったいないですねぇ。一度不活性状態にしてしまえば、再活性化はワタクシの意思次第。勿論ご用命とあらばすぐにでもお返しするつもりですが、一部とはいえ自分の意思で好きに使えなくなるというのは間違いありません。……重ねて伺いますが本当に良いのですか?』
「元々ゴブリン達と戦う前に言っただろう? 重荷になるようであれば不活性状態にしてもらうと。半強制的に言う事を聞かせるだけで充分。無意識の内に周囲に影響を与えるスキルなんて厄介にもほどがある。……このスキルに期待しているバイマンさんには悪いが、非常時以外は無い方が良いんだよ」
俺はヒヨリと話し合った結果、思考伝達スキルのパッシブの部分。新しく生えてきた、
幸いにというか恐ろしい事にというか、村のゴブリン達はもうスキルを不活性状態にしても暴れだす可能性は低いらしい。それだけ強い影響を与えるのだ。上位種と同じ権限というのは。
そんな強い力は持っているだけで振るいたくなる。それこそが以前の試練システムの持ち主達の破滅の一因だろう。なら、普段はヒヨリに預けておいた方が賢明だ。
すると、むむっと少しヒヨリが唸り声をあげたまま数秒ほど過ぎて、
『…………はい。これでパッシブの方は不活性状態になりましたよ~! にしても惜しいですねぇ。開斗様がやろうと思えば、森に入って数日もすれば大規模なモンスター軍団を編成する事も可能ですのに。それならどんな相手が来たってユーノちゃんを守れる事請け合いですよ?』
「自分に妄信的に従うモンスターの群れなんて要らないし面倒を見切れない。それに」
『それに?』
ここまで来ても俺を試す様な言葉選びや態度を崩さないヒヨリに対し、ちょっとだけ意趣返しを込めてこう返してやる。そう。
「
『……っ!? ……アハハ! これは一本取られちゃいましたね!』
先ほどまでの試すような態度から一転、どこか楽しそうに笑うヒヨリ。
突如手違いから生えてきた試練システム。人としてのユーノと勇者としてのユーノ。予言板の一文にあった暴食の使徒という不穏な言葉。そして……俺の立ち位置。
考える事は多く、問題も山積み。だが、
『よろしい。それでは開斗様。これからも引き続き、我らが勇者様が正しく健やかに育つまで見守ってくださいませ』
「ああ。任せろ!」
これは、ユーノが勇者になるまでの物語。
そして、ライが
俺が生きたまま現世に戻るための依頼は、まだまだ始まったばかりなのだ。