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燃え滓の男、試練システムを発現する


 ヒヨリに言われて展開した予言板。そこに追加された一文を、俺はどうにか理解しようと首を捻る。


 予言改変は分かる。それは正に今日起きた事だ。バイマンさんが討伐隊を率いて森に入った事で、前に書かれていた物が変化したあれだろう。


 しかしその後が分からない。試練踏破とはどういう意味だ?


『あ~。実はですね。当初開斗様に……というより今回の件を依頼する誰かにお渡しする能力は、予言システムとは別にもう一つ候補があったのです』

「もう一つ?」


 俺が尋ねると、ヒヨリは難しい顔をして続ける。


『はい。それが。簡単に言うと、試練というべき難行を踏破する度にポイントが溜まり、それに応じて特別なスキル等が付与されていくという……要するになんですね』

「英雄……ねぇ。イマイチピンと来ないが、つまり持ち主の能力を増やす能力かい?」

『分かりやすく言うとそういう事です。多分今回の件は一番最初の予言、初日にゴブリンに襲われたユーノさん達を救った事と、村への襲撃の予言を一部改変した事でポイントが溜まったのではないかと』


 ただ能力が増えるだけで英雄と言えるのかはさておいて、単純に能力だけ考えればかなり有用なものに感じる。


 しかしさっきからヒヨリが苦い顔をしているを見るに、これは想定外の事だったのだろう。


「その様子だと、これには何か不具合か欠点があるのか? 力を得る度に寿命が縮むとか」

『いいえ。試練システムにそういう意味での代償はありません。あくまで試練を踏破する度にご褒美がもらえる能力とお考えください。ただ、この能力は今回のご依頼に微妙にモノなので、最終的に予言システムの方に落ち着いたという経緯がありまして』

「噛み合わない? ……成程ね」


 少し考えれば理解できる。そもそもヒヨリから依頼されたのは、勇者が覚醒するまで命に関わる案件を防ぎ見守る事。その為にあるのが予言システム。つまり危険を察知して未然に防いだり回避する能力だ。


 対して試練システムは、そもそも危険試練に挑まなければ真価を発揮できない。強くなって勇者を守れるようになるというコンセプトかもしれないが、強くなるために自分及び勇者を危険に晒しては本末転倒。確かに噛み合わない。


『分かってもらえたようで何よりです。なので協議の結果、試練システムの方は用意したものの不活性状態にしていたのですが、何の因果かこうして発動している。これはチェックを怠ったこちらの失態です。誠に申し訳ありません』


 いつもの飄々とした態度はどこへやら。ヒヨリは真面目な顔でゆっくりと頭を下げる。ヒヨリは妙な所で真面目と言うか律儀なんだよな。


「気にしないでほしい。確かに知らぬ間に変な能力が身についたのは驚いたが、原因が分かったならそれで良い」

『そう言っていただけると助かります。ちなみに今からでも試練システムは不活性状態に戻せますが……いかがします?』


 そんなどこか試す様なヒヨリの言葉に、俺は少し考えて、


「いや、今はこれで良い。幸い有って害になる物でもないしさ、偶然手に入ったこの……『思考伝達』だったか? これが有ればゴブリンを戦わずに追い払えるのだろう? ならこの状況にはピッタリだ。ありがたく使わせてもらうよ。その後で重荷になるようであれば、その時はヒヨリに不活性状態にしてもらう」

『……そうですか。了解しました! いやね。なにぶんこういった能力を持つと『ヒャッハー! 新鮮なチートだぜぇ! おらおらどんどん試練やってこいやぁ!』……という具合に自分から危険に飛び込んで自滅するおバカな方が一定数いまして。ちょっとだけ人の手に渡すのは不安だったり……まあ開斗様に限ってそんな事にはならないでしょうが』


 そう苦笑交じりに語るヒヨリは、すっかりいつもの調子に戻っていた。この様子だと、どうやら以前そういう事が本当にあったようだ。


「何の縛りもなく、ただ純粋に己の限界を試したいのであればアリかもしれないがね。生憎俺はそうじゃない。避けられない道ならともかく、自分から試練に挑もうとは思わないよ。そもそもその避けられない危険を無理やりに回避するのが予言システムの本質だろう?」

『分かってるじゃないですか! ……では逃げる算段も付いた所で、早速ユーノさんをお助けに向かうとしましょうか!』




 ◇◆◇◆◇◆


 という事が有り、こうしてユーノが襲われる直前で助ける事に成功した訳だ。


 ちなみにこの『思想伝達』スキルだが、どうやらかなり強力なスキルのようだった。ヒヨリによると、俺は上位種に近い権限があるらしい。それも分かりやすく言語に直しているだけで、正確には俺の意思を直接脳内に叩き込む形で。


 だから対象がやりたくない事。例えば自傷行為や仲間への攻撃等を除けば大概の命令には従うし、俺が命じている限りは人への敵意も少しだけ落ち着く。


 それもゴブリン以外のモンスターであっても、知性や自我が薄い相手ならある程度有効と言うから凄まじい。マッドリザードにも通用したのがその証だ。


 ただ欠点として、あくまで上位種に近い権限なので命令は長続きしないし、複雑な命令も出来ない。


 なら例えば“止まれ”と言って動きを止めている間に攻撃すればと思うかもしれないが、ちょっかいを出そうとするとその瞬間自衛の為に命令が解けるのだ。攻撃されるのは当然だからだろう。


 まあそれでも時間稼ぎには有効だし、出会うゴブリン達に片端から“森に帰れ”と命令しているので刺激しなければそのまま村から出ていく。


 後はユーノを連れて避難所に駆け込むだけ……の筈だったんだが、避難所へ向かう道にて俺達はとんでもない光景を目の当たりにする。それは、



「ギヒヒヒ……ギギィっ!」

「……はぁ……はぁ…………ここは、絶対に通さないぞ!」



 厭らしく嗤う上位種ホブゴブリンを前に、息は荒く傷だらけになりながらも剣を構えるライの姿だった。



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