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(こんなのって……有りかよ)
討伐隊の一人ジョンは、恐怖に震えながらそんな事を考えていた。
それはゴブリンの間引きの延長……というのは楽観的だが、それでも十分余裕のある戦いの筈だった。
準備を整え、少しでも森に光の差し込む早朝から出発し、以前ゴブリンが使っていた拠点へまっすぐ向かって上位種を仕留める。言葉にするとたったそれだけ。
大人数だと逃げられる恐れがあると人員も100まで厳選し、そこに去年兵士に取り立てられた新米の自分が選ばれた事は、細やかだが優越感すら覚えた。
いくら上位種とはいえ所詮はゴブリン。それにまだ以前の間引きから日が浅い以上、精々その数も100やそこらが良い所。何もここまで準備万端整えて、村に備えまで残すなんてバイマン様も慎重が過ぎると思った事もあった。
しかし目の前の光景を見て、そんな事を考えていた過去の自分を殴りつけたくなる。
「ギイ……ギギィっ!」
「……なんて数だよ」
100体? いやいやまさかそんな事。
200体?
やっと辿り着いたゴブリンの拠点。そこには、どう少なく見積もっても800体を超えるゴブリン達がひしめいていた。加えて、
「オイオイオイっ!? あんな化け物が居るなんて聞いてねえぞっ!?」
「バカなっ!?
ゴブリン達の中心、多少歪だが玉座らしき物から立ち上がるのは、一見すればゴブリンとは似ても似つかぬ怪物。
濃い緑を通り越して黒に近い肌。人から見たら大男で、同種のゴブリンからすれば巨人とも言うべき巨体。瞳は赤く爛々と輝き、微かにグルルと威嚇するような声が口から洩れている。
これこそはゴブリンジェネラル。同じくゴブリンの上位種であるホブゴブリンとは格の違う、正しくゴブリン族の将軍である。
並のゴブリン100体分に相当すると言われる戦闘力。それを裏付けるように、片手で2メートルを超える血と鉄錆塗れの戦斧を軽々と振るうと、余波だけで近くのゴブリン数体が吹き飛ばされた。
だというのに、ゴブリン達はジェネラルを責める所か喝采を上げる。並のゴブリンにとってジェネラルは絶対。寧ろ吹き飛ばされた方が悪いのだと。
さらに恐ろしいのは、ジェネラルが居る事でゴブリン達の狂暴性や士気が跳ね上がっている事だ。今ならば同数の訓練された並の兵士とも渡り合えるだろう。
対して討伐隊は精兵とは言え僅か100。これではもうどうしようもないと、ジョンは持っていた剣を取り落としそうになり、
「狼狽えるな諸君っ!」
そこに、ゴブリン達のざわめきをかき消さんばかりのバイマンの一喝が響き渡った。それだけで兵士達の動揺が少しずつ静まっていく。
「成程。まさかジェネラルまで発生しているとは予想外だった。それならこのゴブリンの大量発生も納得がいく。……あの予言が当たっていたという事か」
そのまま喋りながら一歩、また一歩とバイマンは兵士達の前へと進み出る。
「ミア。先日のホブゴブリンは居たか?」
「いいや。見当たらないな。となるとどっかに隠れているか……最悪ここで足止めされている内に村へ向かったか」
「そうか。なら、手早くこちらを済ませねばな」
「ジェネラル相手ですか。久しぶりに腕が鳴りますなバイマン様」
追随してミアを始めとした『鋼鉄の意志』の面々が。そして討伐隊の中でもバイマンに仕えて長い兵士達が一歩ずつ前に出る。
ジョンには分からなかった。あんな怪物とゴブリンの軍勢相手じゃ勝ち目はない。さっさと逃げるしか手はない。なのに敢えて前に出るバイマン達の意図が。
「さてゴブリン達よ。強い頭目を得て数を増やし、加えてここはお前達の陣地。さぞかし優位に立ったのだろう? 人なぞ簡単に蹂躙できると踏んでいるのだろう? ……だがな、
そう朗々と語るバイマンを目障りと思ったのか、ジェネラルは軽く手を振って近くのゴブリンをけしかける。
そして血気盛んなゴブリンが数体、息を合わせてバイマンに向けて飛び掛かり、
「スキル発動。〈
ブオン。
バイマンが鞘から長剣を抜き放って一閃。たったそれだけで、両断されるでもなく千切り飛ばすでもなく、風切り音と共にゴブリンは粉々に消し飛んだ。
「お前達は私の……いや、
普段の理性的な態度をかなぐり捨て、バイマンはドスの利いた声で若かりし時の如く吼える。
これこそがバイマン・ブレイズ。かつて戦場にて“赤獅子”の異名で呼ばれ、武功によって一般兵士から男爵位まで成り上がった英雄。
「ゴブリンジェネラルとそれに従うゴブリン共。……はっ! 何するものぞ! ここで退けば村に、我らの大切な者に危害が及ぶ。兵士諸君。それは嫌だと叫ぶのなら、そんな事は認めないと声を上げるのならっ!」
一言一言で兵士達の士気が上がっていく中、バイマンは大きく片腕を振り上げる。
「俺に続けぇっ! 全軍……突撃ぃっ!」
「「「うおおおおおっ!!!」」」
(待っていろライ。ユーノ。カイト殿。そして村人達よ。こいつらを蹴散らして、すぐに村に戻るからなっ!)
こうして、森の中での討伐隊とゴブリン達の激戦が始まった。
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村外れにある小高い丘の上。そこにある一本の大きな木の下で、ユーノは一人物思いに耽っていた。
「…………はぁ。やっぱり怖いよぉ」
この通り、ユーノは一度こうと決めたら高い行動力を示すが、行動に移す前段階で悩みがちである。
昨日ヒヨリに背を押され、バイマンに自身の出生の秘密を尋ねる決心はついたものの、それはそれとしてもし実の娘でなかったらという不安はあるのだ。
なのでこうして自分のお気に入りの場所で、その不安に向き合っていた……のだが、中々その時になるまで腹が括れなかった。
「こんな事なら、さっきヒヨちゃんだけでも捕まえて一緒に居れば良かったかなぁ。でもカイトさんと一緒にどこかに行っちゃったし、兄さんは訓練にやる気が入っているから邪魔したくないし……う~ん」
このまま放っておくと、頭を抱えながら何時間でも自問自答していそうなユーノだったが、
トクンっ!
急に胸の奥、昨日ヒヨリに軽く叩かれた辺りがポカポカと温かくなる。それはなんだか友人に元気を貰えているようで、
「“勇気の出るおまじない”……か。うん! そうだよね。ここまで来たらもうぶつかっていくしかないよね!」
一度火が付けばもう後は走り出すだけ、心のモヤモヤをどうにか振り切り、そろそろ家に戻ろうかと立ち上がったその時、
「…………何……あれ?」
遠くの方に見える、
そこから何かとても嫌なモノが来るのを、ユーノは本能的に感じ取った。