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ユーノ 苦悩の先に在るものは その二

 ユーノはライに、これまで自分がやってきた事を打ち明けた。


 以前父バイマンの書斎で日記を盗み見た事。その中に、自分が森で赤ん坊の頃に拾われた子だと書いてあった事。直接真偽を問いただすのが怖くて、山菜採りを名目に森で自分の出生にまつわる物がないか探していた事。


 先日村をゴブリンが襲撃した時、ホブゴブリンに傷つけられたライを見て、怪我を完全に治す力とゴブリンを撃退する力を望んだ事。気が付けば、いつの間にか自分の中にいたもう一人の自分が身体を動かしていた事。


 最後に、もう一人の自分を身体の中から見ている内に、そちらの自分こそ本来の自分で今の自分は何かの余分でしかないと分かってしまった事。


 それらを少しずつ、とぎれとぎれに話しながら、ユーノは幾度となく恐怖で口をつぐみそうになった。だが握っているライの腕の温かさを感じる度、勇気を奮って言葉を続け、ライは何も言わずに聞いていた。そして、


「これまでずっと、怖くて言い出せなかった。言ったら、もうわたしは完全にお父様の娘でも、兄さんの妹でもなくなる気がして。この家やこの村のヒト達は、わたしがお父様の娘だから良くしてくれているだけで、そうじゃなかったら……わたしなんかちょっと回復魔法が使えるだけで他にとりえなんてないし。だから……言えなかった」


 知らず知らず、ユーノはぽろぽろと大粒の涙を流していた。


「でも、今までのわたしが受けていた幸せはあのヒトの、もう一人のわたしが受けるべきものだから、だから……返さなきゃって思ったの。今はもう一人のわたしは眠っていて、いつ起きるか分からないけど安心して。起きたらすぐに代わるから。もう、わたしみたいな余分は出て……こないから」」


 そう言い終えたユーノは、泣きながら静かに微笑んでいた。それは胸に溜まっていた事を全て吐き出した解放感と、一緒に自分の大切な物まで失くしてしまうような喪失感がないまぜとなったような表情で。


 全てを聞き終えたライは黙って何か考え込み、部屋に静寂が拡がる。そして、


「…………う~ん。やっぱりわっかんねぇっ!?」


 急に頭をガリガリと掻きながら叫ぶなり、ライは立ち上がるとユーノをまっすぐ見据えて言う。



「なんでユーノが居なくならなきゃいけないんだ? ?」



「え、えっ!?」


 心底ただ不思議そうな顔をするライに、ユーノはまだ理解出来ていなかったのかと困惑する。


「だからさぁ、あの時ホブゴブリンをやっつけたのは、ちょっとだけオレより強くて背が伸びて大人びていたけど間違いなくユーノだった。でもさ、だからって今のお前がユーノじゃないって事にはならないだろ?」

「それはそうだけど…………あっちの方が本来のわたしで」

「本来も何もあるかってのっ! どっちもオレにとって大切な妹で、大切な家族だよ。そこは一切変わってない。だからっ!」


 ぐっ!


 そこでライは力強くユーノを抱きしめる。ユーノが目を白黒させる中、


「だから……そんな今にも消えそうな顔をしないでくれ。何か困った事があったら抱え込まずに頼ってくれよ。家族だろ?」

「……に、兄さ」


 バンっ!


「その通りだっ! 良く言ったぞライっ!」


 そこへ、勢いよく扉を開けてバイマンが入ってきた。入り方がライと同じなのはやはり親子である。


「父さんっ!? 起きて大丈夫なのか? この前の後遺症で筋を痛めたって」

「うむ。実のところまだ少し痛い。だがそんな事はどうだって良いのだ。……話は聞かせてもらったぞユーノ」


 スキル〈獅子の誇り〉の反動。一時的に自身の身体能力を一気に引き上げる代わりに、全身筋肉痛に悩まされていた筈のバイマンだが、そんな素振りは一切見せずに二人に近寄るとまとめて抱きしめる。


「すまなかったなユーノ。本来ならお前がもう少し大きくなってから話すつもりだったが、余計な心配をさせた」

「……お父様。じゃあ、あの日記に書いてあった事は」

「ああ。全て事実だ」


 それを聞いて、もしかしたらまだ血の繋がりがあるかもという微かな望みすら絶たれてユーノは絶望しかけるが、早とちりするなとバイマンが続ける。


「確かにユーノは森の中で私が拾った子だ。しかし、私も実の子供のように思って育てたつもりだ」

「っ!? お母様もっ!?」


 今は亡き母親の名前に反応するユーノに、バイマンは静かに頷く。


「ああ。元々エリナと相談して、お前が大人になったら真実を話そうと決めていた。もしそれで家を出たいというなら出来るだけの支援をして送り出そうと。だがもし今までのように居てくれるというのなら、その時は正式に養子として迎え入れようと」


 バイマンはそこで抱きしめていた腕を離すと、ゆっくりとユーノに手を差し出す。


「私はもう一人のユーノを直接見てはいない。しかし、ユーノの事でライの見立てが間違っているとも思えんし……娘が一人二人増えた所でどうという事もない」

「ああ! 血の繋がり云々……てのは良く分かんないが、ここに居るのはず~っと一緒に居たユーノだろ? なら本来も余分も本物も偽物も関係ないっ!」


 そこでライも察したのか、自分もいったん腕を離して笑いながらユーノに手を差し出す。



「「オレ(私)達は家族だ」」



 そして、その差し出された手を、


「…………うん。うんっ!」


 ユーノはまだ涙の残る顔で笑いながら掴み取った。しかし、それは先ほどの喪失感が溢れるような物ではなく、どこか憑き物が落ちたような晴れやかな顔だった。





 トクンっ!


 ユーノの胸の奥で、機嫌良く何かが弾んだ。



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