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燃え滓の男 白い獣の暗躍を聞く


『まずは大前提。開斗様へのご依頼でもある、勇者の覚醒について確認しましょうか』


 そうヒヨリが切り出した所によると、勇者は本来生まれながらに自身が勇者だと自覚しているという。


『なのでワタクシが想定していた覚醒とは、肉体の成長につれて勇者として活動可能な魔力を世界から溜め込み、基準値に到達する事を指していました。個体差もありますが大体成人になる辺りですかね』

「なるほど。だから最初の頃数年がかりの依頼になると言ったわけか」

『そういう事です。ただ困った事に、


 更にヒヨリは続ける。初めて会った時からユーノが勇者だと分かっていた事。周囲に合わせて隠しているのかと、それとなく探りを入れても無反応。つまり何かの不具合が起きていると判断した事を。


『さらにユーノちゃんの力は少しチグハグでした。まだ子供なのに蓄えられている魔力はとっくに勇者レベル。魔力量だけなら想定スペックを大きく上回るものでした。普段から無詠唱で、しかも誰にも教わらずに触れるだけで回復魔法が使えたのも、体内魔力が無自覚に溢れたからです。……回復魔法なのはユーノちゃんの気性によるものでしょうけど』


 くすっと笑うヒヨリにつられて俺も笑ってしまう。確かに、魔力が溢れただけなら別に回復魔法でなくても良い。攻撃魔法にならなかったのがユーノの善性を表していた。


『まあそこは大した問題じゃありません。後はじっくりユーノちゃんが成長するまで見守る予定でしたが……そうも言っていられなくなりました』

「……そうか。あの予言だな?」

『はい。村が襲撃されては、力はともかく勇者の自覚がないユーノちゃんでは自分の身も守れない。なので最悪の場合に備え、急遽こちらからアプローチする事になった訳です。ライ君からユーノちゃんの事を頼まれるまでもなくね』


 その後ヒヨリは少しずつ、ユーノに自分の勇者の力を意識させる事にしたという。そうすれば自然とそれを理解するのだと。襲撃の前日も、こっそりユーノと茶会をしながらそれとなく刺激していたらしい。


 俺に何も言わず裏で進めていたのは、ヒヨリ自身間に合うか不明で下手に勇者の力を期待されても困るからだったらしい。まあ個人的には結果はどうあれ、早めに言ってほしかったという気持ちもある。


『こういう直接的なアプローチはあんまり立場上やっちゃいけないんですけどね。まあ勇者にじゃなくてその……。ヒトとしてのユーノちゃん相手だったらギリギリ良いかなぁって。後の事は開斗様が知っての通りです』


 そう。そして村へのゴブリンの襲撃。ホブゴブリンとの戦いの中で、ユーノは勇者の力に覚醒した。だが、


「勇者に覚醒したユーノはその……普段とどこか違うように思えた。あれは?」

『そこが問題でして、どうやらワタクシが見るに勇者のユーノちゃんとヒトのユーノちゃんの精神が別々に存在しているようなのです。何故そうなったのかは分かりませんが』

「別々……二重人格のような?」

『近い言い方だとそうですね。あれは完全に予想外でした。別々の精神である限り完全な覚醒はありません。開斗様へのご依頼も未達成扱いとなります』

「それは…………困るな」


 実はユーノが変身した時点で、もしかしたら俺の契約は終わりかと少し考えていた。だがそう簡単にはいかないらしい。


「このままユーノが成長したら、自然と精神がくっつくという事は? ユーノが変身した姿の年齢まで待つとか」

『う~ん……それはどうでしょう。勇者のユーノちゃんが出てくると肉体まで一時的に変化するのも予想外でしたし』


 ちなみにあれは肉体の成長というより、溢れ出る魔力で身体に肉付けしたアバターのような物らしい。だから勇者のユーノが引っ込むと姿が元に戻るし、実際にユーノがアレくらいの歳になってもあの姿になるとは限らないという。最悪完全に別人と認識して余計に乖離する可能性もあるのだとか。


『そして最後にこれが一番の問題。これはまだ推測の段階ですが……

「何っ!? ……アイタタタ」


 慌てて詰め寄ろうとしたら、傷口が引っ張られて思わず顔をしかめる。


『無理しちゃいけませんよっ!?』

「それはどうでも良いんだ……消えるというのは?」

『推測の話ですよ。ただ統合されて勇者の精神だけが残ったり、或いは両方混ざって全く別のユーノちゃんになる可能性もあるって話です。こればっかりは前例がないので分からないのですけど』


 見ると、気楽そうに言ってはいるがヒヨリの顔は少し悲し気だった。


『今はまた普段のユーノちゃんに戻っていますが、おそらく今回の件で完全に自分の中の勇者の面を自覚した筈です。これから先はユーノちゃん次第といった所ですかね。申し訳ありませんが、開斗様にはもうしばらくお付き合いいただきますよ』


 ヒヨリが友人と呼んでいたのはヒトのユーノであって、それが勇者に完全覚醒したら消えるかもしれないとなれば、多少は思う所もあるのだろうな。なので、


「それは良いんだが、ヒヨリは良いのか?」

『ワタクシ? ワタクシは結局見届け人というか審判役に過ぎませんから。勇者が覚醒するまでは見守りますし多少手助けもしますが、それ以上は手を出すつもりはありません。


 最後の言葉は何に対してかと思ったが、それを口に出すのは止めておいた。代わりに、


「では、その分俺がユーノの側に立つとしよう。最終的にどうなるにしても、ユーノ達が健やかに成長できるように」

『お心遣い感謝いたします…………さて! ユーノちゃんについてはひとまずこんな所ですかね』


 ポンっと手を叩きながら、ヒヨリは雰囲気を切り替えてまた明るい表情を見せる。


『ムッフッフ。これでもワタクシ出来るサンライトバットですので。ここ数日動けないご主人様の為に村の中を東奔西走して情報を集めていたのです! 何があったか知りたいですか? 知りたいですよねぇ?』

「ああ。そうだな。是非聞かせてくれ」


 そうして、俺は再び医師が様子を見に来るまで、ヒヨリが調べてきたこれまでの出来事を聞き続けたのだった。


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