目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
勇者対暴食の怪物


 ◇◆◇◆◇◆


 ……ああ。腹が減った。


 そのホブゴブリンは、今までの状況に苛立っていた。


 ジェネラルに先んじて、ヒトの村に突入したまでは良い。美味そうな匂いを嗅ぎつけて向かったのも良い。しかしその後が良くなかった。



「……はぁ……はぁ…………ここは、絶対に通さないぞ!」



 ちょこまかと動き回って切りつけて来るヒトの子供の妨害。



「無事だったかライ。助けに来るのが遅くなってすまない。だが君が無事で良かった」



 後からやってきた、自身と同じ言語を操るどこかヒトらしくない人。そして、



「言ったでしょう? 今のワタシは……って」



 


 次々と現れる邪魔者達に苛立ち、身体中は傷だらけになり、咄嗟にヒトならざる者の攻撃をそこらに居たゴブリン同種を盾にして防ぐ。しかし、


 ……ああ。腹が減った。苛立たしい。こんな傷、何か食べればすぐにでも回復するのに。そう考えてふとホブゴブリンは気が付いたのだ。




 なんだ。ゴブリン食べ物なら手に持っているではないか。それに選り好みしなければそこらに沢山散らばっているではないかと。




 こうして、ただのホブゴブリンは今、ある意味でジェネラルとは別方向の災厄。同種をも喰らう暴食の怪物に成り上がった成り果てた




 ◇◆◇◆◇◆


 戦いは千日手。膠着状態の様相を呈していた。


「ガアアアアっ!」

「うるさい」


 ホブゴブリンは攻撃を突進ではなく大剣を主体としたものに戻していた。これは単純にリーチが広くなるのと、魔法を主軸とするユーノならカウンター気味の投げ技を警戒する必要がないという事だろう。


 剣の振りは力強く、軌道自体は読みやすいとはいえ剣速は速い。しかし、まったくユーノには当たらない。それもそのはず。


「“強風ハイウィンド”」


 ユーノはひらりひらりと自在に空を舞っていた。ヒヨリによれば風魔法を全身に纏わせているらしい。


 まるで風に舞う木の葉のように、いくら凄い力で切りつけようと直撃の前に風で流れるように回避するユーノ。そして回避の度に、


「氷弾」

「ギギィっ!?」


 こうして、魔法によるカウンターが入るのだ。今もまた、ホブゴブリンの顔面に氷の弾丸が突き刺さり、鼻が潰れ頬肉が削がれた。


 本来ならいくらタフだろうとも、もう二、三回は致命傷となる一撃を浴びている筈なのだが、


「ギ、ガアアアアっ!」

「ギギャアっ!?」


 その度に、周囲に倒れている戦闘不能となったゴブリン達を食い散らかし、速攻で傷が完治してしまうのだから性質が悪い。


 勿論ゴブリン達も、そのまま食われるのは嫌なので動ける者は必死に逃げようとする。しかし、


「ガアアアアっ!」

「ギィっ!?」


 その度に上位種権限で動きを封じられ、哀れホブゴブリンのエサにされていく。これはいくら襲ってきた相手とはいえ惨い話だ。


 離れた所では、まだ疲労が残っているのかまともに動けないライが、歯嚙みしながらユーノの戦いを見守っている。


 そして俺も、介入するにしてももう体力があまり残っていない。下手なタイミングで行けば、盾になるどころか却って足手まといになるか。……歯がゆいな。


『ふふん。まあそこまで心配する事もないですよ開斗様。この勝負。ユーノさんの勝ちで結果は見えています』

「……そう信じたいが、その根拠は?」

『簡単ですよ。勇者は世界からのバックアップを受けています。ゲーム的な説明をするなら、理論上。対して向こうは共食いをして回復するというイレギュラーですが、それにしたって限度があります。このまま続けば先に体力が尽きるのは向こうの方です』


 ヒヨリがそうドヤ顔で説明するが、それが本当なら確かに食う物が無くなった時点で向こうの負けは確定する。ゴブリン達には少し気の毒だが。


 なら後はライを連れてこの場を離れ、情けない話だがユーノに任せれば良い。……そう考えた時だった。


「…………ふぅ」


 突然ユーノが風魔法を解いて地面に降りたのだ。どうしたのかと良く見れば、一瞬身体が透けて元のユーノの姿がブレて見えた。僅かにだが顔に疲れも出ている。


「ヒヨリ。勇者に体力切れも魔力切れもないんじゃなかったのか?」

『おっかしいですね。……あっ!? もしかしてですが、まだユーノちゃんが完全に覚醒したわけじゃないからかも』


 そうこうしている内に、地面に降りたユーノに向けてホブゴブリンがまた襲い掛かっていく。今度はユーノの側も、瞬間的に風を纏わせて動きに緩急をつける事で消耗を避けつつ対処しているが、少しずつ身体が透ける時間が伸び始めていた。


 マズいな。こうなるとどちらが先に限界を迎えるかは分からない。……なら、


「ヒヨリ……いつでも加勢できるように準備してくれ」

『まあ牽制ぐらいにしかならないでしょうけど、分かりました!」


 そうして俺達がいつでも動けるように気を張っている中、視界の端でライもまた、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?