それに気が付いたのは、俺達が少し離れた所からライと大柄なゴブリン……ホブゴブリンの戦いの様子を窺っていたからだ。
ライを見つけてすぐ、俺は咄嗟にユーノをヒヨリに任せて助けに行こうとしたが、
「見様……見真似でええぇっ!」
ズドオオオンっ!
ライは以前俺が掛けた技を見様見真似で再現し、ホブゴブリンを地面に叩きつけた。
見事の一言だった。
ライには基本受け身や基礎練習ばかりで、実際の投げ技は人形相手に何度かやった程度。それを実戦で、しかもこの土壇場で決めてみせたのだ。
ライが疲れから気を抜いたのも仕方のない事だろう。それだけ完璧に決まった一撃だった。つまり、
「……はぁ……あっ! 先生っ! 見てくれよ。オレ頑張って避難所を」
「ライっ!?
倒れ伏した筈のホブゴブリンが起き上がったのは、それだけ奴のタフさが尋常ではなかったんだ。
気が付いた時、俺は考えるより先に走り出していた。考えていても同じ結論になったとは思うが。
ホブゴブリンを止めるには力も距離も早さも足りなかった。なので俺に出来たのは、剣が振り下ろされる直前にライを抱え込むように突き飛ばす事くらい。
ドンっ! ザシュっ!
「ぐっ!?」
背中に熱さとも痛みともつかないものを感じつつ、そのままライと一緒になって地を転がる。
視界がグルグルと回り、一瞬眩暈がするも必死にその場で立ち上がった。ホブゴブリンは……どうやら向こうもライの一撃は堪えたらしいな。剣を振り下ろした態勢のまま、頭を押さえて少しふらついている。
「……先生? …………先生っ!?」
「……ああ。無事だったかライ。助けに来るのが遅くなってすまない。だが君が無事で良かった」
「それより先生。背中がっ!?」
自分も疲労困憊だろうに、ライが真っ青な顔でこちらに駆け寄って言う。
背中は痛みと熱さが酷く、服をぐっしょりと濡らしているのはもう汗か血かも分からない。しかし、まだ身体は動く。大事な所まで傷ついていなくて助かった。
「このくらいどうって事はないよ。それより問題はアイツだ」
ホブゴブリンは軽く頭を振ると、戦意を取り戻したのかこちらを睨みつける。乱入してきた相手がどの程度の相手か見定めているといったところだろうか。
困った事に、俺ではホブゴブリンには勝てない。
ライのあの会心の投げをまともに受けて耐えきられたとなると、戦闘不能にするにはもう何度か同じように叩き込む必要がある。
しかし間近で見て分かったが、コイツは見た目に似合わず頭が良い。今もすぐに向かって来ずにこちらを窺っているのは、また先ほどみたいにカウンターを喰らうのを警戒しているためだ。
多分もうライのやった手は使えない。出来ても一度が限界で、それで倒しきれるかと言うと疑問が残る。これが上位種という奴か。
「ライ……ここは俺が時間を稼ぐから避難所に逃げ込むんだ」
俺はライを手で押しのけ、ホブゴブリンに向けて一歩前に出る。
「逃げっ……先生はどうするんだよっ!?」
「俺なら心配いらない。時間さえ稼げば編成を終えた兵士達が駆け付けてくれる。こちらにも奥の手はあるし、それまで粘るだけなら問題ない」
正直これは少しだけ嘘だ。相手が上位種な以上、思考伝達スキルもどこまで通用するか分からない。向こうは万全ではないが、こちらも怪我を負っている。そして、真っ向勝負で勝てるほど俺は自分が強いとは思っていない。
だがこれ以上目の前で子供が、それも仮にも俺の教え子が死ぬような目に遭うくらいなら、俺は嘘だって吐くさ。大人だからな。
「それに君はまだ子供で、大人には子供を守る義務がある。これは君のお父さんから頼まれた事でもあるんだ。……大丈夫だ。ユーノはヒヨリに任せて先に逃がした。これでも君の先生だぜ? 信用しろよ。……さあ。行けっ!」
その言葉を皮切りに、待ってましたとばかりにホブゴブリンはこちらへと躍りかかってきた。それも剣は振るわず、身体ごとこちらを圧し潰そうと言わんばかりのタックルだ。
そう来たか。あれでは生半可な足捌きは通用せず、下手に組み合おうものなら投げるより前にこっちがひかれてしまう。そう考えて俺は咄嗟にライから離れるように移動し、ホブゴブリンが直撃する寸前で思いっきり横っ飛びする。
またもや転がりながら受け身を取る羽目になったが、そのおかげで一瞬ホブゴブリンはこちらを見失う。今だっ!
「
「ギギィっ!?」
俺は怒鳴りつけるように命令を叩き込み、ホブゴブリンはその場で停止する。上手くいった。
「何してるんだっ!? 早く行けっ!」
「う、うんっ!」
ライがその場から駆け出したのを確認すると、俺は改めてホブゴブリンを見据える。後はこのまま他の兵士達が来るまでこの場で釘付けに、
「ギギっ…………ガアアァっ!」
くっ!? やっぱり駄目だったか。
動きが止まったのは僅かな時間だけ。やはり上位種相手には効果が薄いのか、ホブゴブリンは咆哮と共に拘束を解いてこちらへと向き直る。
しかし、それはある意味で好都合。今の一瞬で、こちらに足止め出来る技がある事を向こうが認識した以上、俺をこのまま放っていく事は出来なくなった筈だ。無視して避難所に向かえばまたさっきのように止められるのだから。
さあ。この身一つでどこまで時間を稼げるか、一つ勝負と行こうじゃないか。……分の悪い賭けだけどな。