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ライ 勇者に一瞬ときめく

 ◇◆◇◆◇◆


「うああああっ!?」

「ライっ!?」


 カランっ。


 油断した。躱せたはずだった。


 右腕に鋭い痛みが走って力が入らなくなり、音を立てて剣を取り落とす。


 何とか着地して腕に目を向ければ、そこからはまるで穴の開いたコップみたいに血がとめどなく流れていた。もう片方の手で押さえるけど、全然血は止まらなくて服が真っ赤に染まる。


(……ああ。オレ、死んじゃうんだな)


 すぐに治療しなきゃ死んでしまうほどの深手。それくらいは医者じゃなくても何となく分かる。自分の身体だしな。


 でもそうはいきそうにない。目の前で嫌な笑いをしながら、オレに止めを刺そうとホブゴブリンが迫って来る。周りのゴブリンは巻き添えを恐れて近づいてこないけど、そんな事は大した差にならない。それに、


「いやあああっ!?」


 この声を聞き間違える筈もない。ユーノだ。何でか知らないけれど、こんな所までやってきてしまったらしい。


 視界の端で、ゴブリンが何匹かそちらに向かって行くのが見える。何とかしなきゃと思うけれど、身体が思うように動いてくれない。


 ガタガタ。


 気が付けば身体が震えていた。血を流し過ぎたからか、それとも死ぬのが怖いのか。……もしかしたら両方かもしれない。それでも、


「……はぁ……来いよ怪物。オレが……はぁ……居る限り、ユーノにも村の皆にも、これ以上絶対に手は出させないぞっ!」


 片腕は死にかけ。まともに剣も持てない。呼吸もさっきからおかしい。それでも


『ライ……ユーノの事をお願いね』


 母さんとの約束が、


『安心してよ。父さんが出かけている間は、オレが村を守るからさ!』

『そうかそうか! それは頼もしい。なら安心して突入できるというものだ。頼んだぞ!』


 父さんとの約束が、そして何より、


『大丈夫。ユーノは必ず、俺が護るから』


 が、目の前のホブゴブリンを睨みつけるだけの力をくれる。


 ほんの少し、数秒でも長くコイツを足止めする。そうすれば兵士達が駆け付けてくれるかもしれない。先生がユーノを助けに入ってくれるかもしれない。


 そう信じて、ホブゴブリンが振り上げる剣を無理やりにでも躱そうと身構えて、



 カッ!



 オレの後ろから強烈な光が辺りを照らし、それをまともに浴びたホブゴブリン達は目を押さえて苦しむ。


(な、何が起こったんだっ!?)


 一瞬先生が何かしたのかと思えば、咄嗟に目を庇ったのか腕を翳しながら、先生も驚いたような顔でオレの後ろを見つめていた。オレはそのまま振り返ろうとして、



「動かないで」



 そっと、誰かに傷ついた腕に触れられた。そんな事されたら痛くてたまらない筈なのに、何故かまるで痛くない。それどころか、


「傷が……治っていく?」


 その手から洩れる光はよく見慣れた、ユーノが使う回復魔法の光。でも骨まで届くような深手を治すのはユーノにだってできない。


 それこそ王都や聖都に居るような、一回頼むだけで物凄い治療費が掛かるっていう凄腕の回復術師じゃないと。


 一体誰がとその顔を見れば、


「もう、大丈夫」


 トクンっ!


 。胸の鼓動が一瞬飛び跳ねた。


 その人は、オレより一回り年上のお姉さんといった感じだった。


 艶やかに肩の先まで伸ばした金髪。少し緑がかった青色の瞳は、キラキラと星屑みたいに輝いている。


 少し鋭い目つきや細めの顔立ちは、見る人によってはまるで人形みたいと言うかもしれない綺麗さで。だけど、オレに向けて穏やかに微笑む姿は全然そんな事は無くて。


 そしてその服は、動きやすい白銀の軽鎧の上からゆったりとした薄紫の衣を纏わせた物。敢えて例えるなら、戦うためのドレスとでもいうような格好だった。だけど、



「…………?」



 あり得ない。でも何となく分かった。


 一瞬だけときめいてしまったけれど、大分顔も服も歳も変わってしまったけれど、この人はオレの大切な妹であると。


 しかしそんな事を考えている内にみるみる腕の傷は塞がっていき、


「これで、良い」

「……治った? 治ったぞっ! ありがとうよユーノ!」


 手が握れる。腕が動く。血で真っ赤に染まった服が無ければ、まるで傷なんて最初からなかったみたいに腕は元に戻っていた。


「ようしこれでまた戦え……あっ!? 先生も大怪我してるんだっ! その怪我も」

「分かってる。それとまだ動いちゃダメ。疲れまではとれていないから。……そこで休んでて」


 ザッとオレの横から前に踏み出すユーノ。その横顔は、オレに向けていた温かなモノとはまるで違い、どこか冷徹さを感じさせるもので、


 ガシッ。


 気が付けばオレは、咄嗟にユーノの腕を掴んで引き留めていた。


「……離して。あの人を落ち着いて治療するためにも、まずアイツらをやっつけなきゃ」

「ダメだ。それは腕が治ったんだからオレが行く。ユーノは先生を治す事を優先してくれ」

「……大丈夫。今のは、多分……凄く強いから。危なくない」

「そういう問題じゃないんだっ!? それになんというか、その……今この手を離したらいけない気がするんだよ」


 それは漠然とした不安。今この手を離したら何か取り返しのつかない事が、ような気がして。



「危ない二人共っ!?」

『ギイイガアアアっ!』



 そこに聞こえてきたのは先生の切迫した声。さらに、片手で目を押さえながらも、もう片方の手で大剣を振り回しながら迫るホブゴブリンの姿があった。


(くそっ!? 目が見えないなりにおおよその当たりを付けて止めを刺しに来たかっ!?)


 オレは急いでユーノを連れて逃げようと腕を引くが、まるで根を張った木みたいにびくともしない。


 そして、いよいよホブゴブリンの剣がこちらに届きそうになったその時、



「……邪魔よ」



 ユーノが鬱陶しそうに軽く掴まれていない方の腕を振るった。まるで羽虫でも追い払うような気楽さで。


 それだけ。たったそれだけの事で、



 ザザザザンっ!



 その胸に幾筋かの線が走り、勢いよく血を吹き出しながらホブゴブリンが吹き飛ばされる。


「…………えっ!?」


 あれだけオレ達が苦戦した相手を軽々とのしたユーノは、こともなげにこう言った、




「言ったでしょう? 今のワタシは……って」



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