「エリナ母さんはすっごく奇麗で、父さんも時々尻に敷かれちゃうくらい強くて……あとちょっぴり怒ると怖くて。でも、とても優しい母さんだったんだ」
やれ村を歩けば皆が見惚れたとか、バイマンさんが時々夫婦喧嘩で魔法で氷漬けにされたとか。或いは礼儀作法には厳しくてよく叱られたけれど、きちんとできたら思いっきり褒めてくれたとか。
ライの語る言葉一つ一つが、何か大切な思い出を語るようで。そしてそれを聞くバイマンさんも、目を閉じて昔を懐かしんでいるようだった。
だが、数年前に性質の悪い病気にかかり、一気に身体が弱っていったという。そしてある時、亡くなる少し前にライ達を部屋に呼んでこう言った。
『ライ……ユーノの事をお願いね。これから先色んな良い事も悪い事もあるでしょうけど守ってあげて。お兄ちゃんなんだから。……ユーノも、ライの事をお願いね。ライだけだとまっすぐ過ぎてどこまでも行きがちだから、一緒に居て進み過ぎだと思ったら服でも腕でも掴んで引っ張ってあげなさい。二人で助け合えば、大抵の事は何とか出来るのを忘れないで』
「あの時母さんと約束したんだ。何があってもユーノを守るって。だけどオレあんまり頭良くないからさ。どうやったら誰かを守れるかなんて分からなかった。だから父さんみたいに強くなったらユーノも村もまとめて守れるんじゃないかって、そう思ったんだ」
「……そうか」
誰かを守れるだけの強さが欲しい。それは子供のライなりに深く考えた結果であり、その為に強くなる事に意欲的になったのだろう。俺のような流れ者の技まで習得したいと言い出すほどに。
その熱意は間違いなく本物。だが、
「ありがとう。話してくれて。でも一つだけ言わせてもらうなら、その考え方は少し危うい。それはバイマンさんも分かっているのでしょう?」
「そうだな」
バイマンさんはそう一言漏らしてライを静かに見つめ、そのまま話を続ける。
「力とは決して戦いにおけるものだけではない。知力、体力、魅力、様々な物が総じて力と呼ばれるのだ。個人の武力だけに拘っていては、それ以外の物が疎かになってしまう。それに」
そこでバイマンさんはこちらに目配せをする。そこまで言ったなら最後までバイマンさんが言ってくださいよと思いつつも、俺は膝を落としてライに目線を合わせて言葉を引き継ぐ。
「ライ。君はお母さんにユーノの事を頼まれた。でもこうも言われたんだろう? “二人で助け合えば、大抵の事は何とか出来る”って。なら、君一人だけで頑張らなくても良いんじゃないか?」
「……どういう事?」
「簡単だよ。ユーノを守れるように力を付けるのは当然として、それでも足りないと思ったら……誰かに頼れば良いんだ。バイマンさんでも、俺でも良い。勿論ユーノ本人にだってさ」
俺がそう言うと、ライはどこかしっくりこないような顔をする。
「えっ!? 父さんや先生はまだ分かるけど……ユーノにも? 守るべき相手に頼るってなんか変じゃないか?」
「別に変じゃないさ。一方的に頼るとか守るんじゃなくて、
『それ、開斗様が言っちゃいますぅ? 特大のブーメランですけど。鏡持ってきましょうか?』というヒヨリの幻聴が聞こえた気がしたが、そこは頭を振って振り払う。
その後、ほんの少しの沈黙が降り、
「……う~ん。やっぱりよく分かんないや」
しばらく頭を捻っていたライだったが、結局結論が出なかったようでそうあっさりと言い放つ。これだけなら何も考えていないようにも見えるが。
「でも、一度ユーノとじっくり話してみようと思うよ。考えてみたら何度も怪我した時に世話になってるし、頼ってないなんて口が裂けても言えないさ。それにユーノからしたら、もっと良い方法があるかもだし」
そう言ってニカッと笑うライは、少しだけ前よりも抱えている物が軽くなったように見えた。
という訳で、思わぬ形で始まった男達の語らいは、それなりに良い雰囲気で終わりを迎える……筈だったのだが、
「えっ!? 明日の討伐隊に連れてってくれないのかっ!?」
明日に備えてそろそろ寝ようと言い出したライに、連れて行かないぞとバイマンさんが断言する。まあそれは当然だな。
「ライ。お前がメキメキ腕を上げているのは今の打ち合いで分かったが、今回は例年の間引きより大規模。しかも上位種が居るとあっては何が起きてもおかしくない。なので大人しく村で留守を守っていてくれ」
バイマンさんがそう宥めるのだが、ライはどうにも不満顔。この調子だと明日ギリギリになってまた自分も行くとかごねかねないな。……仕方ない。
「そうむくれるなよライ。バイマンさんは何も君を仲間はずれにしようというんじゃない。ある意味もっと重大な任務を任せたいんだ」
「もっと重大な任務? なんだよそれ」
うん。むくれたままだが食いついてきたな。
「明日の討伐戦。大量のゴブリンと戦う以上どうしても一部に逃げられる可能性がある。そしてその一部が村にやってくる可能性も。そうですよねバイマンさん?」
「うむ。その点は私も危惧している。だが安心しろ。それに備えてこちらも……おっと」
俺がさっきのお返しとばかりに軽く目配せをすると、バイマンさんも察してくれたのか一度口を閉じ、
「……あ~。こほん。実を言うと、非常時の避難場所や避難経路の準備は出来ているのだが、万が一避難場所を襲われでもしたら大変な事になるな。どこかにいざという時に村人達を守れる予備戦力があれば良いのだがなぁ」
そう咳払いの後、少々棒読み気味にチラチラとライを横目で見ながら語ったのだ。すると、
「なるほど。そういう事なら任せてよ父さん! 父さん達が森に行っている間、オレがばっちり皆を守るからさ! 村の人達も、俺の家族も、皆っ!」
ライがそう胸を張って宣言し、今度こそこの夜の語らいは終わったのだった。
そうして俺が部屋に戻ると、そこには既にヒヨリが戻って止まり木にぶら下がったまま寝息を立てていた。
……そう言えば、ヒヨリは結局こんな夜中にどこに行っていたのだろうか?