目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
目覚め


 ◇◆◇◆◇◆


 戦いは激しい物だった。


「はあああっ!」


 ザンっ!


 次々押し寄せるゴブリン達。それぞれこん棒を振り回して襲ってくるのを、ライはまさにその名の通り、ライのように鋭い動きで捌いていく。


 時には剣で斬り捨て、時には咄嗟に剣を離して相手の腕を掴んで投げ飛ばす。先ほどはホブゴブリンだからこそ耐えられた面もあり、普通のゴブリンなら受け身も取れずに叩きつけられれば大抵悶絶して戦闘不能になっていた。


 真剣での斬り合いなんてほとんどした事が無い筈なのに、ここ一番で稽古と同じように剣を振るえるのは、やはりモンスター相手の命のやり取りが身近なこの世界ならでは……と言うべきか。或いは子供が剣を振るわなくてはいけない状況に追い込んだ大人の責任か。


 しかし、何はともあれゴブリン達を倒せていたのは事実で、俺も僅かな時間とはいえ思考伝達でゴブリン達の動きを阻害出来たため、ほんの少しだが戦いに余裕が出来ていた。



 ……そう。



「ギギガガァ!」


 ズンっと重圧を感じるほどの足音を響かせて、これまでこちらを静観していたホブゴブリンが動き出す。他のゴブリン達に戦いを任せて休んでいたようで、それなりに回復してしまったらしい。そして、


「……っ!? 気を付けろライっ!? そっちを狙っているぞっ!」


 さっきからおなじみの突撃体勢をとり、ホブゴブリンがライに狙いを定めるのを見て、俺は咄嗟に警告する。


「大丈夫。いくら何でもこんな敵味方乱戦状態じゃ早さなんて全然……なっ!?」

「ギイガアアっ!」


 ライが驚きのあまり声を無くしたのも仕方ない。このホブゴブリンはあろう事か、ライへと向かって行ったのだ。


 当然跳ね飛ばされた方はただではすまない。バキバキと骨が折れ、肉が千切れながら吹き飛ばされていく進路上のゴブリン達。


「ウソだろっ!? 仲間まで」

「くっ!? 邪魔をするなっ!?」


 仲間を仲間とも思わない荒業に、ライは回避しようとし、俺はどうにか近づこうとする。しかし周囲のゴブリン達が邪魔でまともに動けない。そして、


 ドドドドドっ!


「こん……のおおっ!?」


 ダンっ!


 ライは思い切った手に出た。周りをゴブリンに阻まれて逃げられない。なら残るは上だとばかりに、近くのゴブリンを踏み台にして飛び上がったのだ。


 これなら突進も飛び越えて躱せる。そう思った直後、


「ギヒヒ」

「……っ!? 気を付けろライっ! 罠だっ!?」


 少し離れていたからこそ気づけたそれ。ホブゴブリンは獲物が罠に掛かったような嫌な笑みを浮かべ、急に突進中に十字に構えていた腕を解いた。


「しまっ!?」


 ザシュっ!?


 走りながらホブゴブリンの振るった爪が、空中のライの腕を切り裂いた。


 そう。奴はこれまでと違い、今回は全力で突進をしていなかったのだ。


 周囲をゴブリンで取り囲む事で逃げ場を塞ぎ、そのまま味方のゴブリンごと潰せればそれで良し。しかしもし跳んで躱すようであれば、こうしてカウンターも出来ない空中で狙い撃ちするつもりで。


「うああああっ!?」

「ライっ!?」


 カランっ。


 うめき声を上げながらどうにか着地したライだったが、その腕は爪で深く傷つけられてだらりと垂れ、力なく剣を取り落とす。


 誰がどう見たって重症。もう片方の手で押さえてはいるが出血は止まらず顔色も悪い。一刻も早く医者に診せなければ命に関わる。俺は無理やりに囲みを突破しようとして、



「いやあああっ!?」

「なっ!?」



 聞き覚えのある悲鳴が響き渡り、思わずそちらを見てしまう。すると、


「なっ!? ユーノっ!? 何故ここに」


 少し離れた所で、ユーノが真っ青な顔でぺたりと座り込んでいた。何でここにっ!? ヒヨリに頼んで避難所に逃がさせた筈だぞっ!? 


(……くっ!? どうするっ!?)


 今の悲鳴でゴブリンの何体かがあちらに向かった。しかし、今にもホブゴブリンがライに向けて剣を振り下ろそうとしている。


 こんな時にヒヨリの姿は何故か見当たらず、ライは怪我が酷くて剣を握れない。


 どちらを助けるか、見捨てるか。最悪な二者択一。俺は一瞬だけ悩み、ギリギリと歯を食いしばりながら走り出そうとして、



 カッ!



 




 ◇◆◇◆◇◆


 非力な自分にも何か出来るのではと思った。背筋に走った嫌な予感を振り払うためにここまで来た。なのに、


「いやあああっ!?」


 視線の先で兄さんが腕を切り裂かれたのを見て、情けなく悲鳴を上げてその場に座り込む中、頭の中ではどこか冷静な自分が居た。


(……ダメ。あれは治せない)


 最初に思ったのはそれだった。流れ出る血の量、抉れた肉、そしてその奥に微かに見える白い……。


 自分の力ではどれだけ頑張っても完全には治せない。血を止められても、肉を繋げられたとしても、もうまともには動かせない。



『安心しろよ! ユーノはオレが必ず守る。兄貴だからさ!』



 そう言って笑う兄さんの姿が脳裏に浮かび、次の瞬間砂のように崩れ去る。


「…………ダメ」


 こちらにゴブリン達が何体か歩いてきて怖いけれど、それよりももっと今の想像の方が怖い。


 トクンっ!


 絶対助けなきゃ。それも命が助かるだけじゃダメ。その後もずっと元気でいてほしい。いつもみたいに笑ってほしい。その為にはどうすれば……。


 トクンっ! トクンっ!


 また、胸の奥が熱くなる。ゴブリン達がもう目の前に来ているけれど、そんな事はどうでも良かった。


「わたしに、もっと力が有れば」


 兄さんの傷を完全に治す力。ゴブリン達をやっつける力。治す力と壊す力。矛盾しているけど、。だから、


「うん。ヒヨちゃん。わたし、もう……我慢しないよ」


 胸の奥の熱さを解き放ち、周囲に光として広がった瞬間、





 


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?