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その日の始まりは、とても静かなものだった。
まだ夜が明けて間もない早朝。村の広場にはバイマンを始め、彼が選りすぐった100の精兵が隊列を組んでいた。
それぞれ全身鎧を着こんだ完全武装……とまでは行かないが、森の中で動き回る事を想定して機動性を重視した装備を整えている。
集まった兵士達の雰囲気は、静かながらも鋭く張りつめていた。
相手が大量のゴブリンというだけならまだしも、上位種が率いるとなればそれはもうちょっとした軍だ。軍を相手にするならそれは戦である。そんな雰囲気が漂っていたのだが、
「お前達。気を楽に……とまでは言わないが、今の時点でそう気を張り過ぎるな」
流石にバイマンは最も落ち着いていて、普段着ではなく戦装束に身を包み、兵士達に声を掛けながらどんどん準備を整えていく。
昨日は寝る前にライと鍛錬した上語らってそんなに寝ていない筈だが、その肉体はともかく精神的には非常に充足していた。息子とのスキンシップが良い影響を与えたらしい。
「ミア。お前達の隊には先行偵察を頼む。地図は既に頭に入っているな?」
「ああ。そこは抜かりない。それに上位種が待ち構えているとなれば、道中罠が仕掛けられている可能性は高い。そういう事であればワタシ達の方が適任だろうよ」
「頼むぞ」
そうして冒険者パーティー『鋼鉄の意志』の面々も支度を済ませる中、
「バイマンさん。いよいよ出発ですね」
「おお! カイト殿か。それにライとユーノも。見送りに来てくれたのか!」
早朝でまだ眠たい目を擦りながらも大切な家族と客人が見送りに来てくれた事に、バイマンはその相貌を綻ばせる。ちなみに、どこぞのコウモリはまだ寝床で夢の中である。
「……ふわぁ。父さん。頑張って行ってらっしゃい。安心してよ。父さんが出かけている間は、オレが村を守るからさ!」
「そうかそうか! それは頼もしい。なら安心して突入できるというものだ。頼んだぞ!」
欠伸をかみ殺すライの言葉に、バイマンはガシガシと乱雑だがどこか優しく頭を撫でる。
「と、父さんっ!? やめろよ~っ!?」
「はっはっは! 照れるな照れるな」
そんな微笑ましい様子を見て、兵士達も冒険者達もついでに開斗もにっこり。そうして全員の緊張を解くのが狙いだとしたらバイマンも策士である。……純粋に喜んでいるのも確かだろうが。
「所で……カイト殿。例のアレに何か変化は?」
「いえ。先ほど確認したのですが残念ながら」
さりげなく言葉を濁して予言に何か変化はあったかと尋ねるバイマンだが、開斗は首を横に振る。
「そうか。……まあ良い。ならばこれから変えてやるのみだ。諸君っ! いよいよ出発だ! 準備は良いな!」
「「「おおおっ!」」」
士気は上々。準備も万端。バイマンはそれを見て満足そうに頷き、出発の号令を掛けようとしたその時、
「あ、あのっ!? ……お父様」
「むっ!? どうしたユーノ?」
これまで沈黙していたのに、か細いながらもどこか必死な声のユーノの呼びかけに、バイマンは何事かと振り返る。
「あの…………そのっ」
しかし、ユーノは何かを言わんとしているのだが、どこか踏ん切りがつかないようで口をパクパクさせる。周囲の皆が不思議がる中、
「……帰ってきたら、お話があるのです。とても、大切なお話なんです。聞いて……くれますか?」
「…………分かった。帰ったらどんなに疲れていても、必ず話を聞く時間を作る。約束しよう。……だから安心して待っていてくれ」
ただならぬ雰囲気のユーノに何かを感じ取ったのか、バイマンはそう固く約束した。するとユーノは花が咲くように微笑み、
「はい……はいっ! 行ってらっしゃい。お父様!」
「ああ。行ってくる! ……諸君。出発だっ!」
バイマンさんはその笑みに一度大きくうなずくと、力強く腕を上げて号令を出す。
こうして討伐隊は朝日に照らされながら、森への進軍を開始した。
そして、今日もまた村の穏やかな日常が始まる。
少し早い朝食を摂った後、折角早く起きたのだからとライは早朝練習に乗り出し、開斗はまだ寝こけているヒヨリを叩き起こして早朝練習に付き合い、ユーノはどうバイマンに話を切り出したものかと頭の中でシミュレートする。
村人達はゴブリンの脅威は今日か明日にでもすぐに収まると信じていたし、万が一何体か逃げてきたゴブリンが村にやってきたとしても、残された兵士達が村を守ってくれているので安心だった。
パニックをほぼ起こす者が居ないのは、それだけバイマンの統治が行き届いている結果と言えた。
……だが、いつの世も災いは急に現れるからこそであり、それは対処が難しい物と相場が決まっている。
ビーっ! ビーっ!
時は中天に太陽が輝く真昼間。そんな暗闇を好む相手からしたら最悪のシチュエーションの中、開斗の予言板は警告音と共に新たな予言を描き出す。
“対処行動による予言改変”。
“三十分後。この村にゴブリンの上位種に率いられた分隊の襲撃有り。死傷者多数。開斗及び勇者、死亡の恐れあり”。
村に特大の災いが降りかかろうとしていた。