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わたしはユーノ。ユーノ・ブレイズ。強くて頼りになるお父様と、ちょっと怖かったけどその分とっても優しかったお母様の子で、少し無鉄砲だけどなんにでも一生懸命で明るい兄さんの妹。
そう……信じていた。
始まりは、もう3年くらい前になる。
「お父様! 失礼します。今日もまた兄さんったら外で……あれ?」
きっかけは些細な事だった。好奇心と冒険心が旺盛な兄さんが、また今日も外で生傷を作った事を知らせにお父様の部屋に行った時の事。いくら傷はわたしの魔法で治せると言っても、危なっかしい所を少しは窘めてもらおうとしたんだ。
お母様は丁度村の会合に呼ばれていて、お父様は自室で書類整理をしている時間帯。だというのに、部屋には誰も居なかった。
用事で出ているのだろう。なら戻るまで少し待っていよう。そう思って椅子に座ろうとして、
「……鍵が開いてる」
それは、お父様が大事な物を仕舞っている引き出し。普段鍵が掛かっていて見る事が出来ないのに、偶々その日は僅かに開いていた。多分中に入れるか出すかしている時に、何か急用で部屋を出てしまったんだろう。
お父様を待つ間の暇つぶしになるかと、わたしはそっと引き出しを開ける。
そこには幾つかの書類と、何かに使うのだろう不思議な形の道具と、一冊の古びた日記帳があった。もう何年前から書き留められていたのか分からないくらいの物が。
「ちょっとくらい見ても良いよね」
それはほんの出来心だった。昔のお父様やお母様の事が書かれているかもしれないし、読んですぐ戻せば怒られる事もないだろうと。
わたしは日記帳を手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
そこに書かれていた一番古い内容はお父様が若い頃の話。そこから数日ごとに出来事が書かれていたかと思えば、急に半年以上跳んだ時もあった。日課ではあるけれど、ここに書くのはあくまで大きな出来事だけみたいだった。
お父様が若い頃の話や、お母様と初めて出会った時の話。友達の冒険者の人と一緒にあちこち冒険した話。国から男爵位を受けた話。……お母様と結婚して、兄さんが生まれた時の話。
一つ一つがお父様の大切な思い出だった。わたしが勝手に見ちゃいけないモノだと思った。だからもう止めようと、ここで終わりにしようと本を閉じようとして、
“今日、森の中で一人の赤ん坊を拾った”。
最後に目にしたその一文に、なんとなく引っかかりを感じた。
それは兄さんが生まれた少し後の事。定期的に行われるゴブリンの間引きの帰り、偶然お父様は森の中で泣いている赤ん坊を拾ったのだという。
お父様は赤ん坊を村へ連れて帰り、早速その子の親を探し始めた。
だけど幾ら探しても見つからない。村の人達にも心当たりはなかったし、近くの村で子供が行方不明になったという話もなかった。
赤ん坊が身に着けていたのは、ちょっとだけ良い生地の服と小さな石の付いたペンダントのみ。持ち物にも親元が分かる物はなかった。
そうして一年ほど経ち、遂にお父様はその子の両親を探す事を諦め、自分の子供として引き取ることにした。お母様もそれに賛同したし、兄さんにはまだ幼かったから本当の妹として紹介した。
その拾われた子供の名は…………ユーノと言った。
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「結局その後、わたしはお父様に日記について尋ねる事は出来なかった。もし内容が本当で、わたしは本当の家族じゃないと言われたらと思うと……怖かったから」
『そう……だったのですか』
ふぅとホットミルクを飲んで一息つきながら、ユーノさんがこれまで抱えてきた物をワタクシは静かに聞いていた。
(う~ん。困りました。途中で分かってはいましたけどこれ、ワタクシが聞き出して良い問題じゃない気がしますねぇ)
開斗様やライ君に言われるまでもなく、ここ数日ユーノさんが何か悩んでいる事は分かっていた。
ワタクシは立場的に、本来この世界にあまり干渉してはいけない。わざわざこの世界用にボディを誂えたのもその為で、加えて干渉して良いのは開斗様やその周囲の人物。そして世界が生み出した“勇者”に限定される。
なので今回は多少溜まっている悩みを吐き出せば楽になるだろうと、わざわざこうして飲み物やらを準備し、ほんのちょっとだけ色々と干渉して喋りやすい状態に持って行った。
しかし予想通りと言うかそれ以上と言うか、出てきた内容は傍から見ればかなり重いもので。
「それからというもの、わたしは山菜取りと偽って度々森へ入る様になったの。本当にわたしは拾われた子なのか、だとしたらその場所に何か手掛かりでも残っていないかって。……ふふっ。おかしいよね。家族じゃないって言われるのが怖いのに、わざわざその手掛かりを探すだなんて」
ユーノはまたホットミルクを一口飲み、力なく笑う。
「……ほんと。わたし何をやっているんだろうね。最初はお父様、そして一年ほど前からは兄さんに付き添ってもらってまで探して。この前は兄さんがあんな事になったのに、それでもまだ……諦めきれないの」
(これは重症ですね)
正直ワタクシは、人の感情を完全には理解できない。生まれも立ち位置も違うから。なので、自分の思った事を言う事しか出来ない。
『別におかしくはないと思うんですけどねぇ。それはつまり、ユーノさんがそれだけ家族との縁を大切にしているという事なんでしょう? 失いたくない。だから確かめたい。……違いますか?』
ユーノさんは何も言わない。ならば畳みかけましょうか。
『ではもう一つお尋ねしましょう。ユーノさんのご家族は、たかが血が繋がっていないだけでアナタに家族ではないと手のひらを反す様な方々なのですか? そんな薄情な方々なのですか?』
「ち、違……」
『なら話は簡単ですね。直接バイマン様に事の次第をお尋ねする事です。血が繋がっているなら杞憂ですし、繋がっていなかったのなら改めて家族になればよろしい。どっちに転んでも負けのない楽な戦いですよ。唯一の懸念はその恐怖心ですが、大丈夫』
ばさりとワタクシは飛び上がり、ユーノさんの胸元を軽くポンっと叩く。
『勇気の出るおまじない……なんてね! まあ今日はもう遅いので、明日バイマン様が一仕事終えて帰ってきてからお尋ねする事をお勧めしますよ』
「…………ありがとね。ヒヨちゃん」
そこでユーノさんは、泣き笑いするような顔でそう言った。
その後は大分落ち着いたユーノさんとしばらく雑談を交わし、
「ふ、ふわぁ」
『おやぁ? そろそろいい時間ですし、身体も温まって眠くなりましたか? ではここでお開きとしましょうか』
ユーノさんの大欠伸を合図として、この茶会は終了となった。簡単に後片付けを済ませ、ワタクシは来た時と同じく窓から出ようとして、
『……おっと。そうでした。帰る前にワタクシから一つ助言を』
「助言?」
首を傾げるユーノさんに、ワタクシはサンライトバットとしてではなく、世界に依頼された裁定者として少し助言する。
『アナタには特別な力がある。人を癒す力しか使えないのは、無意識に相手を傷つける事を嫌っているから。ユーノちゃんは優しいですからね。でも、本当に大切な誰かを守りたいのなら……我慢しなくて良い。解き放つ事ですね』
「……? ヒヨちゃん。それはどういう」
『ではではユーノちゃん。夜更かしは乙女の大敵。ぐっすりお休みくださいな。じゃあね~!』
それだけ言い残して、ワタクシは窓から飛び出し開斗様のお部屋に戻った。
(さてと。仕込みは上々。後は覚醒するもしないもアナタ次第。……どの道に進むのか、しっかりと見届けさせていただきますよ。自覚なき“勇者”様)