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ユーノ 目にしてしまったものは


 それはカイトさんと一緒に、大きなゴブリンと戦う兄さんを見つけた時に遡る。


「良いか? ユーノはあちら側からぐるっと回って避難所に向かうんだ。先導にヒヨリを付けるから、ゴブリンの一、二体ぐらいならなんとかなる」

「えっ!? でも兄さんはっ!? わたしはここに隠れて、いざという時に兄さんの傷を治せるように準備した方が」


 兄さん達とは反対側の方を指差しながら言うカイトさんにそう尋ねると、カイトさんはゆっくりと首を横に振って答える。


「ダメだ。今は何より君を逃がすのが最優先。きっとライだって同じような事を言うよ。妹を自分から危険に晒すなんて兄貴失格だって。それに、君の回復魔法は確かに良い力だ。でも治るまで少し時間が掛かってしまう。今みたいに戦っている真っ最中ではどのみち使う事は出来ないよ」

「それは……そうですけど」


 実際わたしの魔法は、傷が治るまで少し時間が掛かるし、その間わたしも治しているヒトもその場から動けない。


 わたしが口ごもると、カイトさんは軽く背を押して行くように促す。


「大丈夫だ。ライはいざとなったら俺がこの身に代えても助けに入る。必ず避難所まで逃がしてみせるよ。だからユーノは先に行って待っていてくれ。……ヒヨリ。頼んだぞ」

『はいはい。このヒヨリさんにお任せあれ! という事でユーノちゃん。こちらへ』

「ちょっ!? ちょっとヒヨちゃんっ!?」


 そうしてわたしはヒヨちゃんに半ば無理やり連れだされるように、大回りして避難所へ向かう事になった。





 だけど、ゴブリン達は道中あちこちに居た。隠れながら進んでいたけれど、流石にこれでは避難所に着くまでどれだけ掛かるか分からないとヒヨちゃんが提案して少し強引に進んでいく事に。


 そしてどうしてもぶつかってしまう相手には、


「ギギィっ!」

『むぅ。またしてもゴブリンが。しかしですね。これでも喰らいなさいっ!』


 カッ!


「ウギャギャっ!?」

『オホホホホ。これぞ必殺ヒヨリさんフラッシュ。常時日光をエネルギーとして身体に貯めこみ、いざという時に一気に放出できるサンライトバットの十八番ですとも。まあ乱発できるのは太陽の出ている昼間のみで、夜間はほとんど使えないのですが。さあユーノちゃん。今の内です』

「分かったよ!」


 そんな感じでヒヨちゃんが全身から閃光を放ち、ゴブリン達の目を眩ませて横をすり抜けて行った。


 そうして進む事しばらく、


『あっ!? アレですね避難所は。どうやら見えてきましたよ』

「……はぁ……やった。もうすぐ、着くね」


 迂回したので時間が掛かったけれど、見覚えのある建物が視界に入り、疲れた足に力が戻る。


 もう一息だ。もう一息で助かる。そうやって前に踏み出そうとして、



 ゾクッ!



 突然背筋に悪寒が走った。


 ばっと振り向くけれど、今まで進んできた道には何もない。ゴブリン達が追ってくる様子もない。


 なのに、悪寒が止まらない。言葉に出来ない不安が身体から離れない。そんな中、


「…………兄さん?」


 ふと、そんな言葉が知らない内に口から洩れていた。何故かは分からない。でも一瞬、兄さんの事が脳裏に過ぎったんだ。


 このまま進んだら、兄さんに何かとんでもない事が起こる。そんな漠然とした、だけどどこか確信めいた何かが胸を打つ。虫の知らせというものかもしれない。


 だからそこで立ち止まり、一歩後ろに向けて踏み出そうとして、



『良いのですか?』



 ばさりと羽を羽ばたかせ、頭上から聞こえるヒヨちゃんの言葉が、どこか普段よりも鋭くわたしに向けて響く。それはどこか威圧感すら漂っているように感じて、


『開斗様も、ライ君も、その身を賭して今戦っています。お二人だけではありません。この村を守らんと奮戦している多くの兵士達も然りです。アナタがあの場に戻る事は、そんな方々の覚悟と行動を無為にしかねない事だと自覚していますか?』


 わたしは何も言わず、その言葉を聞いている。


『さらに言えばユーノちゃん。アナタはこの村の村長にして男爵、バイマン様の御息女です。万が一血の繋がりが無いにしても立派な家族なのです。その立場を鑑みても尚、アナタは危険な場に戻るのですか?』


 ヒヨちゃんの言う事はどれも間違っていない。ここは避難所に入って待つのが誰が見たって正しい。多分皆がそれを望んでいる。……でも、


「…………ゴメンね」

『ユーノちゃん?』


 タンっ!


 わたしは一歩、後ろに向かって踏み出した。


「良くない事だって分かってる。正しくない事だとも分かってる。でも、上手く伝えられないけれど、なんだかとっても嫌な予感がするの。ここでただ待っているだけじゃ、きっと……わたし一生後悔するっ! ……だからゴメン。カイトさんにも、兄さんにも、村の皆にも……それにヒヨちゃんにも、全部終わったら謝るから、だから行かせてっ!」


 止められたって行く。そういう気持ちを込めて更に一歩足を進めると、


『…………はぁ。しっかたないですねぇ』


 大きなため息と共に、なんとなく感じていた鋭さや威圧感すらさっぱり消え失せて、ヒヨちゃんはふわりとわたしの肩にまた留まる。


『乙女の勘というものは、中々どうして馬鹿にしたものではありません。ユーノちゃんがそのように感じたというのであれば、それには何かしらの意味があるのでしょう。…………それに何か感じたのかもしれませんし』

「……ん? ヒヨちゃん。今なんて?」

『いえいえ。ちょっとした独り言ですのでお気になさらず』


 後の方の言葉が小さくて聞き取れなかったけれど、そのままヒヨちゃんはオホホと笑って首を横に振る。


『さ~て。また戻るのは少々体力的にキツイかも知れませんが、言い出しっぺの責任という事で我慢してくださいな。……さあ。参りましょうか!』

「うんっ!」

『……それと、多分引き返す事でワタクシ、開斗様にそれはもうすっごく怒られると思われますので……その分も一緒に謝ってくださいね!』

「……う、うん。分かった」





 こうして、わたし達は今までの道を引き返し始めた。


 途中向かう先から物凄い叫び声が聞こえて怖かったけれど、そのせいかさっきまであんなに居たゴブリンがほとんど姿を見せなくなったので、進むだけなら疲れを我慢するだけで済んだ。


 そして、結論だけ言えばわたし達は遂にその場に辿り着いた。だけど、そこで見たのは、



 カランっ。



「…………兄……さん?」


 腕を激しく切り裂かれ、夥しい出血と共に剣を取り落とす兄さんの姿だった。


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