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奮戦するライ ホブゴブリンの猛攻


 さて。何故このような事になったのか。それは幾つかの偶然が重なった為だった。


 まず追いすがる兵士達を振り切り入口を突破し、村へと雪崩れ込んだホブゴブリンを始めとするゴブリン達。


 ただ事前に避難準備等が済んでいた事やユーノの働きもあり、その付近の村人は既に大体避難済み。


 人的被害は入口を守っていた兵士達を除きほぼなく、精々空き家を荒らされる程度。モンスターの襲撃にしては想定より軽い物だった。


 だが、ホブゴブリンにとってはそんなものはどうでも良かった。連れてきたゴブリン達が何体勇敢な兵士達に討ち取られようと、乗ってきた一際大きいマッドリザードが力尽きて倒れようと気にする事ではない。


 その目的はただ一つ。。それ以外はホブゴブリンにとって些事だった。


 そこらの民家の食料程度ではまるで満たされない。なのでずんずん村の奥へ突き進んでいる内に、ふと気づいてしまったのだ。、村人がしばらく立てこもっても問題ないよう貯めこまれていた食料の匂いを。


 後は言うまでもない。取り巻きすらも置いて、食料の匂い目指して駆けるホブゴブリンだったが、そこで先に開斗に言われて避難所に向かっていたライが偶然鉢合わせし立ち塞がったのだ。父と先生との約束の通り、村人達と大切な妹が戻るべき場所を守るために。





 ライとホブゴブリンとの戦いは熾烈なものだった。


 実力差は明白である。上位種は全て並の同種の数体から十数体分の戦闘力を誇る。ジェネラル等の規格外でなくともそれだけの強さ。普通に考えればホブゴブリンの圧勝だ。


 しかしこの時ばかりはライのモチベーションが違った。ライも実力差自体は分かっていたのだ。初めて見たけれど目の前の奴は上位種だ。このまま戦えば多分勝てないだろうなと。


 避難所に逃げても誰も文句は言わないだろう。こう見えてもライは今年13歳になったばかり。まだ大人と言うには貴族の一員としてもやや早かった。


 しかし、ライは朧気ながら察していた。ホブゴブリンが避難所に辿り着けば、いかに逃げようとも村人達に被害が出ると。なので、


(こいつをこのまま進ませたら大変な事になる。オレは約束したんだ。村を、皆を、家族を守るって。だから、こんな所で負けられないっ!)


 怖気づきそうになる心を必死に叱咤し、守るべきものの為、絶対にここは通さないという気迫に満ち、これまで毎日練習してきた剣技を兵士から借りた剣で振るうライ。


 実戦の中で急成長する者はごく少数だが、ライは間違いなくそれだった。ホブゴブリンが力任せに振るう大剣をどうにか躱す度、隙を見つけて剣で切りつける度、その身のこなしも剣筋も鋭くなっていく。その剣の才能は間違いなく本物だった。


「はああああっ!」


 ザシュっ!


「ギイイヤアアっ!?」


 一閃。今もまた、一瞬の隙を突いて刃がホブゴブリンの脇腹を切り裂く。全身筋肉の鎧に覆われているので傷は浅いが、それでもまるで傷つかないわけではない。


 黒ずんだ血をだらだらと流しながら、ホブゴブリンは苛立たし気に目の前の邪魔者を睨む。


 或いはこのまま行けば、ライの成長度合いも加味してホブゴブリンを討ち果たす可能性もあったかもしれない。だが、


「…………はぁ……はぁ」


 現実はいつも非情である。ライは息を荒げ、その剣を持ったまま腕をだらりと下げてしまう。


 惜しむらくは、ライがまだ子供であり事だろう。


 一撃貰えば死に直結するホブゴブリンの暴力的な剣。いくら力任せで読みやすいとはいえ、戦いの中でライの精神はともかく体力はどんどん消耗していた。それこそまともに剣すら構えられなくなるほどに。


「ギヒヒヒ……ギギィっ!」


 ホブゴブリンはそれを見て嗤っていた。最初からずっと待っていたのだ。目の前のちょこまか動くうざったい邪魔者が、いずれ疲弊して動けなくなるこの時を。


「……はぁ……はぁ…………ここは、絶対に通さないぞ!」


 必死に剣を構え直すライだったが、もう構えるのがやっと。対してホブゴブリンは、多少の傷はあれどまだまだ戦闘に影響はない。この機に一気に叩き潰さんとばかりに、その巨体からは見合わぬ速度でライへと迫り剣を振るう。だが、


「……まだだっ!」


 ……スッ!


 ギリギリでライは、身体に負担の少ないよう敢えて力を抜き、最小限の足さばきのみでホブゴブリンの剣を回避する。


 それはある意味で脱力。武術の高等技法の一つを自然に繰り出した結果なのだが当然知る由もなく。結果としてホブゴブリンは剣を振るった形で大きな隙を晒し、


 ガッ!


 伸びきった腕を掴み、自分ごと倒れ込むように回転に巻き込むライ。その体格差は子供と大人どころではないが、元々その体格差を補うためにあるのが武術である。


「見様……見真似でええぇっ!」

「ギイイっ!?」


 ズドオオオンっ!


 そのままかつて自分が先生に掛けられた一本背負いを見舞い、轟音を立ててホブゴブリンは地面に叩きつけられた。


 自分の巨体による突進の威力をそのまま上乗せされたのだ。例え整備された床であってもダメージは免れないのにここは屋外。その威力は計り知れない。


「…………はぁ……はぁ…………ふぅ」


 ライはそのまま剣を杖代わりに疲労から膝を突く。それだけの激闘だったのだ。そこへ、


 タタタタッ。


 誰かが駆け寄ってくる音が聞こえたライは、顔をそちらの方向に向ける。すると、


「……はぁ……あっ! 先生っ! 見てくれよ。オレ頑張って避難所を」

「ライっ!? !?」


 駆けて来る開斗の言葉にライが後ろを振り向くと、そこには片手で頭を押さえながらもう片方の手で剣を振り上げるホブゴブリンの姿が有った。


 そして剣は振り下ろされ、



 ドンっ! ザシュっ!



「…………は?」


 戸惑うライの前で、抱きかかえるように身代わりとなった開斗の背が切り裂かれて血しぶきが舞った。



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