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燃え滓の男 勇者の蹂躙を目にする


 ◇◆◇◆◇◆


「…………何だこれは」


 周囲のゴブリン達が目を押さえて苦しむ中、俺は今の光景を見て驚きを隠せなかった。


 光と共に。言葉にしても中々おかしい事だが、それがライの重症をすぐ治した上、あのホブゴブリンを一蹴したというのだから一気に現実離れしている。


『いやはや凄まじい。制御が難しい無詠唱であれだけの怪我を治した上に、ホブゴブリンを簡単に吹き飛ばすとは。流石は“勇者”といった所ですか』

「ヒヨリっ!」


 そこにどこからともなくバサバサと音を立て、ヒヨリが俺の肩へと着地する。


「これはまた酷くやられましたねぇ。少々お待ちを。完全に治すのはこのボディでは難しいですが、ユーノさんでなくとも軽い痛み止めぐらいなら出来ますので」


 ヒヨリが背中に回り込んでそう言った直後、背中に温かい感触が広がって少し痛みが和らぐ。ヒヨリも回復魔法が使えたのかという疑問の前に、どうしても聞いておかなくてはいけない事がある。


「お前ユーノを放っておいて今までどこに……ちょっと待った。?」

『はい。……もしかして気づいていなかったのですか?』

「俺個人としてはライの方が勇者だと思っていた。予言板にも勇者の名前までは出ていなかったからな」


 最初に出会った時も今も、間違いなくライは誰かの為に勇気を奮ってゴブリン達に立ち向かっていた。これぞ勇者の心意気だと眩しく思っていたんだが、あれでも勇者ではないのだろうか?


『あ~。確かに精神性で言えばライ君の方っぽいですよねぇ。分かります。でもは間違いなくユーノちゃんですよ。だからワタクシ、ず~っとユーノちゃんがいつ覚醒しても良いように目を光らせていたのです』

「……なるほど。つまりユーノと仲良くしていたのはあくまでその為だったと」

『いやいやいやそれは誤解ですってっ!? 勿論最初に近づいたのは監視兼見極めの為でしたよ。しかしまあ……アレです。そういう相手でも仲良くなっちゃいけないって法はないわけで……はい。応急処置ですが終わりましたよ』

「ああ。ありがとう」


 すっかり背中の痛みも和らぎ、出血も大分落ち着いてきた感じがして礼を言うと、ヒヨリは再び俺の肩に留まる。





 さて。今まで俺達が、何故ここまで悠長にしていたか不思議に思ったかもしれない。ゴブリン達が目をやられている内に、逃げるなりなんなりすれば良いのにと。ただ、


「しかし……どうしたものかな」

『そうですねぇ。下手に近づくと寧ろ邪魔になりそうなんですよねぇ』


 そう。目の前で行われているそれは、戦闘と言うにはあまりにも一方的。敢えて言うのであれば……蹂躙だった。


 ユーノはさっきから一歩も動いていなかった。ライに腕を掴まれたまま、普段とは逆に彼を守る様に傍から離れる事なく。


 ならどうするのかと言うと、


「“氷弾アイスショット”。“火球ファイアーボール”。“土壁アースウォール”」

「ギ、ギイヤアアアっ!?」

「なっ……え~っ!?」


 魔法によるゴブリン達の制圧。言葉で言えばたったそれだけの事だが、先ほど放った魔法……ヒヨリによると“風刃”とかいう真空の刃を放つそれが、まったくの無詠唱であれだけの威力だ。なので魔法名有りで放つとどれだけの物になるかというと、


「ギギギャアっ!?」


 幾つもの氷弾は機関銃のように乱射されてゴブリン達の腕や肩を貫き、


「ギガガガっ!?」


 火球が放たれる度にゴブリン達は身体の一部が黒焦げになり、


「ギっ!? ギャアっ!?」


 地面から急激にせり上がる土壁に吹き飛ばされ、何体も宙に舞った。


 重ねて言う。ユーノはライに腕を掴まれたまま一歩たりとも動かず、一人で次々襲ってくるゴブリン達を近づける事すらなく蹂躙していた。そして、


「数だけは多い。面倒ね。……なら」

「うわっと!? ユ、ユーノっ!?」


 急にユーノは掴まれたまま、ライをさらに自分から引き寄せる。ほとんど密着するような体勢になってライが目を白黒させる中、ユーノは天高く残った腕を掲げた。すると、頭上に突如白い光球が出現する。


「なんだアレは?」

『アレは…………ちょ~っとマズいですね。開斗様。割と本気で忠告いたしますが、絶対にしばらくの間動いちゃいけません』

「動くなと言われてもな」


 今でこそゴブリン達は脅威と見做したユーノの方に向かって行っているが、少しでも注意がこっちに向けば襲い掛かってきそうだ。それはどうするのかと暗に問うと、


『大丈夫です。アレが発動した瞬間勝負は着きますから』


 そうこう言っている内に、光球はどんどん大きくなっていく。ピンポン玉大から野球ボール大。バスケットボールを超えて更に大きく。そして、


「聖なる光よ。地に降り注ぎ我が敵を討て。“審判の光ジャッジメント・レイ”」


 カッ!


 そう言ってユーノが静かに腕を振り下ろした瞬間、光球が弾けて中から光が周囲一帯に降り注いだ。まるでレーザービームのように勢いよく。


「ウギャっ!?」

「ギギィっ!?」


 ドスッ。ドスッと音を立てて、光は次々にその場のゴブリン達の身体を貫いていく。


 俺達の方にも一本飛んできたが、すぐ脇を掠めて俺を壁にしようとしていたゴブリンを撃ち抜いた時は冷や汗をかいた。


 そうやって圧倒的な力でモンスター達を倒していく様は勇者と言うより、どこか無慈悲なほど美しい天使のようにも感じられて。


 時間にして僅か10秒間。そうして審判の光が収まったあと、立っているゴブリンは一体も居なかった。ついでに一緒にやってきていたマッドリザードまで倒れ伏していた。


「これが……勇者か」

『はい。本来この世界の神族に対するカウンター抑止力ですからね。いくら上位種が居て強化されているゴブリンが相手でも、この程度はその場から動かず目を瞑っていたって出来て当然ですね。……まあ完全に覚醒していたらこの程度では済まなかったでしょうけど』


 ヒヨリがそんな事を呟いているが、これで完全ではないのか。しかし、


「……なぁユーノ。村に攻め込んできたこいつらが敵なのは分かってるし、やっつけておかないと村に被害が出るのも分かるんだけどさ。だけどこう……。こんな事」


 抱き寄せられたまま、ライが複雑そうな顔をしてそう悔しそうに言う。


 村が助かった事の安堵、自分が護る筈の妹に助けられたという悔しさ。そして妹にモンスター相手とはいえ、こんな虐殺をさせてしまった自分への無力感。こんな所だろうか。


 そしてそれは俺にも分かる。良い大人が子供達に命を救われる形になってしまったからな。申し訳なさでいっぱいだ。だが、


「大丈夫。誰も……殺してない」

「えっ!? ……あっ!? 本当だっ!」


 ユーノの言葉にまさかと倒れ伏す多くのゴブリン達を見れば、最初に俺とライが倒した奴を除けばどれもまだ息があった。


 腕や足を氷弾で貫かれ火球で焼かれ、土壁で地面に叩きつけられて、おまけに審判の光で刺し貫かれたというのに。……つまり、最初からユーノはあれだけの数相手に手加減をしていたのだ。


「ゴブリン自体のは大したものじゃない。命じられてやっただけ。上位種だけは見過ごせないから仕留めたけど、間引きはお父様がやってくれるしここで全滅させる必要はない。村を襲われた怒りや復讐心で止めを刺したいなら話は別だけど、それ以上はワタシのやる事じゃない」


 そう淡々と話すユーノ。一見すると事務的というか機械的な感じがするが、それにしてはどこか言い方に優しさらしきものも感じられる。この普段とのブレは一体何なんだろうか?


 しかしそれ以上考えるのは後で、まずはユーノに虐殺させなかった事を喜ぶべきだろう。心なしかライもホッとしているし。


「……ああ。ゴメンね兄さん。さっきからずっと抱き寄せたままで苦しかったでしょ。待ってて。後はカイトさんの治療を済ませて、ここの奴も含めた村のゴブリンを仕留めるか追い出せば全ては丸く」

「……っ!? まだだ。まだアイツ生きてるぞっ!」


 何かに気づいたのか、話の途中でライが一点を指差す。そこには、


「……ギギギ、ガァ」


 最初に切り裂かれて吹き飛ばされたホブゴブリンが、血をだらだら流しながら立ち上がった。


「……呆れたタフさね。アナタにだけは敢えて審判の光が急所を外さないように放ったのに」


 その疑問は、ホブゴブリンがその手に持っている物を見て氷解する。それは、


「アイツっ!? !?」


 息も絶え絶えのゴブリンが一体、首を掴まれてぶら下がっていた。どうやらこれで急所を外したらしい。だが急所を外したとはいえ審判の光はゴブリンごとホブゴブリンの脇腹を貫き、胸の負傷と合わせて相当の出血をしている。あれならもう油断しなければ勝てるだろう。


「言ったでしょう? 他のゴブリンはともかく上位種は見過ごせない。止めを刺させてもらうわ。……兄さん。少しだけ待っていてね」

「ああ」


 流石にホブゴブリンに関してはライも見逃すつもりはないらしく、素直にユーノを掴む手を離す。そしてユーノが歩き出そうとした時、



 グウウウゥ!



 。不思議と直感で浮かんだそれが身体から聞こえてきたかと思えば、ホブゴブリンは恐ろしい行動に出た。それは、


「グギギ……ガアアっ!」

「アギャアアアアアっ!」


 ガブっ! ブシャアァっ!


 なんとホブゴブリンは掴んでいたゴブリンの喉元に食らいつき、そのまま食い千切ったのだ。ゴブリンの断末魔と共に喉元から血が噴出し、ホブゴブリンを濡らす。


「……おいヒヨリ。ゴブリンと言うのは共食いの習性でもあるのか?」

『いいえ。いかに上位種だとしても、共食いするなんて聞いた事がありません。あれは……本当にただのホブゴブリンなのですか?』


 冷や汗を流しながら答えるヒヨリ。そしてあれよあれよという間に、ホブゴブリンはそのままもう二、三口咀嚼を続けるとポイっとゴブリンの死体を投げ捨てる。すると、


 ドクン! ドクンっ!


 みるみる内に身体中の傷が塞がっていく。いやそれどころではない。筋肉の張りが満ち、気のせいか体格も一回り良くなっている。


「ギ、ガアアアアっ!」


 ホブゴブリンはさっきの続きだとばかりに、力の限り咆哮を響かせる。そんな中、


「……少しだけ、面倒ね」


 ユーノはどこか気だるげに、腕を前に出して構えを取った。それが最低限構えを取るだけの相手だと判断したかのように。

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