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ユーノ 苦悩の先に在るものは その一


 ◇◆◇◆◇◆


「では、失礼いたしますユーノ様。何かありましたらそのベルでお呼びくださいませ」

「……はい。分かりました」


 開斗達とはまた別の一室にて、ユーノは誰も居なくなったのを見計らって大きなため息を吐く。


 まだ目を覚ましてからそんなに日が経っていないという事で、心配して部屋に付き添おうという仕様人も多かったが、それら全てをユーノ自身が今は一人が良いからと断ったのだ。


(わたし……これからどうしたら良いんだろう?)


 ユーノは思い悩んでいた。


 気が付けば何日も眠っていたからではない。自分がバイマンの血の繋がった娘ではないかもしれない……というのは前からの悩みの一つであるが、今はそれよりも重大な問題がある。それは、



(わたし……一体何なんだろう?)



 朧げにだが、ユーノはあの日の事を覚えていた。


 傷つけられたライを完全に治す力と、村を襲うゴブリン達を倒す力を望み、ユーノの中に眠るもう一人のユーノが目を覚ました事を。


 もう一人のユーノがこの身体を動かし、ライを治した後でゴブリン達相手に大立ち回りをしていた最中、ユーノはまるで半分夢を見ているようだったが、確かにこの身体の中に居た。ぼんやりとだが、もう一人のユーノと会話をしたような気さえした。


 そして、何となくだが理解出来てしまったのだ。で、今こうしているユーノは……まず起こり得ない何かの間違いみたいなものなのだと。


 もう一人のユーノが一体何なのかは分からない。しかしユーノが完全に意識を失い、先日目を覚ましてからずっと、身体の中に居るという確信だけ残ったまままるで反応を見せずにいた。


「……あっ」


 ユーノは急に自分が何者でもない感覚に襲われ、知らず知らずの内に自らの肩をかき抱く。


 ただでさえそれまでに、自分が家族と血の繋がりのない誰かだと思い不安定だった感情が、更に足元から崩されていくような気持ちになっていく。


(わたし……実の娘どころか本来のユーノでもなくて、何者でもない誰かで、わたし……わたしは)


 冷や汗が吹きだして寝巻を濡らし、身体はガタガタと震える。胸の鼓動はトットットと小さく、細く、高速で脈打ち、だが熱くなるどころか急激に冷え切っていく。呼吸すらままならず、ユーノの視界は酸素不足で急激に暗く、そして昏く染まっていった。


(誰か……助けて)


「……うぅっ」


 いつの間にか、ユーノは小さく嗚咽を漏らしていた。ぽたりと涙がシーツに落ちて小さな染みを作る。そして、そのままぐらりと態勢を崩しつつ、再び意識を失おうとした所で、


「ああいけませんっ!? いけませんってば坊ちゃまっ!?」

「離してくれっ! ユーノっ! 入るぞっ!」


 バンっ!


 扉の外で何かの問答をする声が響き、形だけのノックをしたかしないかで勢いよく扉が開いた。そしてライが部屋に駆け込んできて、ベッドから今にも転げ落ちそうなユーノの姿を見るなり、


「ユーノっ!?」


 ガシッとユーノの腕を掴み、そのまま背中を支えるような体勢を取って「誰かっ!? 早く医者を呼んできてくれっ!?」と叫ぶように頼む。


(ああ……温かい)


 使用人が慌ただしく廊下を駆ける音が遠ざかっていく中、ユーノは優しく掴まれたままの腕から伝わる温かさを感じ、少しずつ動悸が治まっていく。視界も僅かに正常に戻る中、ユーノはまだ微妙に定まり切っていない意識の中ライに尋ねた。


「ねぇ。兄さん。……呼んでないのにどうして来てくれたの?」

「うんっ!? う~ん……何となく。なんか助けを呼ばれた気がしたからかな。それと」


 そこでライは安心させる様ににっこり笑い、



「オレはユーノの兄さん。兄貴だからな! 駆け付けるのは当然だろっ!」



(……ああ。じゃあ、わたしの所には……もう駆け付けてはくれないんだよね)



 その優しくも今一番聞きたくなかった言葉を聞きながら、ユーノは再び意識を失った。





「……う、う~ん」

「良かったっ! 目を覚ましたんだな!」


 次にユーノが目を覚ました時、最初に見えたのはライの顔だった。というより近すぎてライの顔しか見えなかった。


「…………近いよ」

「あっ……ごめん。心配だったんでつい」


 慌てて顔を離してぽりぽりと頭を掻くライ。そんな仕草につい笑みが零れそうになって、ユーノは余計に自分が嫌になる。


「どうしたんだ? どこか痛いのか? それとも悪い夢でも見たのか? 何ならまた誰か呼んで」

「待って!?」


 席を立とうとしたライの腕を無意識に取ったのは、ユーノ自身驚いていた。しかしその手を離そうとして僅かに躊躇し、ライもその手が震えている事に気づく。


「大丈夫だ。ユーノが落ち着くまでオレはどこにも行かないから。そこのベルで誰か呼ぶだけさ」


 そう優し気に言ってベッドの端に座り込む大切な兄の姿を見て、ユーノの感情はぐちゃぐちゃになっていた。その愛情が嬉しくて、でもそれを受ける資格は自分にはない事が悲しくて。だから、


「違うの…………うん。違う。わたしは……そんな心配してもらえるようなヒトじゃない。わたしは…………兄さんの妹じゃ……なかったの」

「……何だって?」


 ユーノは身体の震えや胸の動悸を堪えながら、ライに胸の内をゆっくりと打ち明ける事にした。


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